自分一人で完結している人間などいない。人間などちっぽけで、とるに足らないものだ。

今まで20数年生きてきて、「一人でいい」「一人になりたい」と言う人を何人か見てきた。しかし、蓋を開けてみると「一人でいたい」と心底思っているような人は、いなかったように思う。
僕の観察眼が悪かったわけではない。実際、最後まで一人でいようとし続けた人を、ただ知らないのだ。
そもそも、前提としてそういう人と出会うわけがない。出会っても、少し仲良くなったら離れてしまうから、そういう人物だと知る時間もないだろう。

僕の主観だから当てはまらない人もいるとは思うけど、「一人にして」とか、「一人になりたい」と嘆いている人は、その時点では、非常に感情的な状態にあると感じる。強い虚無感や、抑圧された感情や、抵抗があるのだろう。
例えば、友達や家族と喧嘩をしたり、どうしても気に入らないことがあったら、誰だってそういう状態に陥るはずだ。ドラマなどでも、そういうシーンを見たことが何度かある。
「一人になりたい」という感情は、人間として当たり前というか、至って自然であって、何も特別なことではないと僕は思う。もしそれが全くない、という人がいたら、非常に恐ろしい。神経は大丈夫か?自我はあるのか?と心配になる。そんな人物は、きっといないだろう。
にも関わらず、「僕は、私は一人がいいです」と本心ではないことを言い出すから、わけのわからない事態に陥る。
そう言う人に限って、ケロッとした顔で元々属していたコミュニティに戻ったり、友達や家族、恋人とよろしくやっているのだ。それも、全然構わない。

そもそも論になるが、こういう人たちは基本的に「人と関わること自体は好き」で、人に対して期待をしたり、人に対して明確に何かを求めている印象だ。
要は、人との関わりの中で、人と関わることが一時的に嫌になり、

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10分もかからず読める。つまり、なんか読書した気になれます。「気になれる」ということが大切。この世の全ては「錯覚」ですからね。

最低でも、月の半分、つまり「2日に1回」更新します。これはこちらの問題ですが、それくらいのゆとりがあった方が、いろいろ良いかと。 内容とし…

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