政治講座ⅴ1090「米国の新しいコンセンサス」
米国の保護主義が始まった。これが米国の「新しいコンセンサス」と言うものであると解釈した。米国は経済力の衰えと中国などに寄生されて嘗ての超大国と謳われた面影が消えつつある。各国が米国の市場に頼ることなく自立した経済が要求される時代に差し掛かった。そして、米国の基軸通貨の恩恵も失われつつある。今それに挑戦しているのが中国であろう。そのような時代になりつつあることを予感させる報道記事である。
皇紀2683年5月16日
さいたま市桜区
政治研究者 田村 司
世界経済の無法者・中国に、とうとうアメリカが「本気の怒り」を見せ始めた…! 「新しいコンセンサス」を読み解く
長谷川 幸洋 によるストーリー •
米経済政策の大転換点
米国のジェイク・サリバン大統領補佐官が4月20日、講演で自由貿易や規制緩和による市場重視の経済政策から、補助金を使った産業政策への大転換を宣言した。これは「新しいワシントン・コンセンサス」と呼ばれている。いったい、何を目指しているのか。
ジョー・バイデン政権の産業重視姿勢は、昨年8月9日に成立した半導体製造を支援するCHIPS法と、同じく16日に成立したインフレ抑制法が象徴的に示している。
前者は米国内で半導体を製造、研究開発する企業に、政府が5年間で総額527億ドル(約7兆円)の補助金を支給する。後者は電気自動車や再生エネルギーの普及など気候変動対策を中心に、10年間で3910億ドル(約52兆円)を投入する。
CHIPS法の効果はめざましく、米国や台湾、韓国、日本、英国などの半導体関連企業が補助金目当てで、続々と米国への投資計画を発表している。日本貿易振興機構によれば、昨年末時点で、その額は2000億ドル(約27兆円)に上る見通しだ。
米財務省は3月31日、電気自動車やPHV(プラグイン・ハイブリッド車)について、補助金の対象になる車種の条件を示した。CNNや米業界紙は税額控除の対象になる車種を具体的に報じている。車種によっては、最大7500ドル(約100万円)の控除を受けられるのだから、新車購入を考えている消費者には、朗報に違いない。
問題は、これらの政策が「米国への投資」と「米国企業」を優遇している点だ。半導体企業への補助金は米国での工場建設や研究所設立が対象になっている。電気自動車に対する税額控除も、基本的に米国内で部品を調達し、生産された車にしか適用されない。
日産やBMW、ボルボ、現代などの車は税額控除の対象から外され、実際に適用されるのはフォルクスワーゲンを除いて、テスラやフォードなど米国製の車ばかりだった。
新しい産業政策の理念
米国優遇の産業政策を支える理念を、サリバン氏はブルッキングス研究所での講演で「新しいコンセンサス」という言葉を使って、初めて包括的に説明した。以下のようだ。
〈第2次世界大戦後、米国は崩壊した世界に新たな国際経済秩序を導入した。それは数億人の人々を貧困から救い、技術革新を促し、多くの国を新たな繁栄に導いた。だが、過去数十年間にひび割れが入ってしまった。金融危機は中流階級に打撃を与え、疫病はサプライチェーンの脆弱性を暴露した。ロシアのウクライナ侵攻は、過度の依存が危険をもたらす事態を裏書きしている〉
〈いまや、我々は「新しいコンセンサス」を構築しなければならない。それこそが、バイデン政権が米国と世界で、現代の産業政策と技術革新戦略を追求している理由なのだ〉
彼は、なぜ「新しいコンセンサス」と呼んだのか。
過去30年以上にわたって「ワシントン・コンセンサス」と呼ばれる政策体系が、世界を支配していたからだ。それは、米シンクタンク、国際経済研究所(IIE、現PIIE)のエコノミスト、ジョン・ウイリアムソン氏が1989年に書いた論文で提唱した政策パッケージである。
パッケージは「財政規律の維持」「公共支出の優先順位付け」「税制改革」「市場で決まる金利」「競争力のある為替レート」「貿易自由化」「海外直接投資」「政府事業の民営化」「規制緩和」「財産権の尊重」の10項目からなっている。
ワシントン・コンセンサスは当時、債務に苦しんでいた南米各国が採用すべき政策の指針として提唱された。だが、やがて先進国の「世界標準」になって、世界の左翼勢力からは「市場原理主義」や「新自由主義」といったレッテルとともに「強者の論理」として攻撃の的になった。
「新しいコンセンサス」の内実
そんな経緯を念頭に置いて、サリバン氏は「かつてのワシントン・コンセンサスに対する決別」を宣言すると同時に「新しいコンセンサス」を唱えたのである。中身は次のようだ。
〈バイデン大統領は2年前、4つの挑戦に直面していた。まず、米国の産業基盤が空洞化していた。米国を活性化させた公共投資の将来像は消滅し、減税と規制緩和、民営化、貿易の自由化にとって代わられていた〉
〈2つ目は地政学的な安全保障上の競争である。過去数十年の国際経済政策は「経済統合が各国をより開かれ、責任あるものにして、世界秩序はもっと平和で協力的になる」という前提に立っていた。だが、そうはならなかった〉
〈中国は鉄鋼のような伝統的部門とクリーンエネルギー、デジタル基盤、最先端生物科学のような未来産業に巨額の補助金を与え続けた。経済統合は中国の軍事的野心を止められなかった。ロシアの侵攻も止められなかった。両国は責任ある協力的な国にはならなかった〉
〈3つ目は気候変動危機と公正で効率的なエネルギー改革への対応だ。最後が不平等とそれが民主主義にもたらす打撃に対する挑戦である。我々は働く人々に手を差し伸べるのに失敗した。豊かな人々が一層豊かになっている間に、米国の中流階級は失速した。オバマ政権の努力は共和党の反対で窒息させられた〉
過去をこう総括したうえで、本題に入っていく。
〈我々の経済政策の核心は「構築」だ。「国内でも海外の友好国でも、能力を作り、回復力を作り、包括力を作る」。それを我々は「中流階級のための外交政策」と呼ぶ。目標は米国と同志国が、強く回復力がある最先端技術の基盤を構築することだ〉
〈市場自由化を放棄するとは言っていない。貿易合意を求めていく。だが、問題は「関税引き下げをどうするか」ではなく「貿易が、どう我々の国際経済政策に沿うのか、そしてどんな問題を解決したいのか」が重要だ〉
〈強靭で多様なサプライチェーンを構築し、エネルギー改革と持続的な成長のために、公共と民間の投資を動員する。雇用を作り、デジタル基盤への信頼を回復し、法人税の引き下げ競争を止める。雇用と環境に対する保護を強化する。汚職と戦う。これらが根本的な優先事項だ。単なる関税引き下げではない〉
〈我々はWTOにコミットしているが、非市場経済国の慣行や政策がWTOの価値に挑戦している。労働者の利益を守り、正統な国家安全保障に対応するように、WTO改革に取り組む〉
〈最先端半導体技術の対中輸出を制限したのは、完全に国家安全保障上の理由からだ。中国が言うような「技術封鎖」ではなく、我々への軍事的挑戦を意図している少数の国を対象に、ごく限られた技術に焦点を当てたものだ〉
〈産業基盤と技術革新、クリーン・エネルギーへの投資に賭ける。国家の安全保障と経済的活力がかかっている。米国のすべてを費やし、同志国の政府、世界の人々と一緒に仕事をしたい〉
以上で明らかなように、サリバン氏が新しいワシントン・コンセンサスを提唱した最大の理由は、中国に対抗するためだ。
中国は軍事的脅威であるだけでなく、経済面でも米国に挑戦している。知的所有権を盗み、WTOルールには従わず、外国の投資相手に技術移転を強要する。そんな中国に対抗するのに懲罰的関税では不十分で、米国自身の産業基盤を強化しなければならない。
そのために、政府と民間の投資を最大限に活用する。それを具体化したのが、先に紹介したCHIPS法とインフレ抑制法だった。
世界中で賛否両論が巻き起こった
こうした政策思想は、サリバン氏の講演前から、欧米で議論を呼んでいた。
4月19日付の英「フィナンシャル・タイムズ」は「これは、かつての世界標準とは違って、ワシントンだけに限られている。かつてはプラスサムを目指していたが、新しいのは、ある国が成長すれば、他国が犠牲になるゼロサムだ」などと批判した。
サリバン氏自身が批判を意識して、講演では「ある人々が言及したように『新しいワシントン・コンセンサスは米国だけ、あるいは米国と西側だけで、他国を排除した考え』というのは、まったくの間違い」と反論したほどだ。
英エコノミスト誌は1月9日付で「米国の保護主義への転向は世界にとって、何を意味するのか」と題した記事で「ワシントンでは民主党も共和党も、この新しいアプローチが常識になっている。中国の挑戦をかわして、米国の産業基盤を守るには、これしかない、と信じているのだ。だが、フランスのマクロン大統領はインフレ抑制法を『私たちの殺人者』と呼んだ」と批判的に書いた。
米国内でも、賛否両論を巻き起こしている。
講演を主催したブルッキングス研究所は「サリバン講演への反響」と題して、10人の識者の意見をまとめて紹介している。たとえば、以下のようだ。
〈サリバンは非常に思慮深い指導者だ。これまでに、もっとも知的に政権の哲学を示した講演だった、と思う。たしかに世界は変わったし、中国の挑戦もその通りだ。だが、安価な製品を輸入する重要性を強調しなかったのには、失望した。それは、我々の生活水準と製造業の生産性を決める重要な部分だ。こうした考えが米国の長期的利益に資するとは、思わない。第2次大戦以来の我々の伝統とも少し違う。それは、もっと多国間主義でグローバルなアプローチだった(ラリー・サマーズ元財務長官)〉
これは、古いワシントン・コンセンサスへの未練を感じさせる。逆に「これでは生ぬるい」という意見もある。
〈サリバン氏が「極端に単純化された市場効率」を批判したのは異例であり、歓迎したい。独占禁止や産業政策のような問題で前進もあった。軍事技術の移転を阻止して、サプライチェーンを確実にするために「デカップリングではなくて、ディリスクキングであり、多様化する」と言った。だが、中国が明日、武装解除したところで、彼らの経済的影響力は衰えず、米国の自由と繁栄を蝕むだろう。デカップリングこそが重要だ。我々の自由主義経済は彼らの国有化、国営化、補助金化システムとは共存できない(シンクタンク「米国のコンパス」創業者のオレン・カス氏)〉
私は、欧州やサマーズ氏らの批判は「ごもっとも」と思う。だが、それでも「日本としては、米国に付き合うしかない」と思う。欧州は中国に遠いが、日本は米国以上に中国に近いからだ。中国に侵攻される心配がないなら、自由主義の建前を唱えていても、不都合はない。
サマーズ氏が言うように「長期的には不利益になる」としても、問題は「長期とはいつまでか」だ。経済学者の故・ケインズ氏が言ったように「長期的に我々はみんな死ぬ」。だが、経済的に不利益になる前に、中国に侵攻されたら、日本は不利益どころか、文字通り、存亡の危機を迎えてしまうのだ。
日本は米国以上に、まずは目先の脅威に対抗しなければならない。米政権がここまで腹を固めた以上、自由と民主主義、市場経済といった建前の政策を議論していれば済んだ時代が終わったのは、たしかである。
新しいワシントン・コンセンサスの誕生――エドワード・ルース
米国経済、昨日の正統は今日の異端
2023.4.25(火)Financial Times
なぜ新しいワシントン・コンセンサスが必要になってしまったのだろうか
もしタイムワープがお好きなら、ビル・クリントン大統領(当時)が2000年に行った演説の原稿を読んでみるといいだろう。
中国の世界貿易機関(WTO)加盟を承認するよう連邦議会に促したときの演説で、中国の加盟は米国人を豊かにし、中国の自由への転向を後押しすると語った。
「中国がインターネットを取り締まろうとしていることは疑う余地がない」
クリントン氏は嘲笑を甘んじて受け入れた。
「幸運を祈ろうではないか。しょせん無理な話なのだから」
過去はまるで別世界
それから四半世紀弱。中国はグレート・ファイアウォールなるものを張りめぐらせており、ワシントン・コンセンサスは死亡宣告を受けて久しい。
この呼び名は、とある英国人エコノミストが1989年に使い始めたもので、コンセンサス(合意)の中身は自由市場の原則だった。
米国が保証人で、世界銀行や国際通貨基金(IMF)がその脇を固めていた。
10項目に及ぶ原則は、すべて経済関連だった。冷戦終結直後のこの時代、地政学は重要ではなくなっていた。
過去は別世界だ。
中国を世界に統合する目標は、この国をいかに排除するかという議論に取って代わられた。
ワシントン・コンセンサス全盛期のクリントン演説を、中国との間に距離を置くことが重点的に話し合われた先の主要7カ国(G7)外相会議と対比してみるといいい。
1990年代に覇権を握っていたブレトンウッズ体制と、今日のグローバル経済の傍流に追いやられたIMF・世界銀行との違いの何と大きなことか。
参考文献・参考資料
世界経済の無法者・中国に、とうとうアメリカが「本気の怒り」を見せ始めた…! 「新しいコンセンサス」を読み解く (msn.com)
新しいワシントン・コンセンサスの誕生――エドワード・ルース 米国経済、昨日の正統は今日の異端(1/4) | JBpress (ジェイビープレス) (ismedia.jp)
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?