小説「螺旋坂」(2018年 文藝賞 3次通過作)
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薄い板壁を叩く横っ風が、まるでおとぎ話にでも登場する異国風の珍客を連想させた。
庭のオリーブが揺れ、ゴミ出し場の空缶や電化製品が飛ばされ、緩んだ電線が宙空に叩きつけられた。隣家の飼っているシェパードのとち狂った叫び声まで聞き及ぶ始末だった。
が、なるほど順応とはよく言ったもので、むしろ御座敷で催される愉快などんちゃん騒ぎにも聞こえてくるので、ここは一興、ちょっくら熱燗でも呷ってやるかと息巻いた次第であった。
幼い時分から酒癖の悪かった親父にしこたま飲まされ、早くも二〇歳にして呑兵衛の仲間入りを果たしたが、どれだけ過去を振り返った所で、今以上のイカした状況に、これまで一度も巡り合わなかったのではないかと結局この段になってから思う。
自己流ではあるがツマミにも多少こだわってきて、こんな場合スルメかアンキモあたりを肴にするのも乙なものだろうが、残念ながら家に三台もある冷蔵庫はどれも空っぽで、人類がこれまで拵えてきたどんなささやかな料理すらも作れそうにない。
「ったく親父の奴め、また隠しやがったな!」
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