【短編】 群衆の前で

わかる。わかっている。わたしはここで死ぬのだろう。

あの人のように、ボロボロになったあの人のように、わたしも石で打たれ、ボロボロになって死ぬのだ。
そしてあの人のように、いま、この杯が取り去られぬことを確信しつつ、祈っているのだ。

わかる、わかっている。心よ、静まれ。心臓よ、静かにしろ。

お前のそばには力がある。お前のそばには主がいるではないか。
あの不思議な出来事を見ただろう。あれこそ神のしるしではないか。
喜べ。むしろ大いに喜べ。あの人の後を行けるのだから。

わかる。わかっている。あの過激な学者と政治家たちの目を見ただろう。
あの目はまさに囚われた者の目だ。

わたしたちはあの者たちに殺されるのではない。あの者たちのために死ぬのだ。
彼らは殺さなければ気づかないのだ。
違う。わたしは喜んでいる。この喜びに死ねるのだから。
怖い。いや、怖いのではない。ただ震えているのだ。喜びに震えているのだ。

これから起こることをわたしは知っている。
それは暴動であろう。混乱であろう。狂気であろう。
わたしがこれからもたらすものは平和ではなく、分裂である。
叫べ、喚け、殺到せよ。
その赤黒い感情をわたしに向けよ。
石を投げよ。
いつだってそうだ。歴史はいつだってそうだった。
多くの預言者が殺された。多くの正しき者が殺された。

彼らの石がわたしを殺すが、わたしの霊は主の御手の内だ。
そして次のものが起こされるのだ。
それは我が主の後にわたしたちがいたように。

わたしはあの死を見ていた。あのみすぼらしい死を見ていた。
あれがユダヤの王と言われた人か。救い主だと讃えられた人なのか。
人々が嘲笑う。挑発する。唾を吐く。
その姿にわたしは涙が出たのだ。
この人こそ神の子だ、と兵士は言った。
殺して初めて気づくのだ。己の罪に。暴力性に。
砕かれて初めて、神に助けを求めたのがわたしだ。

わたしは聖書を知っていた。隅から隅まで学んでいた。
しかしわたしは、あの時まで知らなかった。
あれは人を裁くためにではなく、わたしが裁かれるためにあったのだ。

わたしがあの人を殺した。わたしの罪があの十字架の死に一役買ったのだ。
ユダではない。ユダにとどめを刺す役割があっただけだ。
暴力は螺旋階段のように、深く深く地に染み込んでいた。
弱き虐げられた同胞たちをわたしも見て見ぬふりをしていた。

わたしはわたしの救いのために、あの人の復活を願った。
復活したその体を見た時、その腕に抱かれた時に、わたしの罪は赦されたのだ。
あれほど嬉しかったことはない。あれほど満たされたことはない。

わたしは逃げられない。逃げてはいけない。あの人を殺した一人なのだから。
もう力を受けてしまったのだから。
見えなくなったあの人は、力となって再び来られた。
心から溢れてくるこの勇気は、あの人だ、、、。

これほど嬉しいことはない。
わたしはわたしを救った神の、友となったのだ。
大丈夫。わたしは自由だ。
自由の中で死ぬのだ。

口よ。食いしばれ。
主が語るのだ。お前はそのしもべであれ。

わたしはこれから群衆の前に立つ。
主よ、彼らをあの沼から、知識と見下しの沼から救い出したまえ。
この痛みをもって、苦しみをもって、死をもって、その泥沼の中の一つの石にしたまえ。
わたしを踏んで顔を出し、息を吹き返す者がおりますように。
主よ、わたしと共にいてください。

わかる。わかっている。わたしはこれから死ぬ。
良い。それで良い。響け、声よ。震えるな。

「兄弟、ならびに父である皆さん、、、」

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あぁ、、、あぁ、、、
これで良い。あなたが見える。
今はあなたの背中じゃない。あなたが手を広げているのが見える。
痛い、、、痛い、、、背が痛い、、、
それでもわたしの心は静かだ。
「主イエスよ、わたしの霊を受けたまえ、、、」
ああ、彼らはまだ、彼らの目はまだ血走っている。
何かに怯え、焦っている。この光り輝く道がまだ見えないのか。
「主よ、この罪を彼らに負わせないでください!!」
彼らを助け出してください。
あなたの下に、早く、早く、彼らを、早く、、、。

キリストの弟子、ステパノは眠りについた。

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