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「衰退する日本」歯止めを掛けるには:大澤賢

 当欄では、2023年の国内総生産(GDP)がドイツに抜かれて世界4位になったこと(2/26付)、34年ぶり1ドル=160円台をつけた円安の理由(5/27付)を取り上げてきた。1980年代の輝かしい「経済大国」を知る記者にとっては、現状は悲しい“不都合な事実”である。
 なぜ、日本は衰退したのか。学術的な分析は専門家に任せるとして、今回は筆者が体験してきた過去30 余年の出来事を振り返りながら、その原因を探ってみた。そして衰退に歯止めを掛け、経済社会の再建に向けた方策を考えた。

●国際競争力も円の購買力も低下
 最近もまた、日本の国力低下・衰退を示す国際統計が公表された。
 スイスのシンクタンク・国際経営開発研究所(IMD)が発表した「2024年版世界競争力ランキング」では、日本は主要67か国・地域のうち38位と3年連続で順位を下げた(前年35位)。政府の効率性、企業の効率性、経済実績、インフラの4分野で評価し、日本は技術革新など企業の効率性が低かった。1989年から4年連続で世界トップだったから、日本の凋落が目立つ(6/26東京新聞)。
 国際決済銀行(BIS、本部スイス)が発表した5月の「実質実効為替レート」(2020年=100)では、日本円は68・65と過去最低を更新。過去最高だった1995年4月の193・97の約3分の1になった(6/21同)。同レートは各国の物価上昇率などをもとに算出される「通貨の実力」で、よく使われるマクドナルドの「ビッグマック指数」よりも通貨の価値を正確に示す。日本円の購買力低下は、海外諸国と比べて物価・賃金の伸びが鈍く、長引く円安が理由としている。

●政府、企業、労組に大きな責任
 国力低下の理由は何だったのだろうか。
 第一に思い出すのが、政府の景気判断や政策投入の失敗である。日本経済に深い傷を残したバブル景気(1986/12~91/2)は「プラザ合意」後の過剰流動性が主因だが、引き金になったのが87年5月の総合景気対策(約6兆円)だ。すでに景気は回復過程にあったから、公共投資の追加などで景気は狂乱した。
 だが間もなくバブルは破裂。地価・株価はみるみるうちに急落し、個人消費も縮小した。この時も政府は「景気停滞は一時的」と判断を間違えた。構造不況に陥ったことを認め10兆円を超える大型経済対策を打ち出したのは、不況が深刻化した1年半後の92年8月のことだった。
 その後も政府は判断ミスを続ける。地価急落で国内金融機関の不良債権は急増したが、政府はその額を92年8兆円、94年13兆円、95年40兆円、99年80兆円と小出しに公表。最終処理には住宅金融専門会社(住専)6850 億円を皮切りに巨額な税金を投入し、国民から猛反発を受けた。そして97~98年の大手都市銀行や証券会社の倒産(金融危機)は、社会を騒然とさせたものだ。
 現在は「アベノミクス」失敗の後始末に追われている。2012年暮れに登場した安倍晋三政権は機動的な財政出動、大胆な金融政策、成長戦略の3本柱で「2%程度の物価上昇を実現してデフレ脱却」を目指した。だがいまだに“デフレ状態”から抜け出せない。残ったのは膨大な財政赤字と動けぬ金融(金利)政策である。また大都市の一部の土地と株価が高値を付ける“バブル”が起きている。
 一方、企業の行動も委縮したままだ。バブル崩壊で設備・雇用・債務の3つの過剰を抱えたことがトラウマとなり、経営者は守りの姿勢を強めた。新技術の開発や設備投資などに慎重となった結果、日本企業の世界地位は低下した。
 例えば半導体は1980 年代後半、世界市場のシェア(市場占有率)50%を超えていたが、現在は10% 程度に落ち込んだ。世界1の生産台数を誇った自動車は今も健闘しているが、電気自動車(EV)では米、中国より出遅れている。
 ただ日本企業・産業の停滞は、経済摩擦の激化とその対応としての輸出自主規制や日米構造協議などの通商外交の失敗によるところも大きい。今後は政府(経済産業省)の産業振興策・通商戦略の立て直しが急務である。
 最後に、労働組合の弱体化が問われる。全労働者の組合加入の割合=推定組織率はピーク時1949年55・8%から、2023 年16・3%へ大きく低下した。低賃金の非正規雇用労働者が増えながら、組織化が進まない。また正社員は雇用を守る意識が強く、賃上げ交渉に迫力を欠いている。連合などは労働弱者を守り、最低賃金も高い引き上げを実現するよう、交渉力の強化に努めてもらいたい。

●賃上げ継続と女性登用の拡大を
 「衰退」に歯止めをかけ堅調な成長を目指すには、やはり大幅賃上げの継続と女性のあらゆる分野での積極登用が欠かせない。
 24年春闘は、定期昇給とベースアップを合わせた平均賃上げ率が前年比5・10%、1万5281円アップという33年ぶりの大幅賃上げとなった(連合の最終集計=7/3)。だがこれは労組の勝利ではなく、人手不足に対応する企業戦略の色彩が濃い。昨年に続き今年もまた「経営主導春闘」だった。
 また同じ調査では、従業員300人未満の中小企業は4・45%、1万1358円、非正規雇用者の時給(月給換算)は4・98%、1万869円となっている。厚生労働省の資料では同30人未満の中小零細企業の賃上げは、前年比2・3%アップと過去最高になったという(7/11朝日新聞)。高い賃上げは歓迎だが、現状では企業規模間や雇用形態間の格差が拡大することを意味する。
 大事なことは、25年春闘以降も高めの賃上げ(底上げ)を実現することだ。企業は、戦争や大災害など不測の事態に備えて内部留保を増やす。その結果、労働者に利益を還元する労働分配率は低迷する。これを早く改善していく。
 労働者の7割が働いている中小企業の賃上げ力を強化するには、取引先企業(大企業)に対して、適正な価格転嫁を認めるよう強く働きかける必要がある。これは政府・公正取引委員会の役割である。
 そして、女性の積極登用は待ったなしの課題だ。世界経済フォーラム(WEF)が発表した2024年版男女格差(ジェンダーギャップ)報告(6/12)では、日本は146か国中118位とやや改善した(23年は過去最低の125位)。政治、経済、教育、健康の4分野で調査し、日本は企業管理職や国会議員の比率が低く、所得格差も大きいことが低位(G7最下位)の理由だった。
 男女間の所得格差は大きい。政府の調べでは、女性の賃金水準は男性100に対して74・8%。とくに航空運輸45・3%、金融・保険61・5%、食品製造65・4%、小売67・1%、電機・精密67・5%と低い。そこで政府は5業種団体に対して格差縮小の「行動計画」の作成を求めることになった(6/6東京新聞)。
 識者からは「選択的夫婦別姓制度」や、政治では女性候補を増やす「クオータ制」などを導入すべきとの声も上がっている。人口減少が続く日本を再浮上させるには、女性を活躍させるための環境整備が急務である。  

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