小説 詩篇 1篇
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「しあわせだなぁ」
そんな言葉が口から出てきて驚いた。
昨日はクラブで、
大学の新歓があった。
目の前で男女のあれこれが起こり、
虚しさを抱えて帰った。
教会にいた大学生の兄ちゃんが言ってたことは本当だった。
そして今朝はなんとなく、早くに目が覚めてしまって散歩に出た。
1人、神戸から東京の大学に通うために上京してきたのは、つい2週間前のことだ。
大きな川の近くに住むのが夢だった。
河原にふらっといける、そんな生活に憧れていた。
だからアパートは荒川の近くに借りた。
キラキラと朝日に光る川の横を、ゆっくりと歩く。
サンダルに短パンはまだ早かった。ちょっと寒い。
大学が始まってこの1週間は目まぐるしかった。
こんなふうに時間が止まるような過ごし方は久しぶりだ。
昨日は、大変だった。
先輩たちが1年生のかわいい女の子を口説く姿、
それにのっかる彼女たち、
酒の勢いで何を言っているかわからないまま進む会話、
クラブのあちらこちらで、何かが起こっていることに気づきつつ見ないようにした。
気がつくと、何もできないまま、帰途についていた。
東京の大学に来て、少し浮かれていたんだ。
なにかうんと楽しいことが待ってるんじゃないか。
劇的に変われるんじゃないか。
ビッグでワクワクなことが、自分にもできるんじゃないか。
川の横に座った。
大きな川だ。
こんな大きな川は関西だと淀川とか武庫川ぐらいか。
キラキラ光っている。
本当にキラキラしていて、広く見ても、狭く見ても、とっても綺麗だった。
「しあわせだなぁ」
そんな言葉が口から出てきて驚いた。
昨日は先輩たち、また同級生のイケてる男たちも、どうやってあの子を口説くかを話し合っていた。
それ自体が楽しくて、仲良くなる手段なのだと思った。
自分もそこに入らなければ、とは思えなかった。
先輩たちは、計画を立て、時にゾッとするような言葉を吐き、下品な笑い声を上げた。
「あぁ、よかった。
あの中に入らなくって」
あの中に入ってたら、こんなふうに感動はできなかったんじゃないかと思った。
どうして僕はここにいるんだろう?
神は僕にここで何を教えてるんだろう?
昔から、友達の輪にいるのに、ふっとそんなことを考えてしまった。
その瞬間に、その渦の中から離れて、高い橋の上から眺めているかのように冷めた。
そんな手放しで楽しめない自分を面白くないやつだと思っていた。
川の向こう岸に小さな木が見えた。
暖かい光に包まれるその小さな木が、なんだかしあわせそうに見えた。
目の前をコンビニのビニール袋が飛んでいった。
「一晩、いっとき、一瞬のために、、、」
昨日の新歓のことがとっても虚しく、儚く感じた。
昨日は自分がなんてちっぽけで、惨めに感じたが、
今はもっとちっぽけだと感じるけど、同時にすごく大切にされていると感じた。
そして祈った。
「神様、僕を誘惑から遠ざけて、
悪から助け出してください。
あなたに教えられることを喜べるようにしてください。
私の今になんの意味があるのか、教えてください。
悪はさばかれ、滅びることを知っています。
どうぞ彼らを悪から救い出してください」
そして僕の心は僕に言った。
「これでいい、これでいい」
遠くに車の音が聞こえ始めた。