鉄道の「安全と安心」取り戻せ:大澤賢
JR貨物は9月10 日、列車の車輪に車軸を通す作業(輪軸組み立て)で日本産業規格(JIS)に基づく基準値を超えた圧力をかけるとともに、データを改ざんしていたと発表した。斉藤鉄夫国土交通相が13日に全国の鉄道事業者に緊急点検を指示すると、翌日以降JR各社や東京都交通局(都営地下鉄)、東京地下鉄(東京メトロ)、京王電鉄などでも同様の不正があったことが明らかになった。
そんな中、19日にはJR東日本の東北新幹線「はやぶさ・こまち6号」が時速315キロメートルで走行中、はやぶさ10 両編成とこまち7両編成の連結器が外れるという前代未聞の“事件”が発生した。またJR東海の東海道新幹線では、7月22日に保守用車両同士が衝突・脱線する事故が起きた。両方とも乗客に被害はなかったが、一歩間違えれば大事故につながりかねないトラブルだった。
斉藤国交相は20日の記者会見で、「鉄道輸送への信頼を揺るがすもので、きわめて遺憾」と厳しく指摘。JR東日本に対して原因究明と再発防止策を求めるとともに、改めて全国の鉄道事業者に注意を喚起した。
●なぜ現場で不正が続くのか
JR貨物のデータ不正は、輪軸組み立てで基準の圧力よりも10%程度高い圧力をかけていたほか、さらにデータも改ざんしていた。車輪・車軸に傷がついた場合、走行中に傷が拡大して破損し脱線する可能性がある。同社は11日、全貨物列車の運行を一時停止した。新聞報道によると最終的に不正車両は631両(貨車627両、機関車4両)まで増え、同社保有の約7千両の約9%に達した。
JR東海は14日、在来線10両の車軸11本が車軸取り付けの目安値を最大2割程度超えていたと発表した。安全性は確保されているとしつつ、該当車両を特急列車などの列車編成から外した。新幹線約8千本、在来線約3880 本の車軸を調べたが、データは機械に自動記録されていて不正はなかったとしている。
東京都交通局は18日、都営地下鉄と都電の両方の車両で輪軸組み立て時に、局の基準圧力に収まっていたようにデータを改ざんしていた不正が467本あったと発表した。また東京地下鉄(東京メトロ)でも同日、社内基準を超す圧力をかけていた車軸が225本あり、作業担当のグループ会社「メトロ車両」が記録を書き換えていたと公表した。両社とも、車軸は安全を確認したとしている。
JR東日本は20日、2008~17年にかけて規定外の圧力で組み立てていた輪軸が在来線で4888 本あり、うち1187本は記録を書き換えていたと明らかにした。一部を交換し、大半の輪軸は安全を確認したうえで使用しているとした。
このほかJR西日本、東急電鉄、京急電鉄でも基準値を超える圧力をかけていた輪軸があったが、いずれも安全に問題はないと説明している。
列車の安全を支える車輪・車軸で、なぜこんな事例が起きたのか。
JR貨物の犬飼新社長は「作業員の認識が甘かった」、また現場社員は「こなすべき作業が多く、部品が廃棄されることを恐れた」と語った(9/11東京新聞)。JR東日本は「車軸に押し込む際の圧力値にばらつきがあり、現場の担当者が専門家と相談して、機器が不正確だと分かった。そのため規定の範囲外の圧力値が出ても、一定程度なら問題ないと判断していた」という(9/21同)。
現場は忙しいだろうが、安全第一を徹底すべき担当者が機械の不正確さやこの程度なら許容範囲と考えて検査を通し、データを改ざんしてはいけない。現場の油断が続けば、重大事故は確実に起こる。関係者は改めて、「安全品質のもう一段の向上」に取り組んでもらいたい。
●新幹線は総点検を急げ
在来線以上に、新幹線のトラブルは緊急課題だ。
19日の東北新幹線の連結器分離(離脱)は、通常ではありえない。分離した瞬間、両編成とも非常ブレーキがかかり、宮城県古川~仙台間で緊急停車した。脱線も追突もなく、乗客320人にけがはなかった。5時間余の運転停止で約4万5千人に影響したが、大事故にならなかったことは誠に幸運だった。
東北新幹線の併合運転は、1992年7月の山形新幹線の開業(福島駅で連結)から始まっている。秋田新幹線(1997年3月開業)との連結は盛岡駅で行われるが、今回も特に異常はなかったという。
JR東日本によると、連結器の分離システムは時速5キロ以下でないと作動しない仕組みになっている。19日の段階では「原因不明」としたが、日大の綱島均特任教授は「本来出るべきではない切り離す信号がでるなど、電気系統のトラブルが起きた可能性が高い」と指摘した(9/20朝日新聞)。同社は26日、こまちの運転台にある強制分離スイッチの裏側から小さな金属片が見つかり、これが原因になった可能性があると明らかにした。
今年10月1日開業60年の“還暦”を迎える東海道新幹線では、7月に保守用車が別の保守用車に追突・脱線する事故が起き、作業員4人が負傷した。この事故で東京~新大阪間328本が運休し、約25万人に影響がでた。原因は、追突した車両側6両のうち3両が、ブレーキがほぼ利かない状態だった。
なぜそんな事態になっていたのか。JR東海の説明によると、作業前点検でブレーキ力を確認する際、メーカーは最大圧力をかけるよう想定していたが、JR東海側は低い圧力で行っていた。その結果、部品の摩耗に伴うブレーキ力の低下に気が付かなかったという(8/6東京新聞)。 同社の丹羽俊介社長は「管理体制が不十分だった」と謝罪し、今後はマニュアルの整備や作業員の教育など安全対策を進めると表明した。
●重大事故はなぜ起こるのか
鉄道の世界だけでなく、日常生活でなぜ事故やトラブルが起こるのか。
航空業界では長年、「ハインリッヒの法則」が語られている。「1件の死亡事故が起きるには小さな事故が29件起きており、さらには300件のインシデント(兆候)が発生している」(『航空産業入門』ANA総合研究所)。重大事故が発生するまでには小さな事故やたくさんのトラブルが起きているーというものだ。
根底には「人間はミスをする」との認識がある。いつも通りの手順で仕事をしていると、ふと思い込みや失念で途中の手順を飛ばしてしまう。また同じ仕事をしていたはずなのに、まったく違う作業をしていたーという事例である。
現代は科学技術が発達して空の安全は格段に高まったが、それでも機械(コンピューター)と人間との関係は依然として複雑だ。「ヒューマンエラーは、ハイテク時代になればなるほど起こりやすい」と指摘する声もある。
日本の鉄道の歴史は1872(明治5)年9月(旧暦=現在は10月14日)、新橋~横浜間で開業したのが始まり。以後国力増大とともに飛躍的に発展し、最近は機械化・地球環境対応も進んでいる。たが、大事故はたびたび起きている。
旧国鉄時代に起きた三河島事故(1962年5月、死者160人)の後、信楽高原鉄道衝突事故(1991年5月、同42人)、JR西日本の福知山線脱線事故(2005年4月、同107人)、JR東日本の羽越線脱線事故(2005年12月、同5人)など、人為的ミスだけでなく、突然の暴風(羽越線)など原因はさまざまである。
事故の記憶は風化しがちだ。安全を担当する鉄道関係者は改めて、JR東日本総合研修センター(福島県白河市)にある「事故の歴史展示館」を訪ねるべきだ(一般には公開していない)。重大事故の象徴である三河島事故の凄惨な現場が再現されている。繰り返すが、鉄道事業者は「より安全に、もっと快適な鉄道」の実現に努力してもらいたい。