サロン乗る場のつくりかた【触覚】
以前のnoteでご紹介した、サロン乗る場のつくりかた。
各セクションがどんな風に検討と稽古を重ねてきたか、その様子をリポートします!
次は触覚!
嗅覚、味覚ときて、次は触覚。コロナ禍になって人に触れるってことが本当に減りました。あるいは触れることの新鮮さって日常の中で封印されてるというか、たとえ触れていたとしても感じることを自分からやめちゃったりしてることがあるんじゃないかなって思っています。
肌に触れてる服の感触や、込み合った車内で当たった時の感触、今日の空気。心地よいものばかりじゃないからこそ、日常では触れてるものへの感度を少し落としてる。でも触覚って実は肌に触れる以外にも、言葉や態度やそんなものからも受け取ってるんじゃないかなと思う。
触覚担当は、蜂巣ももさん!
触覚、つまり施術の仕方や内容を一緒に考えて稽古してくれる人は誰が良いか考えたときに真っ先に蜂巣さんのことが浮かびました。
というのも、2022年4月に円盤に乗る場でフリーマーケットをやった時の事、お店が暇な時間に蜂巣さんにハンドマッサージを施したのでした。
その時の蜂巣さんの恍惚とした表情が、本当にすばらしかったのです。
まさに恍惚♡って感じで、そんな顔されたらやりがい感じまくりです。
それに蜂巣さんはおいしいものが好きだったり、よく床に横になったり。
とにかく感じることに貪欲なのです。かわいい。
そんなももさんの喜ぶ施術を探求できたら、きっと多くのお客さんも喜んでくれるものになるに違いない!そう思ってお願いしたのでした。
ついに、対面稽古だ!
これまでの嗅覚、味覚セクションはオンラインでのやり取りでつくってきましたが、触覚はやはり触れないことには始まらないので、対面稽古です!
もむぞ!
初回は施術に使うタオルとか触れるならどんな順番がいいか、など具体的な検討。実際に蜂巣さんに、触れさせてもらいながら稽古。
そうそう、私の手は細い、です。これって俳優の見た目の個性みたいな事かな。触れたときに「細いな」と感じるそう。どんな触れ方をしたらその細さを魅力的に感じてもらえるか。手の態度を稽古をしたりもしました。
二回目の対面稽古
触れて相手に影響を与えようとすることは、暴力とどう違うのか。わたしは時々そんなことを考えます。リラックスを目的として触れているといって、暴力性と決して無縁だとは思えない。気持ちいいと感じるのは触れられ方の程度で感じられているのであって、触れ方によっては「気持ちいい」が「痛い」に。「快」と「不快」は決して別のものではなく同じ行為のグラデーションなのではないか。もみほぐしのその先にケガをさせることも可能だし、圧を加えて肉体に変容をもたらすという意味では同じこと。というより、他者に影響を与えようちすることがすでに暴力的なのではないか。
そんな私の話から始まった二回目の稽古。
「言葉が誰の中で完結するのか」と蜂巣さんはゆっくり話し始めました。
施術を「暴力」と言えてしまうのは、施術者側の言語化としてはアリだけど、そこで話を終わらせてしまうことは施術者のエゴではないか。その発想の中に、被施術者の中に起きている事への想像はあるだろうか。
蜂巣さんは、施術を受けている時は、他者(この場合は辻村)によって自分を語りなおされているような感じなのだと話してくれました。
他者によって忘れていた自分の体が語りなおされる時間
日常生活の中で自分の身体への客観性を失わずに過ごせている人ってどのくらいいるんでしょう。たいていは仕事や生活に没頭して体が凝りかたまっていることに気づきにくい。(痛みはシグナルとはよく言ったものですよね…)
触れられることによって「凝ってたんだ」「疲れてたんだ」「体、ここにあるな」と気づいたり感じたり発見することは、施術されている人の人権意識が高まるってことなんじゃないか。
蜂巣さんの話はそんな風に展開しました。
足のリフレクソロジーを受けた帰り道、足の裏が地面にしっかりついてる感じがした。触れられたあとになって時差でする発見もあったそう。
たとえば触れる施術だけでなく、言葉でここがこんな感じでしたよ、とセラピストがフィードバックすることも、まさに語りなおしの行為ではないか。
日常の中でいつの間にか溶けていた体の輪郭が、セラピストという他者の手や言葉を通して語りなおされることによって、今まさにここにある自分の体を再発見する。
それはあたかも、被施術者の認識する肉体とセラピストによって語りなおされている肉体が、その人の中で二重写しにされているような状態なのではないか。(このアイデアは次の聴覚セクションでも反映されています)
手のふるまいにサブテキストをのせる
では被施術者が、その「今まさに私の体はここにある」と再発見できるためには、どんな触れ方(演技の態度)がふさわしいのか。
ここからはまた蜂巣さんの体をお借りしながら演技(施術)の稽古です。
たとえばせりふ劇を立ち上げる際によく言われるのがサブテキスト。
台本に書かれているセリフが言葉の意味以上にどういった態度を持っているのか掘り下げることは、台本読解などと呼ばれたりします。
実は今回採用したもみほぐしには手順があります。つまり、振付ですね。
その瞬間に触れているように見えて、実は毎回やることが決まっています。
私はその振付を覚えて実践しているわけですが、それを単に行うのではなく、観客に「今まさに私の体はここにある」と体感してもらうためのサブテキスト(手の演技の態度)を考えて実践しよう。となりました。
つまり、決まってるセリフでどんな演技をするか。
サブテキストの内容を蜂巣さんと話し合い、このフレーズだなというのを私の中で決めて施術を行う。そんな稽古を繰り返し、今回の作品に採用できるいくつかのフレーズにたどり着きました。全身に対して同じサブテキストを採用するのではなく、部位によって変えたりすることも有効だと発見しました。
これからサロン乗る場に受けに来る方もいらっしゃるのでここではそのサブテキストは明かしませんが、もしよかったら施術のあとに聞いてみてください。こっそりお教えします。
他にも細かく手順を組み替えたり(テキレジですね)
演技のメタファーとしてもみほぐしを扱うことにより、触覚の稽古はかなり「演技」の稽古という感じでした。
なだれ込むように聴覚セクションへ!
二回目の触覚稽古のこの日の夜、聴覚担当のカゲヤマ気象台さんに乗る場においでいただき、できたてほやほやの施術を受けていただきました。
そう、ここからサロン乗る場の創作プロセスは触覚から聴覚へうつります。
すでにサロンに来ていただいた方はピンとくるかと思いますが、カゲヤマさんによるあのBGM、どんなプロセスでたどりついたのか。次回はそんな事を書いていきます!
サロン乗る場、オープンしてます!
2月20日、めでたくサロン乗る場がスタートしました!それに伴い、今まで希望者にのみご案内していた予約フォームを一般にも公開しました!
上のリンクからメニューをお選びいただくとご希望のメニューが可能な日時が表示される形になっております。会員登録などは特に必要ありませんのでこのnoteで気になったよーって方もお気軽にご予約ください。