スペシャルドラマ「坂の上の雲」(3)「青雲」(前編)所感
お線香のかほり(こら)
予備校生・学生時代
今の学生で言うとこうなるとは思いますが、この頃は予備門に入るにも難しい試験がある。意外です。
もう一つ意外なのは、子規が英語に苦手意識を持っているということ。入試で結構堂々とカンニング行為を働きながら、一切を無駄にするような「ああ勘違い」(笑)。それでも、予備門には合格しました(あれ?)。おめでとう。
この小説の偉いところ。「野球」のくだりです。ドラマではナレーションがなければ子規が「野球」と命名したかのような演出でしたが、そこをケン・ワタナベがきっちり訂正するのです。英語の試験に落ちた直後に野球や坪内逍遥にハマって楽しんでいる子規も、この後の文豪たちの鬱々としたイメージに比べれば、なんだか明るくて可愛いですね。
予備門は「上には上」の宝庫。後の時代ロンドン留学を機にやらかしまくる夏目漱石もその一人でした。時代が激変すると文学も激変する。その中でこのドラマにもちょいちょい文豪が登場しますね。
それにしても、幾何の問題文が英語で書いてある。無茶やん。それを平然と解く学生たちも、白紙解答出す子規も、そのあとみんなで人気の寄席へ大騒ぎして行くこの学生たちの青春でしょう。
ただ、ちょっと上の好古には全然違う学生時代があり、このなんとも言えないバラエティが面白い気もしました。好古は師範学校から自分で身を起こして、給料をもらいながら陸軍師範学校へ通う身。兄に学費や生活の世話をみてもらっている真之とは、やはり根底の何かが違いました。まして、この世代がどぎつく鍛えられていたからこそ、その後の「富国強兵」が成り、日露戦争勝利へとつながったと言ってもいいくらいの演出です。確かに、彼らより上の世代になると、幕末の動乱から日本国内の混乱を経験し、そこからまだ抜け出せていない感のある将も見受けられますが、好古の世代からは、はじめから世界を見て西洋式軍隊のイロハを叩き込まれた将になります。ドラマの演出上主役はほぼ真之ですが、好古もまた明治を擬人化したと言っていい人物なのですね。
真之は予備門で「試験の山を当てる天才」。これ、ある意味「生きる力」だと思うのは私だけでしょうか。彼が言っていたように「過去問の傾向と教師の好みを鑑み、自分が教師だったらを想像し、学校との勝負に挑むつもりで分析・対策する。最後はカン」ということを積み重ねるのは、社会人でも大事なスキルになってきますよね。仕事で成果を出そうと思えば、これまでの傾向とクライアントの好みを鑑み、クライアントの立場に立って、世間と勝負するつもりで対策する。そして最後はカン。工夫して対処しようとする力でもあり、それを元に山を張った部分を説明できる力でもあります。今の子どもたちには結構無理な感じですよね。
好古の信仰
この頃より前に学問を修めた人は、福沢諭吉に心酔している人が多いイメージですが、好古も然りのようです。昔風呂焚きしていた頃から「会いたい」って言っていましたものね。
彼の信仰としては、一身独立・質素・単純明快でしょうか。まぁ松たか子さん演じる「狆」ことおひい様にはなかなか調子を崩されるようですが。
鯛を持ってきてくれたおひい様に「いただけません」と言いながら、弟たちの祝いに対して結局「たらふく」食わせます。この前のちょっと「なんちゅうおひいさんじゃ!」的な顔が、面白いですよね。伏線はこうやって張るんですの見本のようです。
ちなみに、鯛は愛媛が美味いのではと思うのですが、彼らの家庭環境で口にすることはなかっただろうと思わせます。実家も貸家も現実こんなボロだったか、ちょっと過多な演出かは分かりませんが。
りーさん
結婚相手に会うために、上京した律。真之が好きなのは明快ですが、兄も真之も何も言いません。おめでとうと嫁がせてやるのが人情というものでしょうか。
歴史上のことがなければ、真之の相手として物語のヒロインでもおかしくなかった律さん。小説でもドラマでも、現実よりだいぶ「真之ラブ」が強調されているようです。
「兄さんを頼みます」としか言えない律の言葉に従って、子規と同居を始めた真之の心情をナレーションが言ってくれます。コロコロ趣向が変わる子規を「どうも軽率なような感じもしたし、同時に一個の多彩な光体ながめているような、眩さも感じた。」と評しています。これがなんとも。熱しやすく冷めやすい鉄を熱いうちに打ったからこそ、子規が作家として名を残したのでしょうが、その裏にはいくつもの「冷めた鉄」があったのだと思わせました。文学や芸術をなす人はこうなんでしょうね。
律さんは、この情熱を持ってはいても、興味がコロコロ変わる傾向はあまりなかったようで。よかったね、そこ似ていなくて。
やりたいこと
この予備門時代の迷いや「冷めた鉄」の塊が、青雲の時代に許された自由なのでしょう。とにかく勉強して、その中で「アシの本当にやりたいことはなんじゃ」と自問し探していく。今で言えば、高校生になるでしょうか。今の時代、子供たちは常に将来の目標を早く決めることを求められますが、この青雲の時代を許してあげられればいいのに、と一人の大人として思ったことでした。
その他
・本物の犬の「狆」名前は「おふく」。
・都さんのかんざし、わざと落とした?そんなの勝手に持っていっていいの?
今日もお付き合いいただき、ありがとうございました。