ゆきどまりのある世界の奥で果てしない世界が待ちわびている
vol.91【ワタシノ子育てノセカイ】
望む最高は期待通りでないといけないから、期待値はいつも完璧を求める。
どんなに結果が良くても、選択肢が多いほど満足度は少なくなるんだ。ゆきどまりのない期待値は、人生から驚きや感動を奪い、自分らしく生きられない世界を創る。
井の中の蛙で欠ける想像力はもしかしたら、生きる術なのかもしれない。それでもやっぱり、死に向かい、生きるために、世界の広さを、味わいたいんだ。
◇
ところで私には「実子誘拐」で6年以上離れて暮らす、10代のふたりの息子がいる。
◇
奇跡のような3日間を抱きしめて、8月のうだるような暑さを和らげている。長男タロウと次男ジロウは、どんな夏を過ごしているんだろう。
7月末、思いがけず一緒に過ごせた18時間で、ジロウと私は繋がる術をえた。12歳になったばかりのジロウがDiscordをしているとわかったんだ。
Wi-Fi環境のみ使えるお下がりのスマホをジロウは持っていて、自分で調べてこっそりとアカウントを作成したらしい。どうやら同級生4人と繋がってゲームを楽しんでいるようだ。
アカウントを私に知らせなかった理由を尋ねると「お母ちゃんはDiscord知らんと思ってたから。タロウもお父ちゃんも知らんし」と返ってきた。なるほど。
世代が違うと連絡ツールも違う。たしかに親世代ともなるとDiscordを知っている割合は低そうだ。Z世代でも半数らしい。タロウはLINEを使っているが、やり取りではやはり私世代との違いを感じている。絵文字がないのはもちろん「。」すらない。
まぁとにかく、2年前にアカウントをつくった自分を褒めてあげた。
◇
アカウントの交換を終えると、ジロウは嵐のようにスタンプを送ってくれた。目の前にいるジロウに私もスタンプを返す。
遊びが一段落したころに、私はDiscordの設定を見ていいかジロウに尋ねる。「ええで」とジロウはひょいっとスマホを手渡し、設定はなにも触っていないと教えてくれた。
ジロウから受け取り画面をのぞくと本当に設定されていなかったので、まずは基本設定を整えて、Discordのペアレンタルコントロールとなるファミリーセンターも設定した。
ITやAIのツールはいくらでも触って試してみればいいと思うけど、未知の大海に呑み込まれてしまっては元も子もない。かといって私は、大海原へ飛び込もうとする我が子を見守ることはおろか、気づく時間すらないし、陸地のどこにいるのかすら知らない。
たしかに繋がったDiscord画面を眺めながら、毎日握りしめることのできないジロウの大きな手を見つめた。
◇
5歳のときに実子誘拐に陥った6年生のジロウは、母親のいない夏休みがすっかり普通となった。お盆に親子で過ごす習慣はもちろんなく、私と会うことは特別な時間となっている。
実子誘拐という日本の文化によって、日本の慣習を味わえない矛盾は、捻じれ切った今の日本らしさを体現している。だからこそ、親子で会うときはいつどんなときも、愛をかみしめるような喜びを、タロジロは内から溢れだすように発してくれるんだ。
この意味をどれほどの日本人が理解できるのだろうか。気を緩めて想像すると、絶望の淵に叩きつけられそうになる。
やってくる声は、私にわざわざ単独親権制度を運んでくるんだ。ええ親子やなぁ。素敵な関係性やん。うちの子はそんなんないわ。
実子誘拐による親子の引き離しは、年月を重ねるほどにその異常性が、覆いかぶさるようにして親子を狂わそうと襲ってくる。子らが思春期に入ったこの2年くらいは、年々積み重ねゆく蓋の隙間から、タロジロの声なき声がかすむように聞こえてくるだ。
愛して!愛して!お父ちゃん、お母ちゃん、僕を愛して!
◇
実子誘拐から7年目の2024年春。日本国民である私は、一抹の信頼を国によせ、家族制度の世紀の大改正を見守った。
成立/公布されたのは、子捨て制度。私たちの国の政府は、子育てを放棄する宣言をしたんだ。国の未来を守らない、と国は声たかだかにサラッと言ってのけた。
市民を、なめんなよ。
国が国を捨てる気なら、親が国を守ってやる。
子どもたちは未来なんだ。
しずしずと沈みゆく日本を、新しい世界に導く種は共同親権で、種を芽吹かせられるのは、日本社会に存在を消された、私たち「親」なんだ。
吹いた芽を育てるのは、子どもを愛する大人たちで、じつはそこら中にいるんだな。種さえ芽吹けばみんなみんな、ちゃんと気づくはずなんだ。
親と子が親子なんだ、って。
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