見出し画像

小説「洋介」 3話

 走って家に帰った。家には犬のぺス以外誰もいない。いつものことだ。共働きの両親と中学の姉、高校の兄の帰りはいつも遅い。

 ソファに座り、いつもはすぐにつけるテレビを、その日はつけなかった。
石が浮いた時の感覚を反芻した。
「まずは夕日だ。
 あれは鍵だ。
 そして次に心がゆるまないとダメだ。うん。
 心を夕日でいっぱいにするんだ。
 そして頭の中が溶けて、力が抜ける。
 その後に大きな力に包まれて、、、
 うん。そしたら浮いたんだ」
ペスがこっちを見てる。ひとりごとだよ。

 これが愛ってやつなんだ。
ふとそんな言葉が頭に浮かんで、一人で恥ずかしくなって照れた。

 そのまましばらくポーッとしていた。
「体の真ん中で熱くなったあれが魂か。
 魂が震えるっていうのはああいうことか。」
「でも、震えているのとは少し違う。
 燃えているってのとも違う。
 もっと安定した、じっくり熱くなっていく、そんな感じだ。」
「そうか、魂って金属みたいなんだ。」
怖さはなかった。
ただあるのは感動と期待。
目の前のまぬけな犬の顔をめちゃくちゃに撫でた。


 その日からの河原での練習は楽しかった。
やっぱりなかなか浮いてくれなかったが、それでも楽しかった。
当たっても当たってもなかなか壊すことのない壁、でもすでに二回も乗り越えているのだ。
先がある挑戦は楽しい。

力を出そうとして、力を入れないようにする。
それは全く逆のことを同時に行うということだ。
感覚として掴むのは難しい。でも、とにかくやってみるしかないのだ。

「あの包まれる感覚、、、。
 そもそもあの感覚は起こそうと思って起こせるんだろうか、、、。
 あの力側のタイミングがあるんじゃないか、、、。
 まずは力を抜こう。そこからだ。
 そのほうが楽しいしね。何も考えない。
 出すんじゃなくて、吸収だ。スポンジだ。
 起こる。なんでも起こる。期待する。」

 静かに待つ。という感覚。
待っていると、段々自分の頭や心にある「凝り」ががわかるようになってきた。
なんか力が入ってて固くなってる感じ。
凝りをひとつひとつほぐしていく。
そうすると少し、少しと体が軽くなっていく気がする。
自分で自分を縛っていた力を手放して、解放してやるんだ。
それは非常に感覚的なもので、凝りによってやり方は違う。工夫をしてみると時々するっとほぐれるのだ。
毎回初めは、どうやってほぐせばいいかはわからない。時にはじっと、その凝りがほぐれるのを待った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?