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【短編】獣と共に住み
男は山の中にいた。
洞窟の中に藁を敷き、野の獣と共に住み、牛のように草を食べ、天の露で喉を潤していた。
身体中の毛は鷲のように豊かに伸び、その鉤爪のような爪になっていた。
私は男の7年前の姿を知っていたため、非常に驚いたのである。
男は成功者だった。
彼の始めた会社は、時代の潮流に乗って大きく成長し、周りの会社を買収してさらに巨大になった。
彼はアメリカ中で知られるようになり、その像が彼の所有するタワービルの前に建てられた。
巨額の富を持ち、美しき妻と子どもたちを有し、多くの人が憧れ、また嫉妬した。
私は彼の秘書をしていた。
ハーバード大を優秀な成績で卒業し、いくつかの会社で秘書を経験していた私は、彼を尊敬していた。
偉大な経営者というのはえてして、傲慢なものである。
しかしその傲慢な決断こそが会社を導き、またノイズを蹴散らすのである。
その日も彼は部下を叱りつけていた。
私はその横に静かに立っていた。
「ナメているのか!
俺が建てたこの会社を!!
おまえごときがこの会社にいれるだけありがたいと思えよ!
さあ、出ていけ!そして働け!考えろ!
どうしたら俺の役に立てるのかをなぁ!」
その時だった。
彼が急にビクッとなって屈んだのだ。
何かに怯えているようだ。
彼にだけ聞こえる声に頷いているように見える。
その体の震えが止まり、彼が顔を上げた時、その目には光が消えていたのがわかった。
「社長! 社長!」
いくら呼んでも反応しない。
「社長! 社長!」
私の声を背に、フラフラとドアを出ていった。
その背は丸まっていて、いつもの鳩胸は見る影もなかった。
表情はなく、別人のようだった。
その日から、彼は会社に来なかった。
彼がいなくなった会社は行き先を失い、簡単に傾いていった。
社内は混乱し、互いに罪をなすりつけあった。
代わりの王が立てられるが、すぐに失墜した。
私はずっと、彼を探していた。
私はずっと、彼の秘書として。
7年間。
彼の居場所を突き止めるまでにそれだけかかった。
それはレッドウッドと呼ばれる巨木が群立している森だった。
そこにはガイドを雇って入らなければ辿り着くことはできない。
7年待った私に躊躇いはなかった。
必要なものを揃え、すぐにそこへ向かった。
5時間の道のりの先に、私は彼を見たのである。
洞窟の入り口に寝ている彼に、スポットライトのごとき光が当たっていたのだ。
彼はすっかり痩せていて、髭も髪もボーボーで、昔の姿は見る影もなかった。
あまりに静かな世界の中に、1匹の鹿が入ってきたことに気づいた。
そして驚くべきことに、彼の右に座った。
そして静かに前を見ている。
そこにまた1匹のオオカミが来た。
あまりに自然に近づくため、男と鹿に命の危険があることに私はしばらく気づかなかった。
それに気づいて声を出しかけた時には、オオカミは男の左に寝たのだ。
その時、彼がゆっくりと目を開け、その体を起こし、天を見上げた。
そして涙が、彼の目から流れた。
そのとき彼の目に、光が入ったのを見た。
両の手を天に伸ばし、か細い声で言った。
「神様、、、」
「信じられないかもしれないが、
あの時まで私は7年間、一言も話さなかったのだ」
再び会社の王となり、すぐさま会社を立て直し、さらに会社を大きくしたその男は言った。
「かすかに覚えている。
あの日、天からの声がして、すべてはその通りになった。
私は怖くて、怖くて、しゃがみこんだ。神などいないと思っていた。
その声が終わった時、私の理性は取られたのだ。
私は部屋を出て、会社を出て、何も持たずに森に歩き出した。
かすかに覚えている。
森に着いたのは何日か歩き続けた後だった。
すぐに人はいなくなり、静かな森の中に入っていった。
そこで草を食べ、滴る露を飲み、森を歩き回って、洞窟で寝た。
そうすると動物が集まってきた。
彼らは様々な知恵を与えてくれた。
彼らの真似をするだけでよかった。
何も考えていないが、何も心配はいらないことがわかった。
特に近くにいてくれたのはオオカミと鹿だった。
やつらはとてつもなく賢いよ。
あの森の中で私はまた、王だった。
彼らはその私の左右にいて仕え、また導いてくれたのだ。
森の中には争いはなく、血は流れなかった。
私も知らなかったのだ。見える世界だけが真実じゃないと。
森の奥にはとっくに、平和が実現していると」
「では、またあの森に戻るのですか?」
私は聞いた。
寂しそうな目で外を見て、男は答えた。
「いや、戻らない。戻れないのだ。
私はもう、あそこには入れない。
もう、違う世界の者なのだ。
私はここで、やることがある。
やらなければいけないことがある。
命に代えてもな」
(参照:旧約聖書、預言書、ダニエル書 4章)