選択型人生遊戯【ゲームブック風】
人生には選択肢がある。
私、佐藤翔太 (二十七歳)は都内在住の独身男だ。今日はSNSを通じて約束を取り付けたある女性と出会う。
なんで会うんだろう。まだ自分でも目的がわからない。いや、目的がないというわけではない。選択肢があり過ぎて迷っているのだ。
さて、どれにしよう。
一. 本業の英会話教材を売りつける
二. 副業のコスメのビジネスを紹介する
三. 最近入信した宗教の勧誘をする
四. 応援している政治団体の話をする
五. 趣味のプロ野球の話をする
六. 口説いて交際を申し込む
七.女性の話を聞きまくる
目次から私、佐藤の選ぶべき選択肢をご教示あれ。
一. 本業の英会話教材を売りつける
鈴木美咲さん (二十五歳)と駅前で待ち合わせ。現れた女性はこざっぱりとした印象の女性だった。とりあえず、近くの喫茶店に入る。
話好きの鈴木さんは私が話を振らなくてもどんどん自分のことを話してくれる。旅行が好きで国内外各所に行っているとのこと。一人旅も好きらしい。これは都合がいい。
「旅行がお好きだったら語学は堪能なんじゃないですか?」とまずは探ってみる。
「いえいえ、多少は話せますけど全然です。こないだなんか――」よしよし。話題が逸れる前に本題に入ろう。
「日本人は義務教育で何年も英語を勉強しているのに、英会話には自信がないって人が多いんですよ。それは学校の英語は試験に特化しているもので会話に重点を置いていないからなんです。実は私、英会話教材の販売を行っていましてね。英語に興味がある鈴木さんのような方にぜひ試していただきたいんですよ。こちらの教材は英会話に特化しており――」
「佐藤さんは英語話せるんですか?」話せるわけない。売ってるだけだ。
「弊社の教材で私も勉強したんです。英会話にはずっと興味あっていろんな教材に手を出しては挫折を繰り返してきたんですが、弊社教材に出会って――」と言っておく。
「だったら、今から私と英語で話しません? じゃあ……」えっ、えっ。思わぬ展開に気が遠くなる。
彼女が繰り出す未知の言語に私はただ「アッハー」「オーイエ」と返すことしかできなかった。販売マニュアルは丸暗記したが、英単語など一つも覚えてはいないのだ。帰ったら中学の英語の教科書を実家から送ってもらって勉強し直そう。薄れゆく意識の中、そんなことを考えていた。
二. 副業のコスメのビジネスを紹介する
リュックを背負い待ち合わせ場所に向かった。何が刺さるかわからないのでいろいろ持って来たのだ。
鈴木美咲さん (二十五歳)はこぎれいな恰好の女性だった。この人はいける。直感がそう言っていた。
外装が綺麗な喫茶店に入る。内装も華やかだ。
注文を済ませ、さっそくクロージングに誘導していく。
「最近寒いですよねぇ。私は乾燥肌なのでクリームが手放せませんよ」ここでリュックから私が副業で代理販売をしているメーカーの商品を取り出し使って見せる。
「いい香りですね。……それってどこのブランドですか? キンモクセイの香りかな?」釣れた釣れた釣れた。
「えっ? このハンドクリームのことですか? これは市販されてなくて口コミの力だけで広まっている知る人ぞ知るブランドなんですよ。私もね、先輩から――」
***
テーブルの上に並べられたハンドクリーム、化粧水、歯磨き粉などの製品。そして、画用紙にピラミッドの図。
「――鈴木さん、私と一緒にビジネスで未来を切り開きませんか。成功してタワマンに住んでるメンターの人とも繋がれますから」決まっっった。
「……それで、結局そのクリームは何の香りなんですか?」
「えっ? キンモクセイですけど」
「やっぱり。私もキンモクセイのハンドクリーム使っているから同じって思いました」
「じゃあ、一緒にビジネスを――」
「ビジネスって? ああ~。すみません。香りなんだろうって気になってあまり聞いてませんでした。でも、私のハンドクリームの方がいい香りですよ。ほらっ」と彼女はハンドクリームを取り出すと私の鼻に近づけた。
市販のくせに確かにいい香りだ。自分の中のなにかどす黒いものが浄化され昇天していきそうだ。私が扱っている製品は質は悪くないんだけど香りがくどいんだよな。しかも高いし……。薄れゆく意識の中、そんなことを考えていた。
三. 最近入信した宗教の勧誘をする
鈴木美咲さん (二十五歳)は白いワンピースという清楚なファッションに身を包んだ女性だった。
女性の服には詳しくないが……今の流行から外れてるんじゃないだろうか。古風とも言える。これでつば広の帽子でも被っていたら完璧だったのにと思っていたら、後ろ手に持っていた。
私の視線に気づいたのか、彼女は「今日は日差しが強かったので……」と。そうか、彼女は私と会うのでわざわざ帽子を脱いだのだ。なんて尊い心根の人だろうか。
彼女にはこの世の真理を伝える必要がある。
私もこの教えを知って救われたのだ。そうと決まれば早い方がいい。とはいえ、こうるさい喫茶店で教えをお伝えするというのも……。
ふと路地の先に行ってみようという考えが降りてきた。導かれるように私たちは行ったことのない細い道の先にある純和風の茶店に辿り着いた。
ほうじ茶を頼む。「私も同じものを」と鈴木さん。
「さっそくですが、鈴木美咲さん、私はあなたに伝えないといけないことがあります」
「はい、わかっております」なんと。これは運命か。やはり導かれていたのだ。
***
「――と言うのが私が知った世界の真理。この世での役割。あの世での幸福。私もまだ道半ばですが、いかがでしょうか。鈴木さんもご一緒に御教えに身をゆだねてみませんか?」
「……成仏できるでしょうか?」と鈴木さん。
そうか、そういうことか。そういえば、注文したお茶は一杯しか来ていない。
「いやー、仏教系ではないので成仏はちょっとわからないです」と答えるのが精一杯だった。薄れゆく意識の中、彼女を見ると彼女もまた薄くなっていた。
四. 応援している政治団体の話をする
鈴木美咲さん (二十五歳)は航空会社のCAである。華やかな世界に見えるが、彼女は短期の契約であり次も契約されるかどうかはわからないのだそう。
政治へのヘイトもさぞかし溜まっていることだろう。
「現政権について私と議論しませんか?」と私が問いかけると彼女は大きくうなずいた。
***
「――というのが現段階での問題点であり、この傾向は加速していくものだと私は考えています。それを打破できるのは我々が支持している政党しかないという確信があります」
私は自分の考えを彼女に吐露した。
「それでは鈴木さんのお考えもお聞かせください」
「はい、私は三つの大きな問題があると考えています――」
彼女が語った政治論はとても興味深いものであった。彼女が日頃から政治を自己に関わり深いものとして捉えていることがよくわかった。
ただし、鈴木さんが語ったのは異国の政治についてであった。
「それって外国の政権についてですよね……我が国の政治についてはどうお考えですか?」
「言ってませんでしたっけ? 私はもう何年も海外で暮らしているんです。帰国するのはフライトで寄った時だけ。私の名前も本当は、『Misaki Suzuki Martin』なんです。国籍も――」
私は意識が遠くなるのを感じた。今までの熱く語った時間は何だったのだ。いや、政治というのは国内だけのものではない。これを機にグローバルな政治問題に目を向けるのもいいかも、と薄れゆく意識の中そんなことを考えていた。
五. 趣味のプロ野球の話をする
出かける時に玄関で滑って尻もちを付き、またここに来る途中にも水たまりに足を突っ込んでしまったが平気だった。優勝したから。
初対面の鈴木美咲さん (二十五歳)にも「なんだかご機嫌ですね」と言われてしまった。
「わかりますか? これはお恥ずかしい。応援しているチームがリーグ優勝を決めたもので……」
「野球ですか? 詳しくはないですが私もそのチーム好きですよ」
「えっ! 鈴木さんもですか? ご出身はこちらなんですか?」
「いえ、でも父の転勤で越してきてからはずっとこちらでして――」
私たちは野球談議に花を咲かせた。まあ、ほとんど私が一方的に話すだけであったが、鈴木さんはうんうんと聞いてくれた。
「――それで、過去の優勝記事や特集雑誌はできる限り全てコレクションしてるんですよ。ネットで見るのもいいですがやはり現物があると当時の感覚もよみがえってきますから」
ちょっと熱く語り過ぎたかなと思って鈴木さんを見た。
「それ私も見ることができますか? 今から佐藤さんの家でコレクションを見せてもらうことってできますか?」
思わぬ提案に驚いたが、野球関連で私が断ることは絶対にない。
そこから二人で電車を乗り継いで私が一人暮らしをしているアパートまでやって来た。道中も野球の話をしていた。
彼女を家に上げ、まずは新聞の切り抜きと雑誌を私の解説付きで過去分から順番に見せていった。
次に私が撮りためていた試合のハイライト動画鑑賞会へと進んでいった。途中までは解説していたのだが、夢中になってしまい彼女そっちのけで食い入るように動画を見ていた。
空が白み始めた頃、気付くと彼女は消えていた。冷静になりふと思う。彼女は本当に野球に興味があったのか? 興味があったのは野球ではなく……。
やりきれない気持ちになってくるので考えるのを止めた。
徹夜したので眠気がヤバい。彼女はこの世のものではない心霊の類だったのだ。ぼんやりとした頭でそんな結論に辿り着いた。
薄れゆく意識の中、ふと玄関に目をやるとドアが少しだけ開いているのが見えた。
六. 口説いて交際を申し込む
CAをしているという鈴木美咲さん (二十五歳)。清楚な見た目だが、意外におしゃべり好き。
私の趣味であるプロ野球の話も、知識はないようだが興味を持って聞いてくれる。野球女子の素質があるかもしれない。まあ、全てSNS上でのやり取りでまだ会ったことはないのだけれど。今回はいける。そんな確信があった。
鈴木さんとは駅前で待ち合わせ。人通りの多い駅なので無事に会えるだろうか……。と思っていると案の定、鈴木さんからこんなメールが来た。
< 佐藤さん (((( ;゚д゚)))アワワワワ ちょっと遅れています。すみません! 場所もよくわからないのでどこにいるか説明してもらってもいいですか!? >
場所を指定してきたのは彼女の方だったと思うが……。仕方がない。私は丁寧かつ簡潔にこの場所のことを伝えた。
< 佐藤さん ((((;´゚Д゚)))アワワワワ 近くには来ていると思うんですけど。。。もしかして駅の別口に来ちゃったのかな~ 今いる場所の写真を撮って送ってもらってもいいですか? >
写真か……仕方ない。送ろう。会えなかったら意味がないのだ。
乗車口が見えるように写真を撮って送った。私の顔も半分写り込むように。この顔がタイプなんだろう?
< 佐藤さん ヾ(;´Д`○)ノぁゎゎ ゕっこぃぃ。。。もっと佐藤さん♡のしゃしんほしぃ。。。 >
うん、知ってる。それはそうと場所はわかったのか? 写真送るのポイント高いんだぞ……。
何度かやり取りをしたが結局、要領を得ない返答しか返ってこない。もうポイントが枯渇する。
< もうポイントがなくなりそうなんだけど……。デート資金に手を出すのもあれだから早く来てほしいな >と送った。
< 佐藤さん (゚Д゚;≡;゚д゚) そうだよね、ゎたしもポイントなくなりそうだもん。でも、佐藤さん♡に会いたい一心でさっき入金したょ。佐藤さん♡も私に会いたかったら頑張ってー >
そうか。そういうことか。頭が真っ白になる気がした。
彼女は……実在しないのかもしれない。心霊の類だったのだろう。薄れゆく意識の中、牛丼大盛りに卵付けて食ってデザートにコンビニプリンを買って帰ろう、そんなことを考えていた。
七.女性の話を聞きまくる
私は女性経験こそ少ないが、恋愛に関しては自信がある。
ネットの「異性にモテるための五十か条」の類は読み込んでいるし、月額五千円の恋愛系メルマガも購読している。
私は、今日会う女性、鈴木美咲さん (二十五歳)に与えることのできる有益な情報や提案が、今思い付くだけでも六つある。
どれを選択しても彼女を楽しませる自信がある。今、強引に決めたっていい。しかし、私はそれをしない。
彼女に会って話の流れでどれを与えるかチョイスするのだ。まずは鈴木さんの話を聞きまくる。これこそが恋愛偏差値の高い異性との付き合い方である。
***
「――ってことがあったんです。佐藤さんもそう思いませんか?」うんうん。
「やっぱり~。佐藤さんとは気が合いますね。たくさん話したけど全部同じ意見ですもん」うんうん。私は相槌を打つのみである。
「あっ、だったら私、佐藤さんにいい提案や情報があります。本当はどれか一つって思ってたんですが、私と気が合う佐藤さんだったら全部共有してもいいかもと思っちゃいました。全部で六つあるんですけど――」
私は意識が遠くなるのを感じた。薄れゆく意識の中、鈴木さんも六つの選択肢を持っていたのだ、どれか一つぐらい被らないかな、もし、全部一緒だったら運命だな、とこんなことを考えていた。ふと見ると、鈴木さんは薄ら笑いを浮かべていた。その顔は私にそっくりだと思った。
2021年11月
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