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行列ができない理由は単に味の問題だけではなかった

私は行列のできるお店に並ぶことが少々苦手な方だ。


もしも目星のついたお店の前が長蛇の列となっていたら、すぐに諦めてどこか空いていそうな別のところを探すのが常であった。しかしこの直近では、こうした一連の行動の大半は空振りに終わっている。

特に東京の某所を歩いて通りかかるところに、自分にとって良さそうなお店に目をつけても、「30分以上待ち」というプラカードが掲げられなくともわかる長い列がもれなくできている。

それから他に空いているところがないかと一時間以上探し回るものの、なかなかたどり着くことができない。結局その日に外食することをやめ、近所のスーパーで惣菜などを買い、家に戻って食事する…なんてことも常であった。


先日、池袋で一通りの用事を済ませた後、しばらく前から気になっていた食事処に向かっていた。そこは前々から気になっていて、いつかは行こうと思っていたところだ。

道中で、もし着いた先に行列ができていたらどうするかと思いながら、目的地にたどり着く。お店の前には一人も並んでいなくてラッキーだと思った反面、窓越しに見える店内は薄暗いようにも見えていた。

一応、営業していることを証明する看板が立てかかっていたが、本当にやっているかどうかすら怪しげな雰囲気が滲み出ていたのである。

おそるおそる店の扉を開け、中を覗くようにして入る。内観においては、事前に各サイトで見た写真よりも狭いかんじであった。席はカウンターのみの配置だが、肘と肘がぶつかりそうなくらい少々窮屈そうに見えた。

すでに店内には、親子連れや20代男性の二人組などが座っており、ほぼ満席の状態だ。だがかろうじて、真ん中のところに一席だけ空いていたのである。


席を確保したところで食券を買い、女子大生らしき店員さんに渡してからしばらく待っていると、カウンターの奥にある厨房で怒号が飛び交ってきている。

頭に白いタオルを巻いた店主らしき男性が、先ほど食券を渡した店員さんに対し、何やら注意している様子だった。

いったいどの部分について叱咤しているのか、はっきりとは聞こえなかったものの「何度ミスをすれば気が済むと思ってるんだ!」というニュアンスが伝わってきた。

その叱咤を受けた店員さんはその場で俯いている。じっとしたまま唇を噛み締めているように見えた彼女の表情は、今にも泣きそうに見えた。

ただ目の前には、私を含むお客さんが横一列に並ぶように座っている。こんなところで涙ぐむようものなら、カウンター越しに怪訝そうな視線を浴びることになる。

それに下手をすると、奥にいる店主から「お客さんの目の前にで泣くんじゃねぇ!」といった、怒号が店内中に響くかもしれないだろう。そんなことよりもー


今、この場で叱咤するべきではないだろうか。
そうしなければならないにしても、他に言葉があるのではなかろうか。


そう思いつつ店主の言い分も、なんとなくわかる気はしているつもだった。同じことを何回もミスされてしまっては、徐々に腹が立ってくるのは誰だって同じだ。しかし時と場所と場合のズレに、多少の違和感を覚えたのだった。

しこりが残ったまま、ようやく注文してきた一品がこちらに運ばれてくる。サイトに掲載されていたものを含む、いくつもの写真で見た通りの出来栄えであった。

そして割り箸を介して口に運んでみたところ、味の方は悪くないとの感想を持った…けれど。

私を含むお客さんがカウンターにいるにも関わらず別のスタッフに叱責する店主と、それを前に萎縮してしまった店員さんの姿を見てしまっては、味わって食すだけでなく、喉の奥に通すのもなんだか辛いものと感じていた。

おまけに、前々から気になっていた一品にようやくあり付けることができるという期待と感動も、その光景を目にした途端ほとんど薄れてしまった。実際、数日経った今もどんな味であったか思い出せないでいる。


食事を終えて店を後にすると、なんとも歯痒い感覚が残っていた。念願だった御馳走ごちそうに有り付けたはずなのに、単純に美味しかったという感想でさえ出てこないのだ。

それはそうと、叱咤されていた店員さんのその後の動向が少々気掛かりになっていた。その日の営業が終わったかあるいはシフトを抜けた後で、あの一件を前に心折れていないかどうか…と。

私と一緒に同席していた他のお客さんも、あの一面を見てどう思ったのかも少々気になるところではあった。本当に良識のある人であれば、心から良い印象は残されていないはずだろう。

ただ、ここで店員さんが音を上げてしまわないよう、僅かながら祈りたいところである。それと同時に、たぶん私はあの光景を見てしまった以上は何があろうと、二回目以降そこに足を運ぶことはないだろうと思うのである。



後日、そのお店の口コミを某検索サイトで閲覧してみたところ、似たような感想 がいくつも散見されていた。

いずれも、初めて訪れてみたが何もかも思わずひいてしまうほど、強烈な印象を持ったという口コミを多く見受けられている。

しかも驚くことに、それらほとんどの書き込みに店側からの返信がなされている。仮にこれらを店主個人がおこなっているとするならば、迅速な(?)対応に賞賛を送るべき…なのだろうけれど。

ただ一つだけ指摘するとなれば、そうした口コミに気を取られるよりも、他に対応すべき事項が間違いなく残っているのではないだろうか、と思うのだ。


少なくともこの日を境に私は、行列のできないお店には単に味の云々という問題よりも、接客を含めたサービスが行き届いていないことを改めて知ったのである。

それと、空いていそうなお店には何の情報も持たず安易に入ってはいけないと、そう見直すきっかけになったのであった。

最後までお読みいただきありがとうございました。 またお会いできる日を楽しみにしています!