かさねる重みとのみこむ軽さとたしかな未来
vol.95【ワタシノ子育てノセカイ】
選択は中身があってこそ意味をなす。カラッポの箱に手を突っ込んだとて何も掴めないんだ。
中身のない箱を変えざるをえないときほど、カラッポを認めるのが痛くて、カラッポの箱を被せて痛みを知らんふりする。痛みを味わう時間が選択なのにな。
痛みのある選択は、責任といい、自由への成長なんだ。
◇
ところで私には「実子誘拐」で6年以上離れて暮らす、10代のふたりの息子がいる。
◇
夏休みが終わり、新学期が始まる。登下校で息子たちの姿を拝める日々が戻ってきた。
長男タロウは高校生となり通学路が変わったので、姿を望めるのは朝に10秒くらいだろうか。次男ジロウは登校時に5分くらい眺められるし、下校時には会いに行ける。
朝のお見送りの母子の距離は500mくらいで、お互いに米粒くらいのサイズ感でおはようを念じている。タロウはおそらく見えていない。2学期から男女合同の登校班となったジロウは、集合場所が50mくらい横にズレて、視界を遮る物陰が多い位置になってしまった。
姿が見えようが見えまいが、あの辺りに存在がある、と母子で分かち合えることが、なによりの幸せ。
学校という日本のシステムに、感謝しかないんだな。
◇
新学期初日の6年生のジロウには給食がない。中学生だったタロウみたいに昼食をとりに来るかな、と淡い期待を寄せていたが前日にも当日にも連絡はこなかった。
新学期2日目は給食があるらしかったので、部活が終わったであろうタロウにLINEして、下校時の密会についてジロウの都合を尋ねる。するとジロウの返事もタロウが介してくれて、来なくてよい旨の回答がすぐさまきた。
始業式で給食のないジロウは、どうやら自宅にいたらしい。
回答に対して私がタロウにお礼を述べると、いつもの調子だったら返信なくLINEは終了するのに、タロウはひとこと打ち返してきた。
「そうなんか」という私に「そうねんて」とタロウ。
タロウの5文字から溢れだす優しさに、ひとり静かに感極まる。
◇
タロウの返信のスピードから、ジロウはたいして考えることなく、瞬発的に答えている気がした。そこでタロウに感極まったまま、ジロウのDiscordに架電する。
バツ悪そうな声色でジロウが応答。2週間ぶりの我が子の声に、もはや来なくてよい、の回答などどうでもよくなるが、どうでもよくはない。
挨拶ほどほどに不穏な空気もすっかり和み、新学期や夏休みのようすを軽く教えてくれたジロウは「明後日に来てほしい」と私に伝えた。明日来なくてよい、と明後日来てほしい、は意味が違うのだが、おそらくジロウの中では同じになっている。
日々の選択が未来になっていくのだけど、存在がすでに未来の子どもたちは、そんなこと知ったこっちゃないのだろう。
言葉を交わすということは、共に生きるということで、痛みに怯えて諦めない限り、未来をどんどん切り開いていける。
◇
水曜日にマクド密会する約束を終えて夜を迎えたころ、私が時間の勘違いをしていたと気づく。給食後に下校らしく、お迎えが間に合わないかもしれない。
ジロウどころかタロウにLINEするにも悩ましい時間だったので、来なくてよいと言われた火曜日に事情を伝えに行くことにした。
久しぶりのいつもの駐車場で、子どもたちが下校してくるのを待っていると、黄色い帽子がぽつぽつと山裾に現れ始めた。「ジロウはもうちょい後やで~」と大きな声で4年生の男の子が教えてくれる。
夏休み明けの子どもたちは、みんな一様に大きくなっているように見えた。どうしてか胸が熱くなっていると、ジロウが迷いなく私の方へ向かってきて、後部座席にランドセルと水筒を放り込む。
密会するお迎えの日はたぶん、ジロウの中で決まってなんかいないんだ。だって私たちは親子なんだから。会う日を決めるなんて変だもの。
ずっとわかっているんだけれど、決めておかないと親子の時間が消えてしまいそうで、いや、実際に消えてしまうから、親子じゃないようなことをずっとして、どうにか親子でいようとしているんだ。
◇
一緒におやつを食べて一息ついたころに、2学期の母子の生活について話し合っていると、連絡手段の確認になった。
夏休みの途中から意味を失くしたDiscordが、結局、意味を成しそうにないと判明する。ジロウと私だけが知っていたDiscordの存在が、どうやら明るみになったらしい。母からの連絡に気付かれると嫌だ、とジロウがようやく打ち明けてくれた。
現実で確かにつながる術があるのに、ありもしない鎖が、また私たち親子の邪魔をする。
タロウのLINEで連絡するようにと、ジロウは穏やかに代替案を唱え、2学期の密会スパンを隔週に1回と提案してくれた。どうやら1学期に練ったプランA↓↓を実行する気はないらしく、かといってプランBだと物足りないのだろう。
プランAは母宅へ毎日直帰する案で、プランBは月1密会。実は5年生の冬くらいから、下校後のジロウは自由に母へ会いに行っていい状況となっているらしい。
ジロウは下校時に私と会うことを禁止されている。だけど私のお迎えを要求するんだ。どうしてジロウは自分で向かわず、私のお迎えを待つのか。いつか日本が、理解できる日がくればいいな。
◇
毎週じゃなくて隔週で会うというジロウに理由を聞いてみると「バレたら会えへんようになるから」と答えた。
「バレたら会えへんようになるかな?親子やから会うのはふつうやで、隠す必要もお母ちゃんはないと思うで?」と私が質問すると、ジロウは低めの声で間髪入れずに返してくる。
「前にも会えへんようになったやんか。バレたらお母ちゃんに、もう会えへんようになるかもしれへんねんで。そんなん嫌やろ」
実子誘拐から7年が経とうとしている12歳のジロウは、あまりにも穏やかに諭すように、定型句を改めて伝えてくれた。タロジロの抱く定型を、崩したくとも、包みたくとも、私たちには、時間がない。
予期せぬ親子時間が終わりを迎えるころ、背比べの写真を撮ろうともちかけると、5年生から写真を嫌がりだしたジロウが嬉しそうに近づいてきた。
お迎え直後の車の中で、ジロウは身体測定のお話をしてくれていた。身長が160.5㎝になったらしく、目をキラキラさせて私の身長を尋ねてきたんだな。
2024年夏の終わり、ジロウと私の身長が、同じになった。
親子の引き離しという
子のアイデンティ搾取が
異常だと理解できる学校にて
日本の子どもたちが教育を受ける日が
一日も早くおとずれますように