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繋がりを重ねる人生がハイコンテクストを深めていく

vol.96【ワタシノ子育てノセカイ

愛する人は今あるものに感謝して、愛されたい人は今ないものを必死に探す。愛する人は人の幸せを願い喜び、愛されたい人は人の幸せを奪い苦しむ。愛する人は小さなことに大きな愛を寄せ、愛されたい人は大きなことに小さな愛を模索する。

愛が膨らみ、幸せ願えて、感謝溢れる夜と朝を、私はあと何回、迎えられるんだろうか。

ところで私には「実子誘拐」で6年以上離れて暮らす、10代のふたりの息子がいる。

2024年9月10日火曜日。長男タロウから「明後日多分やけど行く」という珍しいLINEがやってくる。

タロウが平日にやってくるときの連絡は、前日の夕方以降か当日しか記憶がない。「明後日」と「多分」は初めての文言ゆえ戸惑うも、会える未来への感謝が上回り、私は違和感をまずは包んで明後日を迎えることにした。

多分の木曜日。「明日行く」とタロウからLINEが入り、ありがたい未来が延長して、そのまた明日になる。

明日の金曜日。帰宅が遅くなったらしく、またまた明日の土曜日に延期。

なんと、休日にタロウと会えるかもしれない珍事に発展した。

私たち親子は土日を共に過ごす体験が、実子誘拐以来ほぼない。だけど息子たちから連絡がくる可能性はゼロではないため、タロウがスマホを持った2022年からは特に、私は休日の予定をできる限りで空けている。

なのに油断したらしく、タロウが明日に選んだ土曜日に限って、午後から予定が入っていた。変更の難しい約束だったため、タロウに空いてない時間帯をLINEすると「午前中行く」と返事がくる。

さて明日。午前中が終わろうとしているがタロウはやってこない。11時が過ぎたころ「ゴメン」とLINEが入り「明日行く」とありがたい未来がまだ続くことに。

たとえ会えなくても、明日会う、という未来が続く今だけで、こんなにも、幸せをかみしめられるなんて。

明日の日曜日。タロウが迎えを要請するLINEをくれた。どうやら今日はいよいよ会えるらしい。

車で迎えにいくと、switchの収納ケースを左手にぶら下げて、タロウがおすまし顔で登場する。半月ぶりのタロウは、半月前のタロウより大きくなっていて、助手席にするっと座り、ずっと変わらぬエクボを見せる。

夕方にチラッとやってくるはずだった明日は、「明日行く」を淡々と重ねるうちに、昼食をともにできる5時間もの明日に変わった。

一方で「明日行く」をタロウが重ねるたびに、私は一抹の心配を処理し続けた。

「明後日多分やけど行く」の火曜日から、約束を果たせない日々を過ごすタロウの心中を、くる日もくる日も想像して、私は私にできることを考える。

今日も行けない、明日は行こう、今日も行けない、お母ちゃんが待っている、明日は行こう、また行けない、明日は行かないと、お母ちゃんが悲しんでしまう、行かないと、行かないと、お母ちゃんに、捨てられてしまう。

「明日行く」と報告してくれるタロウに、毎回毎回考えて考えてLINEを返し続けたら、タロウは繋がることを諦めず、日曜日にちゃんとやってきた。

答のない子育ての答は、すべて、子どもが、未来で、体現してくれる。

今にも消えそうな子育てを、存在を消される親の私を、存在させてくれるのはいつだって、タロウとジロウのふたりなんだ。

桃鉄で世界中をぐるぐる回り、小休憩がてら共に食事をしていると、タロウが高校生活について話しはじめた。

2学期に入り、2年生のクラスを選択する時間があったという。タロウの想定と違ったらしく「こんなに早くに決めるんやな。2年生になる直前かと思ってた」と心の準備ができていなかった様子を伝えてくれた。

タロウの高校は私の母校で、私が通っていた時とカリキュラムは大差ない。なので進路については、母親の私と話しをすれば、より具体的に考えられる。

実際、2年生になると進路に応じたクラス編成となり、大まかには理系と文系に分かれる昭和スタイルで、理系は一クラスだけで選考がある、も変わらずだった。そもそも入学当初に、ガイダンスを受けているのではないのかな。

だけど私たちには、進路の話をするどころか、おはようとおやすみを交わす時間すらない。

タロウは数学と物理が好きなので、理系クラスを希望したらしい。全国模試からも1学期の成績からも、理系クラスがあっている結果が今はある。

久しぶりのタロウの弾丸お喋りに耳を傾けていると、タロウは私に「選考されるかな。あかんかったらどうしよう」と漏らした。どうしてそう思うのか尋ねると、どうやら英語の成績がとんでもないらしい。

タロウは中学2年生から、英語の成績不振について、私に聞かれてもないのにボヤキはじめていた。5歳から英語に触れはじめ、7歳のときの英語レベルは英検でいえば5級だったタロウ。

だけど9歳を迎える12月、英語の日常は、ぱったりとなくなる。

タロウが勉学に対してふと漏らす不安は、テストの点とか、成績の良し悪しとか、そんな些末な話じゃないんだ。

入りたい器から振るい落とされる不安を口にするタロウに「落ちたときに考えたらええわな。数学と物理はどこでも勉強できるんやし」と私。

タロウは「希望者が少なかったら選考しようもないしな。ま、なんとなるか。数学と物理は頑張ってるし。大丈夫やな」とエクボを見せた。そうそうそう。選ぶときは不安は募ってしまうけど、何が起きてもどうにかなるよ。しかも自分の苦手と得意をわかった上での不安だけに、もう答があるから大丈夫。

人生は、挑戦と、失敗の、くり返し。

99年分の旅が待っている桃鉄を再開させるためにも、のんびりしていた昼食を進めつつ、「そういや文化祭はいつなん?」とタロウに尋ねた。するとタロウは「こないだの木金やで」とハニカミ、合唱の動画をそそくさと探し始める。

火曜日の「明後日多分やけど行く」に対する正しい返信は「そういや文化祭はいつなん?」だったらしい。

違和感もフラッシュバックし、よもやと叫び悔しがる私を、タロウは終始にこやかに眺めていた。

僕は、お母ちゃんに、愛されているんだ。



2017年10月@マレーシア
実子誘拐2ヵ月前
英語でお買い物中のタロウ8歳
今も覚えてるバナナの揚げ物ピサンゴレン


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