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じょーじ
2025年2月12日 10:30
僕には名前がなかった。本屋に住んで2ヶ月が経って、おじいさんに聞かれて初めて気づいた。今まで気に留めたことがなかったのだ。今になって思うと、そこまで聞かなかったおじいさんも不思議だ。ないと聞いて目を丸くしていた。名前など、必要なかったのだ。願いを込めて僕を見る人などいなかったから。祈りを込めて僕を呼ぶ人などいなかったから。「私がつけよう」おじいさんはそう言った。「うん、、
2025年2月9日 23:14
本屋に住み始めて1ヶ月が経った。本屋は商店街の中にあって、2階がおじいさんの家だった。おじいさんに子どもはおらず、奥さんとは死に別れていた。布団で寝て、何もしなくても3食が出てきて、そしてまた寝る。そんな生活は、現実味がなかった。ただ座っていることには慣れていた。そのほかに何をすればいいかはわからなかった。だから店に出ているおじいさんの横にずっといた。服と髪が綺麗になって、街
2025年2月8日 01:37
親に捨てられて、物心ついた時から路上にいた。物を乞い生きてきた。それ以外に生き方を知らなかった。手は汚れ、人には蔑まれた。汚れたものに、人は近づかない。近づこうとしないということが見下しているということだと、人は気づかない。しかし見上げている側ははっきりと感じる。その人たちは、向ける目が死んでいるか、嘲笑っているか、そもそも目を背けるかだ。「恥ずかしい奴め」そう吐き捨てて、
2025年2月5日 01:00
男は少し微笑んで、少しも躊躇うことなく足を踏み出した。2万人の大群衆の前、巨大なスクリーンと楽器隊を背に、一度限りのステージに立った。沈黙が流れる。男が何も言わないからだ。右の奥の方で誰かが男の名を叫んだ。やまびこのように、ポツポツとその名がこだました。そして男が喉を震わせるより前に、会場は大きな騒ぎになった。その叫びが頂点に達したところで、男は大きく息を吸った。