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ハルくんへの手紙 ~叶わなかった立ち会い出産。でも隣に感じたパパの大きな愛~

かえでさん(20代後半・女性)
2020年12月に長男・玄晴(はるせ)さんを出産。産後、旦那様は2か月の育休取得。
インタビュー: 2021/2/1

ハルくんへ

突然手紙を渡されて驚いているかな。しかも、何年も前に書かれた手紙を。
今は2021年。ハルくんが生まれてくるまでのできごとをいつか聞かせてあげたくて、記憶の新しいうちに手紙に残すことにしました。出産シーンも赤裸々に書くつもりだから、覚悟しておいてね(笑)


夜中の破水

2020年の年末、あと数週間で生まれてくるんだなと大きくなったお腹を撫でながら、家でゆったり過ごしていました。出産予定日は1月中旬でした。夫婦ふたりで過ごす時間も残りわずか。大晦日から元旦にかけて観たいテレビ番組もなかったので、割引キャンペーンをしていた近所の観光ホテルに泊まる予定でした。

そしたら、12月29日。夜中に一人起きてトイレに行くと(産前はトイレが近くなるの)、明らかにいつもと違う感覚がありました。破水していました。破水から出産が始まる場合もあるということはわかってはいたけれど、いざとなると焦るものです。「やばい、破水したかも!」とその場で声を上げてパパを起こし、なるべく漏れないように変な恰好をしながらトイレの前にしゃがみこんで耐えました。

病院に電話して状況を伝えると、破水ならば入院セットを持ってすぐにくるようにと言われました。病院。早く行かなくちゃ。入院セットは、前もって玄関に用意してあるからだいじょうぶ。それよりもこれ、立ったらやばい。座ったままおしりで廊下を歩き、靴下を履いてコートを着て玄関でパパを待ちます。「早くー!」とパパを呼ぶと「母子手帳持った?」と言われて、はっとしました。持っていない。財布も持っていないし、ケータイはベッドに置いたまま。パニックのあまり、なんと手ぶらで病院に行こうとしていました。

病院まではパパが運転してくれました。ママは後部座席で、おなかの中のハルくんに話しかけていました。ハルくん大丈夫だよ、いっしょにがんばろうね。出てきたくなっちゃったんだね。そうやって話しかけながら、自分の不安も取り除こうとしていたのだと思います。

病院に到着。「破水かどうか調べてもらうから、とりあえず車で待っていて」とパパに言って、検査をしたら、やはり破水。パパに電話をかけて「もう入院になっちゃったから。行ってきます」と伝えました。たった47秒の通話。すごいよね。それで出産に行ったなんて。その電話をしたあとは、退院までパパには会えませんでした。

すぐに陣痛がくるものかと思っていましたが、まったく痛みはありませんでした。破水だけ。羊水が流れていくだけ。大丈夫なのかな、このままで。何もわからなくて不安でした。もう夜中だったので、いったん寝ましょうと言われベッドに横になりました。

陣痛を待つ

ほぼ眠れずに朝を迎えました。「出産の直前は食が進まない」という体験談をインスタやTwitterで見ていたので、ママも食べられないのかなと思っていたら、おいしいおいしいと完食。食事の写真を撮る余裕さえありました。

朝食後は内診。出産に向けて進んでいるかと期待していたのに、子宮口はまだ1~2センチでした。赤ちゃんがおなかから出てくるためには、子宮口が全開の約10センチにならないといけません。「まだ全然開いていないね、今日は産まれないかな。明日かも」と言われ、まじかーと内心思いました。がっかりして部屋に戻り、ごろごろ過ごしながら陣痛がくるのを待ちます。

やがてお昼ごろになると、生理痛のような鈍い痛みがくるようになりました。お昼ごはんはサンドイッチ。思わずパパに「今日のお昼サンドイッチしようと思っていたら、病院もサンドイッチだった」とLINEしました。きのうはまだ、破水するなんて予想もしていなかった。食べようと思っていたサンドイッチを、まさか病院で食べることになるなんてね。などと思いながら、バクバク食べて完食しました(しっかり食べるのは大事なんだよ!)。

お昼を過ぎたころ、なんだか本格的に痛くなってきました。痛みが引いたと思ったら、また痛くなる。陣痛かもしれないと思って時計を見ていると、10分間隔で痛みがくるようです。

妊娠のはじめのころからスマホに入れておいた陣痛アプリを開きました。ついにこれを使うときがきた。間隔を測ってみたら5分くらい。「あ、けっこう進んでいる!」と喜んだのも束の間、また8分に戻ってしまって。えー、遠のいてる? まじかあ、早く産みたいのに。と思いました。

そうやって陣痛間隔に一喜一憂していると、おやつの時間になりました。「元気があるうちにシャワーを浴びておこうか」と助産師さんに言われ、シャワー室へ。痛みにうずくまるようなこともなく、いつものようにシャワーを浴びることができました。こんなに余裕があるなら、やっぱり出産はまだまだ先なのかなと思いました。

その後も、ちょくちょく助産師さんが様子を見に来ましたが、「まだまだ耐えられます」と答えていました。この様子じゃ明日になるねと言われて、明日になるのは嫌だなあ、今日産みたいな、と思いました。ハルくんの誕生日が大晦日になるのは嫌だ。正月も嫌だなって思ったのです(笑)

病院に着いてから、ずっと一人でいました。出産といえば、普通は旦那さんや親が近くにいて、飲み物を取ってもらったり、いろいろ話したりできるのかもしれません。でも当時は感染症が流行していて、入院中は誰とも面会できない状況でした。
少しずつ強くなる痛み。近づく出産。些細な変化や不安をすぐに話せればいいのに、そうすることは叶いませんでした。

ぎりぎりまで耐えよう!

夕方になると、スイッチが入ったかのようにそれまでとは違う痛みになりました。うーん、結構痛いぞ! という感じ。夜ごはんの前に「どうですか」と助産師さんに様子を尋ねられて、「痛いけれど一人で耐えられるくらい」と答えると、「痛みに強いほうなのかもしれないね」と言われました。

ごはんを食べればお産が進む人が多いから。助産師さんの言葉に、まじかじゃあ夜ごはんもがんばって完食しよう! と意気込んで、また完食しました(陣痛もきていたので、さすがに食べ終わるのには1時間ほどかかったけれどね)。

食事をしながら、スマホでいろいろと検索をしました。陣痛が何分間隔になったら分娩室に移動するんだろう。そのとき子宮口はどのくらい開いているんだろう。

いろいろと記事を読んでいたら、「陣痛がきても、子宮口はまだ2~3センチだった」という体験談を見つけました。よし、ママはぎりぎりまで耐えよう。気絶するくらいまで耐えてやろう。そうじゃないとたぶん、全開ですなんて言われないだろうから。

決心したママは、陣痛間隔が狭くなっても、痛みに耐えて何度かやり過ごしました。あと少し。まだがんばれる。

やがて「ああもう無理かも、歩けなくなりそう」と思うほどの痛みがきたとき、ベッドフレームに掛けられているナースコールを押しました。

さすがにすぐ産まれるだろう。ドキドキして内診を受けましたが、結果は、まさかのまだ4センチ。えー、まじ? こんなに痛いのに! と思いました。うん、あの瞬間はけっこうつらかったな。4センチということは、全開までまだ半分もあります。え、まだ半分なの? まだ半分耐えるの? ああ、これが心が折れるってやつだ。と思いました。

息ができない

でも、意外なことに、そこから出産まではすぐでした。4センチと言われた後、ほどなくして強い痛みがくるようになり、時計を見る余裕もなくなりました。

自分で言うのもなんだけど、けっこう自分は我慢強いほうだと思っていたの。ナースコールを押すのもぎりぎりまで我慢しようと思っていたし、叫びながら産むなんてことはないと思っていました。えー、陣痛って声を出すほどなの? そんなに痛いもの? ってね。

でも実際は、もう無理無理無理ってなるくらい。痛くて痛くて、自分の意志とは関係なく声が出ました。想像を絶するとはこのことです。「出産は鼻からスイカが出るような痛み」などというけれど、スイカどころじゃない。味わったことのない苦しさと痛み。息もできないほどでした。

「赤ちゃんが苦しそうだからちゃんと深呼吸して」

痛みに耐えていると、助産師さんの声が聞こえました。そんな、どうしよう。必死に深呼吸をしようと試みても、うまくできません。マタニティ教室で習ったし、家でも練習したのに……。

もともとは無痛分娩を希望していました。痛いのがこわくて、いやだったから。どの病院でも希望すれば無痛分娩で出産できるものだと思っていたのだけれど、近くでできる病院はどこにもありませんでした。普通に産むしかない。無痛分娩はあきらめなくちゃいけない状況でした。

普通分娩に決まったあと、パパとマタニティ教室に参加しました。そこで、助産師さんが、陣痛がきたときの過ごし方を再現してくれました。

「はじめはちょっと痛いかなという生理痛ぐらいの痛みがきて、しばらく痛みが引いて。そのくり返しが陣痛。そして最後、ほんとうに痛いときは、赤ちゃんも呼吸ができないくらい。筋肉の収縮で赤ちゃんの首が絞められているくらい苦しい状況なんだよ」

陣痛がきているとき赤ちゃんがどんな状況なのか、そのとき初めて知りました。ああ、赤ちゃんも苦しいんだ。自分だけが痛いわけじゃないんだ。痛みを感じるというのは、赤ちゃんが「痛いけれど、苦しいけれど、がんばろう」って訴えているのを感じられるということなんだ。

そういう捉え方をしたら、痛い陣痛に耐えるのもいいなと思えるようになりました。無痛分娩がいいと思っていたけれど、むしろ痛みを感じられるのもよいかもしれないなって。

だから、ハルくんを出産するときも、その助産師さんの言葉を思い出しました。痛みを感じるたびに、いっしょにがんばっているんだと思えました。今ママが苦しいってことはハルくんもものすごく苦しいから、一生懸命深呼吸しよう。そう考えることができました。がんばろうね、って。深呼吸、深呼吸。

そうは言っても痛いし苦しい。痛い痛いと叫びながら陣痛に耐えているママを残して、分娩室から誰もいなくなる瞬間がありました。なんでいなくなるの、痛いって言っているのに。産まれそうって言っているのに!

ひとりにされてすごくパニックになって、ナースコールを何度も押していたら、「準備しに行っているだけで、離れたわけじゃないから」と戻ってきました。「大丈夫、モニターで見ているから」と。

一人にされたと思ったけれどそういうわけじゃありませんでした。もう産まれそうだったから準備しに行っていただけ(笑)振り返れば、そのとき夜の九時近かったので、ナースステーションには助産師さんと看護師さんがひとりずつしかいなかったのです。それが理解できないくらいパニックになって、ナースコールを連打していました。今思い出すとちょっと恥ずかしいな(笑)

ふさふさ!?

助産師さんと看護師さんが戻ってきてから、本格的に出産の準備に入りました。両足を台に乗せられました。産む体勢だ、もう生まれるんだなとママも理解しました。

気づけば勝手にいきんでいましたが、それがいいのかどうかもわかりませんでした。痛みに合わせてハルくんが出てきているような感じがしたから、そのタイミングで踏ん張っていました。

「ふさふさだね」と言われて、え、もう頭が出ているの? と驚きました。ふさふさってどういうこと? 「ふさふさなんですか?」と聞くと「見てごらん」と言われます。見えるの、どうやって見るのと思ったけれど、のぞき込んだら見えました。ふさふさの髪の毛。え、すごい。すごい!!

そこからはなんだか、なんだろう、「痛い」と叫ぶよりも、「がんばろう、いっしょにがんばろう」と思えるようになりました。ハルくんと励まし合っているような気持ち。陣痛はやっぱり痛いし、変な呼吸なんだけどね。我が子が一部見えただけで、がんばれたよ。

そこからは、すぐ。1、2回いきんだら、するんと出てきてくれました。

誕生の瞬間

元気な産声が聞こえました。

ああ、生きている。だいじょうぶだ。痛みから解放されて、終わったんだなと思いました。無事に生まれてきてくれた。自分も子どもも問題なく生まれてきてくれたことにほっとしました。

やっと会えたね。早かったけれど、やっと会えたね。

感慨にふけっていたら、「先生、おちびちゃんです」と言う声が聞こえて、え、おちびちゃんってどういうこと? と思いました。最後の健診のときに、ハルくんの体重は「2500gはあるね」と言われていて、そこから1週間近く経っているから3000gくらいだろうと思っていました。

生まれてきたハルくんは、2370g。低出生体重児です。出産後の興奮状態だったのであまり覚えていないけれど、保育器に入りますというのと、もし血糖が安定しなかったら赤ちゃんだけ転院しますと言われました。いっしょに聞いてくれる人が誰もいない状態で、産んですぐにそんなことを説明されて、少し不安になりました。

でも、体を拭いてもらっておくるみに包まれたハルくんが近くにきたとき、不安な気持ちは一瞬で小さくなり、喜びで胸がいっぱいになりました。

初めて見るハルくんの顔。ああ、かわいい。と声が出ました。かわいい、ちいさい、かわいい。ずっとそう言っていた覚えがあります。

ハルくんは、お腹の中ではずっと顔を隠していました。エコーで毎回顔を隠していて、絶対に見せてくれませんでした。出産直前の最後の健診でも、両手で顔を隠していて。来週の健診で見れたらいいね、と話していたら、生まれてきたハルくんの顔を直接見ることができました。

うにゃうにゃしている~。超かわいい。髪の毛がふさふさで、長くてくるんとしたまつげ。うらやましい。いいなあ。ハルくんは両眼をぱっちり開けて、じーっとこちらを見ていました。ハルくんは見ているつもりではなかったのかもしれないけれど、ママは「ずっとこっちを見てくれている。かわいいな」と思っていました。

ハルくんの様子を動画に撮って、パパにもすぐ送りました。動画を送ってそのあとに「ふさふさ」って(笑)そう、出産直後の連絡は「ふさふさ」だったの(笑)

パパからの返信は、「からだはだいじょうぶか」でした。生まれてよかったということよりも(もちろんハルくんの誕生を喜んだに違いありませんが)、大丈夫か大丈夫かと、ママのからだを心配していました。

パパのように

もともとパパは、立ち会い出産を希望していました。立ち会い出産というのは、陣痛が始まってから赤ちゃんが誕生する瞬間まで、パパもそばで見守るということです。ハルくんが生まれたときは感染症が流行していたので、その希望は叶わなかったけれどね。
出産に立ち会うのがあたりまえ。子どもの顔も見たいし、と言っていました。

ママが妊娠してからも、つわりなど女性のからだについても調べてくれていたと思います。……あ、「調べていない」っていまパパが横で言っているけれど(笑)でも理解しようとしてくれているのを感じていました。ママが経験するものを、あたりまえのように、いっしょに経験していきたいという思いが強かったのだと思います。

入院が決まったときは「祈ることしかできない、無事に帰ってきてね」とメッセージをくれたし、陣痛に耐えているときも「感謝しかないです」と言ってくれました。

産後、パパは会社を休んで、ハルくんの成長を見守っています。

「育休を取りたい」と、パパはずっと前から言っていました。働いてお給料をもらうよりも、生後1~2か月の貴重な時期にすぐそばにいたい、と。

結婚した当初はパパが子ども好きだということを知らなかったので、初めてそう聞いたときはちょっと意外でした。SNSで他のうちの子どもの動画を見る姿を見ることもあって。そんなパパでほんとうによかったな。

育休を取得したいというパパの話をきいて、「大丈夫? ほんとうに取れる?」と心配しつつも、取れるなら取ってほしい。いっしょに子育てできるのはうれしいと思いました。男性も育児休業を取得できますが、制度はあっても実際に取得している男性はほぼいませんでした。パパも「直接はNOとは言われないけれど、きっと陰で何か言われているだろうな」と言っていました。

いま、育休を取ったパパは、「取ってよかった」と毎日のように言っています。

ハルくんは、毎日変わります。一週間前の写真も違って見えるほど、毎日大きくなる。まるまる太ってくる。ミルクの飲み方もじょうずになっている。大きく見えたベビーバスがあっという間に小さくなって、あんなに余裕があったのに、蹴れるほどになっている。表情も変わる。
ほんとうに、毎日いるからこそわかることがあるの。言葉にするのがもどかしいほど、とても些細な成長。そういう変化を間近で見ることができて、よかったな、とパパは言います。

パパが育休を取ってくれたから、ハルくんとの時間をいっしょに過ごせてよかった。ハルくんにとって、いい影響を与えているんじゃないかな、とママも思っています。

それに、パパはほとんどの家事育児ができるので、ママはお風呂にゆっくり入れるし、泣いていてもなんとかしてくれるだろうと心に余裕が生まれます。ママが一日外に出ることもできるくらい。じゃあ俺オムツ替えるから、とか。ミルクあげるから、とか。自分からやってくれるのでとても助かります。パパは「そんなの当たり前だよ」と涼しい顔で笑っているけれど、心から感謝しているの。


もしかしたら、ハルくんが大きくなったときには、あたりまえに男性も育休を取得して、夫婦で子育てをしている時代かもしれません。でも、そういう風潮ではない時代に、こうしてパパはハルくんの成長を間近で見守ってくれています。

社会の風潮に臆することなく、自分の意志で、家族にとってよいかたちを選ぶ。それは勇気のいることだと思います。

そんなパパでよかったなと心から思う。ハルくんも、パパみたいになってほしいな。

玄晴という名前の話

そんなパパがハルくんに会えたのは、生まれてから一週間後。そこから、パパとふたりでハルくんの名前を考えました。生まれて顔を見てから、夫婦で想いを込めた名前を付けようと話していました。

おなかにいるときから「ハルくん」と呼びかけていたので、ハルで始まる名前がいいと考えていました。「急に違う名前で呼んだら反応してくれないんじゃないかな?」とも思ったからね。ちょっといやかなって(笑)それで、ハルに続く名前を考えて、「ハルセ」に決めました。

悩んだのは漢字です。男らしいとか女らしいとかではなく、やわらかく、でも芯のある名前がいいなと思っていました。

先に決まったのは、「晴」という字。ハルくんの叔母さんの名前から受け継ぎました。すごくいい名前だなと思っていたの。あかるく澄みきったイメージで、いい漢字だし、家族から名前を取るのもすてきだなと、あこがれていました。

そして、ほかに「ハル」と読む字を探して、40個くらい候補を出しました。でもなかなかしっくりくる字が見つからなくて、ようやく出合ったのが「玄」です。一芸に秀でた、才能がある、奥深い、などの意味があって、それがすてきだなと思って決めました。


ハルくんには、自分でやりたいと思うことを選んで、その道に進んでほしい。やさしくて思いやりのある子に育ってほしい。なにかキラリとひかるハルくんらしさを大切にして、あかるく澄みきった未来に向かってほしい。

ハルくん。どんな子に育っているかな。

この手紙を渡す日が、とても楽しみです。


ママより



※この文章は、インタビューの内容をもとに執筆しています。

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