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子どもはいつも未来で、すぐ今にして、あっというまに過去にする

vol.89【ワタシノ子育てノセカイ

未来と信じるその選択は、もうすでに過去なのかもしれない。知った瞬間からすべては過去。

自分の学びを振り返れ、現在地を見つめろ、世界は果てしなく広いんだ。苦しくて辛くて呑み込まれそうなときほど、過去を未来だと勘違いする。

一部を照らす希望の光は分断の深淵となるだけ。未来の光には、きっと、影はない。

ところで私には「実子誘拐」で6年以上離れて暮らす、10代のふたりの息子がいる。

2024年7月12日金曜日。長男タロウへのおかえりLINEが遅れていると、タロウから呼び出しメッセージがとんできた。なにやらお買い物があるらしい。

メドにする時間が同じだったみたいで、ふたりして15分を指定する。2分で会う約束が整った。実子誘拐後に裁判所で係争してた頃は、弁護士を通したりなんやかんやで、母子がただ会うために何日を要したことか。

私はいそいそと仕事をかたづけて、車に乗りこみお迎えに走る。

到着して3分ほどすると、財布とスマホを持ったタロウが現れた。助手席のドアをあけてストンと座るタロウに「ワートリの新刊でたん?」と私が挨拶をすると、おすまし顔にエクボができた。

タロウと顔を合わせるのは9日ぶり。身長も、声も、前回と変わらない。こんなに早くまた会えるとは。なんてありがたい夕方なんだろう。

タロウの買い物の目的は、部活用の持ち物をそろえるためだった。翌日に初合宿があるらしい。

タロウが入部したのはワンダーフォーゲル部。中学生のときにボルタリングにはまったらしく、興味が近しいワンゲルの入部を考えている話を、受験前に教えてもらった思い出がある↓↓ あの時の未来が、もう今になっているんだ。

タロウは助手席でスマホとにらめっこして、買い出し品のチェックをしている。

「あ、お母ちゃん、腕時計いるわ」

登山するなら腕時計いるはず、と思って高校の入学祝いにタロウへ打診して、4月にはふたりで時計屋さんに下見にいった。だけどタロウはそこまで乗り気ではなく、購入しないまま7月にいたって、やっぱり時計いったがな、となっているらしい。

雑草と桜葉の輝く緑に包まれる土手道を抜けながら、私たちは顔を見合わせてはにかんだ。

このところご無沙汰となってしまった、漫画を買いにいく本屋さんのあるショッピングセンターに到着する。タロウが中3のとき、ワールドトリガーを月に2冊づつ買いに行く↓↓という親子時間が登場し、定期的に通った最寄りの商業施設である。

タロウはまだまだスマホとにらめっこを続けている。

もしかしたら必要なモノをいくつも購入してそろえる、という作業をしたことがないのかもしれない。漫画とか、お菓子とか、文房具とか、自分がほしいものをちょろっと買うぐらいが、タロウの日常のような気がする。

車の中で「保存パックとかいるねん」と教えてくれたので、2つ3つの買い物かと私は思っていたけど、どうやら10品弱ほどあるらしいと店内に入ってからわかる。

ひとまずキッチン用品のコーナーへ向かおうとすると、甘い香りが漂ってきた。「ええ香りすんなぁ。なんやろか?」と私は呑気に問いかけたけど、タロウはそれどころではなくウロ返事。

普段は通りもしないであろう陳列コーナーで、タロウは目的の品を探さなくてはならない。買ったことがないのはもちろん、知ってはいるが使ったことのないモノを選ぶ作業は、そういや骨が折れそうだ。

保存パックひとつ買うにしても種類がいくつもある。しかも保存するのは初合宿への携帯品なので、ますます使ったことがなさげで選びにくいだろう。

一方で私は、見たことのないタロウの姿を、眺めていられるお買い物タイムに、感謝しかない。

どうにかこうにか全てを探し終わり、慣れたお菓子コーナーでするするとグミを選び、タロウはレジへ向かう。お財布をあけようとするタロウに「お母ちゃんが払うから大丈夫やで」と告げると「ありがとう」と返ってきた。

お会計をすませると、甘い香りの正体がベビーカステラだとわかる。ひと仕事終えたせいか、入店時よりも美味しそうな香りが漂ってくる。どうやらタロウも気になっていたらしく「ちょっと待ってて。カステラ食べたいわ」と一袋600円のカステラを買いにいった。

少し遠巻きに見守っていると、カステラ屋さんのおじさんが何やらタロウに話しかけている。屋台に近づいてみた。どうやら2個おまけしてもらったらしいけど、タロウは笑顔ひとつ見せないし、おじさんもなぜか真顔。

カステラの袋を手渡すおじさんに、タロウは無表情のまま「ありがとう」と伝えて袋を受けとった。私もおじさんに「おまけありがとうございます!大切にいただきます!」とお礼する。

おじさんを背中にしたタロウが、私にぺこっとエクボを見せた。

「カステラあるし、そこでお茶でもするか」と私がベンチを指さすと「今日は塾やで、もう帰らなあかんわ」とタロウ。後30分くらいで、塾に向かう時間になっていた。

我が子と再会するたびに、最大級の幸せを感じながら、なんだか親子らしくない私たちをいつもそっと抱きしめる。

明日必要なものを買うために、親を呼び出す子どもはどれくらいいるんだろう。親子で学用品を買いにいき、レジでお金を払おうとする子どもはどれくらいいるんだろう。

というか、親子らしいってなんやねん。

まぁとにかく、15歳のタロウのいろんな姿をうかがえる、眩しい金曜日だった。しかも我が子に、学校で必要なものを、また買える日がくるなんて。

タロウと私には、私たちにしかない親子らしさが、ちゃんとあるから大丈夫。初合宿のお話、いつか聞けるといいな。



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