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自殺未遂して考えた事

1月末に、自殺手前まで行きました。
遺書書いて、お湯溜めた湯船に入ってた、所持している全ての睡眠薬とお酒を準備した。
あとはお酒で薬飲んで、オーバードーズか寝てる間に溺死して終わり。の状態で、1時間。

やっぱり生きたいなって思ってしまった。
それで、結局生きてる。
私は生きて美しいものを見て美味しいものを食べたいと思ったから。

死ぬことに関して、相談してはなく、自殺未遂をしたという事は、いつも心配してくれる人には伝えました。
そうすると、必ず
「死んじゃだめだよ」
といわれる。

今回は、自殺しようとしたって言うと必ず言われる、
「死んじゃダメ」
を自殺未遂のうつ病患者考えました

他人の押し付け...?

「悲しむから」
「せっかく生きてきたじゃん」
「死ぬなんてダメだよ!」

この言葉たちは本当に私を思っての事なのか?って思った。
私からしたら、こんなに苦しく辛い思いをして生きながらえなきゃいけないのか、正直私にはよく分からない。

持病が辛くて苦しんでいる時、楽になる選択肢があるなら楽になりたいと思ったし、それを選ぶことを悪とは思わない。
結局、こういった言葉って言った方の押し付けなんじゃないかなと思った。罪悪感があるから、生きる事が一般的な正解だから。

『生きる事』への正解

なぜ、生きる選択肢は普通のようにあるのに、それを終わらせる選択肢がないのか?
自死を推奨する訳では無いが、そういった言葉の返しの中で純粋に疑問として感じた。

あの時の私は、
自死を選ばなかったら、残るのは苦しく辛い現実だけ
そんな風に思っていた。

自死を否定する言葉をかけた人は、私の現実を実際に良くしてくれるのか?
ほとんどがそうではない。
ただ、『死んじゃダメ』

その言葉が欲しくて、承認欲求で自傷行為をする人もいるが、それは一種の依存行為で、少し話がずれるので、今回は置いておく。

確かに、生きていれば楽しいこともあるけれど、生きているという事がそんなに素晴らしいことなのだろうかと思った。

そう思った時、ブラックジャックのDr.キリコが思い浮かんだ。

絶対的正義がこの世にないのと同じで、「生きる事」への絶対的な正解などこの世にはない。

死んじゃダメというなら、死にたくなるほどの苦しみのその先を見せてもらいたいものだった。

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