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願うことは生きることで、愛すること。

vol.110【ワタシノ子育てノセカイ

怒りは愛してほしいときに生まれくる。不安から自分を守りたくて、襲いくる世界を怒りで破壊しようとするんだ。

愛が足りないとき世界は敵だらけだから、いつもいつも敵を攻撃してなくちゃならない。今見える敵は自分自身で、世界のすべてが私なのに。

怒ってる自分を、愛してあげられる私が、どうか育ちますように。

ところで私には「実子誘拐」で7年以上離れて暮らす、10代のふたりの息子がいる。

「タロウ!!いらっしゃい!マレーシアに行く前ぶりやっけ?いつぶりや!?」

受験勉強がそろそろ山場となってきた甥が、頬をほころばせて長男タロウに語りかける。

2025年1月13日、8年ぶりに念願のいとこ宅に訪れたタロウ。その2日前の11日には、同じく切望していた次男ジロウも足を運んだ。

いとこのお家までは電車で往復4時間くらい。ガタゴトと揺れる車内にて、4時間も息子と隣り合って過ごせる時間に、今と過去が交差して、私はとても幸せなのに、心がうねるように彷徨ってしまった。

13日の朝7時台。駅まで向かう車の中でふたりしてバナナを食べながら、私はタロウへ行先を告げて家を出てきたか否かを尋ねた。

実は2日前のジロウが、いとこ宅への訪問を隠す判断をして「お母ちゃんとこ行ってくる」とだけ伝えて出てきていたんだな。その後ジロウがどうなったかまだ知らなかった私は、2日後も落ち着かないままで、タロウの背景も確認しておきたくなったんだ。

するとタロウは「言えるはずがないに決まってるやろ」と早口で声を高めて震わせた。

ちょっと先の信号が、赤色になろうとしている。5秒くらいの沈黙に沿うようにブレーキを踏みこんでいくと、どうしてか、マレーシアで幹線道路から眺めた月明りの景色が駆け抜けてゆく。

山々の隙間をぬいながら、朝日が煌々と射してくる信号待ち。

私はタロウに二言三言で寄り添ったのち「お母ちゃんは決まってるとは思わへんで。でもタロウのことを決めるんはタロウやし、今日○○のとこ行くためにタロウが言わへんことを選んだから、今、朝日がやたらと眩しいのかもしれへんし。正解ってなんなんやろな」とつづけた。

アクセルを踏もうとすると、タロウは「うん。めっちゃ眩しい。なぁ、お母ちゃん、電車乗る前にトイレ行く時間あるかなぁ」と声をあたためた。

母子で一緒に乗る電車は、幼い2人を連れて家をとびだした2017年ぶり。座席の隙間が狭くなっていて、成長しゆくタロジロと近づいた距離がなんだか遠いような気にもなった。

電車は、あまりにも穏やかに私たちを目的地まで運んでくれて、もうすっかり間違いなく、母子 ははこで過ごすありふれた7年間は過ぎたのですよ、と囁いてくるようだったんだ。

タロウとは16年間、ジロウとは12年間、往復4時間でしずしず目まぐるしく母子の時間が往来して、私は懸命に自分がどこにいるのか確かめながら、タロジロと電車で揺れるひとときを味わった。

実子誘拐による親子の引き離しでは「あいまいな喪失」に陥りがちとなる。

引き離し状態で面会交流をしているなら、親も子も心が彷徨う状態をくり返すさらなる異常事態へ陥ってしまう。親子の"再統合"と"再喪失"を何度も味わう、常軌を逸した状態となるから。

子と再会した翌日から寝込んだり、「面会交流後に子の様子がおかしい」と叱責の連絡がきたり、励ましてくれる第三者からの「会えてよかったね」などの声かけで心を痛める。

そして粗暴に月日を重ねると、面会交流の直近日や当日に、会いたいのに寝込む、会いたいのに会いたくない、というさらなる矛盾が生まれてパニック状態となる。

これらはすべて、人間として自然な反応がでている証。引き離し初期のころは、理解が追い付かなかったり、問題を処理しきれなかったりする。だけど深い理解のある専門家は、単独親権制度の日本には少ない。

助けを請う先が探せども探せどもないものだから、それこそ字のごとく私は一生懸命に、壮大な矛盾の「今」を言語化するために真っ向から痛みと向き合った。

親子の引き離しは今から世間に浸透していく問題で、課題どころか問題そのものをまだまともに認識されていない。社会の不認識により、抱えた痛みを何気なくすら口にできない状況が2025年の今だろう。

痛みを伝えようものなら、覆いかぶさるようにして、さらなる痛みを味わわせようとしてくるから。

だけど大丈夫よ。大丈夫。子と会えて、親と会えて、痛む心は、人間としての反応だから。あなたはちゃんと、生きようとしているの。だから、大丈夫よ。生きましょう。

最寄り駅に着くと、16歳のタロウは8歳の記憶を蘇らす。当時5歳だった12歳のジロウの記憶にもあったスーパーマーケットを見つけると「左行って、右行って、左行って進んだら、たぶん左手に家あるわ」と得意げにエクボで語る。

「さすが8歳。覚えてんねやな」と息を切らす私に、タロウは「8歳やと人生の半分くらいやしな」とスーパーの看板を眺めていた。ジロウに続きいよいよタロウも、私と暮らさない子ども時代の方が長くなるらしいや。

久しぶりのいとこの家にも、8年の成長がちゃんとあった。ジロウと同じくタロウもいとこたちの自室を案内してもらって、美味しいランチをごちそうになって、終始おしゃべりをして、小春日和のような時間を過ごす。

あっという間の帰り道。

駅の構内には、行くときに気になったお蕎麦屋さんがある。タロウはお蕎麦が好きで、私たちは帰りに寄ろうと約束していた。朝のメニュー看板から一抹の不安を感じながらも、ウキウキしてお店に向かう。

15時過ぎ。到着すると朝のメニューは外されていて、お蕎麦の販売はもう終わっていた。「次来たときに食べよか」とタロウはエクボで苦笑う。

時間ができたのでお土産を選びに行くか私が尋ねると、タロウは「ここに来たことバレるやん」と穏やかにはにかんだ。

予定より1本早い電車に滑り込んだ私たちは、進行方向に背を向けて補助シートに腰を据え、8年越しの目的地にたどり着いた今日の日を、優しくかみしめるようにしてお喋りをした。

母宅でお茶するというので、小一時間ほど一服してから、タロウの暮らす家に向かう。到着してしばらくすると、玄関にジロウが颯爽と現れて「お母ちゃん、明日迎えに来てや」と言葉を置いて去ってゆく。

タロウの次も、ジロウの明日も、お母ちゃんにとっては未来への道標で、生きる源なのです。だけどたとえ、次も明日もなくたって、お母ちゃんはいつもいつも、タロウとジロウに未来を感じて生きています。

諦めずにさえいたら、夢は叶うから、どうか自分を信じてね。



2017年11月マレーシアにて初電車
ジロウ5歳←→タロウ8歳
子どもを可愛がってもらえる世界線

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