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モノクロ写真はダメなのか?
34歳にもなると、いままで参加した結婚式の数なんて覚えていません。参加するのが珍しかった最初のほうこそ結婚式自体を楽しんだり、ご両親への手紙の朗読に涙ぐんだりしていましたが、最近は小さい同窓会のように、そこで久しぶりに会う友だちと話すことのほうをだんぜん楽しみにしています。
この前も友だちの結婚式がありました。式をあげる友だちにはほんとうに申し訳ないけど、正直、催し物などは流し見しつつ、写真は適度に撮って、しゃべって笑っていました。
家に帰って、撮った写真をパソコンに入れて現像していきます。結婚式の写真の現像は難しいですね。大きな窓から日光が入ってくるし、式場は電球がたくさんある。いわゆるミックス光の状態で、色の調整がぼくにはむずかしかった。
なのでモノクロで現像することにしました。式場には専属のカメラマンがいたし、ぼくの他にも写真を撮っていた人はたくさんいます。そういう意味でもモノクロの写真があってもいいんじゃないかなあという気持ちもありました。結婚式の後、新郎であるその友だちから「敦が撮った写真ちょうだい」と言われてそのモノクロ現象した写真を渡しました。
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後日、その友だちと会う機会がありました。とうぜん結婚式の話題になり、話が進んでいく中でぼくが渡した写真の話になりました。
「結婚式の写真なんでモノクロだったの?」
「撮ってからパソコンに入れて色の調整とかするんだけどさ、それがむずかしいときはモノクロにしたりするんだよね」
「へー。うちの奥さんに写真見せたら、『なんでモノクロなの?』って。『変わってるね。置物もそうだし』って言ってた笑」
そのときは話をヘラヘラ聞いていたのですが家に帰ってシャワーを浴びながら、その会話を思い出して「モノクロの写真を渡すことは、はたして変わっていることなんだろうか?」と思いました。だんだん心がざわざわしてきました(笑)。
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友だちの奥さんが「変わってるね」と言ったのは、奥さんの中でぼくの変人ポイントが着実に加算されていたせいもあると思います。「置物もそうだし」の置物とは、5年前、ぼくの結婚式でその友だちが乾杯のスピーチをしてくれたお礼としてあげたリサ・ラーソンのライオンの置物のことです。
彼がリサ・ラーソンに興味がないことはわかっていました。かといってぼくもリサ・ラーソンのファンというわけではぜんぜんない。もらう側が興味がないものをプレゼントするのってどうかと思いますが、それはそれでいいじゃないかとそのときは思っていたのでした。当時、彼は転勤で東京からちょっと離れた町で一人暮らしをしていて寂しそうだったから、家にあのやさしい顔をしたライオンの置物がテレビの横とか、歯ブラシのとなりとか、玄関の靴箱の上とかにそっと置いてあったらなんだかいいんじゃないかなと想像したんです。
彼はいい奴なので、リサ・ラーソンに興味はないけど部屋に飾っていてくれたのでしょう。それを奥さんが見て、
「このライオンなに?」
「ああそれ友達の結婚式のスピーチしたお礼で貰ったやつ」
「これ好きなの?」
「プレゼントしてくれたから飾ってるよ」
「へ〜その人変わってるね」
みたいな会話があったのでしょう。小さくても夫婦の話題になったのだとしたらうれしいことです。だからリサ・ラーソンとモノクロ写真で、ぼくは変人ポイントを2ポイント獲得。もし他にぼくのちがうエピソードを友だちの奥さんが聞いていたら、ぼくはあともう2ポイントくらい変人ポイントを獲得しているかもしれません。
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さて、モノクロ写真の話です。友だちの奥さんには、「カラー写真=良い」「モノクロ写真=悪い、古い」みたいなイメージがあるんじゃないかと思います。そしてこのイメージはわりと多くの人が抱いているのかもしれないなと思いました。
先日の幡野広志さんワークショップに色覚障害のある方がいらっしゃっていて、モノクロ現像の話題になったんです。その方が撮るお子さんの写真はとってもかっこよかった。ホワイトバランスがわからないからモノクロ現像にしているとのこと。ただ、奥様はお子さんの写真をカラーで現像してほしいそうで(この気持ちもわかる気もします)、どうしようか悩んでいるとのことでした。
この話を代々木上原のワークショップ会場のソファに座って聞きながら、いま書いてきた友だちの結婚式の話を思い出していたのでした。それと同時に、最近読んだ『センスの哲学』(千葉雅也・文藝春秋)に関連しそうなことが書いてあったなあと思い出しました。
“音をどう好き勝手に弾いても、音楽になるのです。ピアノには、1オクターブに12個の鍵盤があります。すべてを好きに使っていいとして、適当に弾いても十分に音楽になります。それが音楽に聴こえないのだとしたら、クラシックとかポップスの音の制約を基準にして、そこから外れた並びがあるからダメだ、という判断をしているわけであって、問題なのはその音の並びがそれ自体として音楽かどうかではなく、自分が「何を音楽だと思っているか」であるわけです。だから、その枠組みを変えてしまえば、なんでも音楽になるといえます。”
もちろん、引用箇所とこの状況がまるまる同じわけではありませんし、この本とぼく書いてきた出来事を結びつけるのはやや強引かもしれませんが、この「枠組みを変えてしまえば」というところがたいせつだと思いました。
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「写真はカラーが良いものだ」という頭でモノクロ写真を見たら、そのモノクロ写真は「良くないもの」とか「カラーより劣ったもの」になる。カラーで現象できるならカラーでやってくださいよ、なんでわざわざモノクロにするのよ、と。でもそこで、じぶんの写真の世界の枠組みを変えられていたなら、モノクロ写真の捉え方はだいぶ変わってくるんじゃないかなと思います。実際、ぼくは写真をはじめてから写真の世界の枠組みが変わりました。というか幡野広志さんが変えてくれました。
いまでこそぼくはモノクロ写真を意識的に見たり、撮った写真をモノクロで現像したり、不意に目に飛び込んでくるモノクロ写真をかっこいいなあと思ったりします。でも写真をやっていなかったら、幡野さんから写真の話を聞いていなかったら、モノクロ写真にあんまり関心がいってないかもしれません。
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これよりすこし前にも、先ほどの方と同じような悩みを持っていらっしゃる色覚障害のある方がワークショップにいらっしゃいました(その場にぼくはいませんでしたが)。この方のnoteがとても気持ちがよかった。モノクロに対する先入観みたいなものがなくなって自由になっている感じがよくわかります。まさに枠組みが変わった出来事だったんじゃないだろうか。
この自由になっていく感じってすごく気持ちいいんですよね。なにかにとらわれていることは、じぶんではけっこうわからない。でもそれに気づいて”その枠組みを変えてしまえば”、また新しい世界が開けるんです。そしてその枠組み変更を受け入れて生きていくほうがきっとしあわせだとぼくは思います。
枠組みを変えてもらったおかげでぼくはモノクロ写真のかっこよさがわかったし、モノクロで写真を現像する機会もぐんと増えました。いまもこんどの仕事で使うかもしれない写真をせっせとモノクロで現像しています。
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最後にぼくがここに書くまでもないですが、かっこいいなあといつも思っているモノクロ写真も載せておきます。
▪️ワタナベアニさんのラグビー日本代表の写真
▪️篠宮龍三さんの海の写真
— 篠宮 龍三 Ryuzo Shinomiya (@ryuzoshinomiya) August 27, 2024
▪️セバスチャン・サルガドの写真集『Genesis』
(幡野さんがXでおすすめしているのを見て買いました)
【お知らせ】
★幡野広志さんの『うまくてダメな写真とヘタだけどいい写真』ぞくぞく重版中!
幡野さんが「できれば触れたくなかった」という、写真についてはじめて書いた本。大好評のワークショップをベースに幡野広志さんが渾身の書き下ろし。初心者の方にぜひ読んでいただきたい1冊です。幡野さんの写真も多数。カバーとそれぞれの章トビラのイラストはヨシタケシンスケさんです。
★幡野広志さんのエッセイ『息子が生まれた日から、雨の日が好きになった。』も好評発売中!
家族のこと、病気のこと、写真のこと、旅行のこと……1枚の写真とともに綴る、日常に寄り添った51のエッセイ。古賀史健さんとのロング対談も収録。「写真の読み方」がわかる本。対談では写真と言葉の関係もよくわかります。
★幡野さんのワークショップ「いい写真は誰でも撮れる」はまだまだ続いています!
and recipe のHP(https://andrecipe.tokyo/store/5256/)や幡野広志さんのTwitterをチェックしてみてください。順次開催される予定です。心からおすすめです!