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『イヤホンをしている真剣な君と』
最近なんだか、音楽三昧の日々を過ごしている私。
実際のところ体育会系な私なんですけど
音楽や日本文化にも
割と触れて育ってきたんですよね。
今日はそんな話を書いてみようかと…
事の始まりは、小学校1年生で習い始めた
ピアノと茶道。
ピアノは、なんで興味持ったのかは記憶になく
茶道は、叔母が習っていて近くに住む祖母の家に茶道具があったから。
道具を触りたかった幼稚園時代、高価なものはなかったですが、大事なものを簡単には触らせてもらえず…それに触れたいがために習い始めました。
元々おままごとが好きだったので、その感覚だったのかもしれません。
6歳の年齢で茶道を習っている子などいなく
市の文化祭などではお人形扱い。可愛いねー、ってもてはやされました。
ピアノはというと、ヤマハの音楽教室で可もなく不可もなく。まさに平凡…3年生のときに、個人のピアノ教室に変わるんですけど、それと同時に、学校のスクールバンドに入ってサックスを吹き始めます。
小学生時代は、習い事に明け暮れた日々で、この他に水泳と書道をならっていました。1番最初に脱落したのが、書道でした。
スクールバンドを始めてからは、音楽とも深く関わる日々でした。アルトサックスから始まり、テナー、バリトンも吹きました。5,6年の時にはマーチングも経験。その時はテナーだったからとにかく重たい…って記憶。
ピアノは、6年目になりソナタの教本くらいで練習が嫌になり脱落…ピアノ経験者にはよくある話かと。
それでも、自宅にアップライトのピアノがあったのでその後も弾いていて、後々仕事にも活かされることになるので習っていてよかったなーって今は思っています。
中学、高校はというと、最初に話したように元来は体育会系の性格の私。
この6年は、運動部に明け暮れました。
朝練から始まり、夜は地元の大人の練習に参加。
ただ、試合は好きじゃなかったんですよねー。
なんでかはよくわからないんですけど。そんな6年間でした。
でも、この6年も茶道は続いていて
(29歳まで習っていたんですが)
今思うと、茶道の季節感のあるところが好きだったんだろうなって。
炉と風炉の違いや、葉っぱを蓋代わりにする葉蓋、着物も一重と合わせ、お菓子も季節を感じられるようなものがあって、年が明けると初釜。
こんな風に四季折々の風情を感じられるとこが良かったんでしょうね。
その後、音楽の方は…
社会人になって始めたサークルで
(前回のnoteに書いた)
作曲家に音楽を依頼するという経験をします。
最初はイメージと曲の構成を伝え、できてきたものを聞いて、ベースがどうとか、こんなリズムが欲しいとか、ここにインパクトある音をとか…そんな要求を伝えてという作業。
この時は、かなり耳を使ったなぁ。って
今考えると、この作業経験が何故だか今活かされてるなって。この経験がなかったら、今ほど耳は良くなかったんじゃないかな…と
そして、その後恩師だった茶道の先生が高齢で社中を閉じ私もやめて。
最後に習い始めたのが、お琴でした。
ここで和と音楽がくっついたんですね。
今でも練習は好きじゃないです。
ただ、年を重ねてきて思うのが
週1回のお稽古の時間。ほかの何も考えずに譜面と向き合う。時計も見ず、ひたすらに先生と弾き合う。集中力と体力をものすごい持っていかれるこの時間…
これって意外と大切な時間なんだなって。
お琴を始めたきっかけは、祖母の家にあったからでした。祖母が幼少期に習っていて、それがあったので興味を持てました。
ちなみに、祖母は華道の師範だったので華道も少しだけかじりましたけど
茶道ほど興味が持てなかったですね。
私の人生、育った環境に恵まれていたなって思います。身近にあったからいろんな経験をしてこれた。
音楽と和の世界。私のルーツですね。
そんな私に多大な影響を与えたくれた大好きな祖母も先月、他界したのですが。
今回のnoteは、そんな大好きだった祖母との思い出も綴れたかな。