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『イタい女』 7
「ということがあったんですよ……」
ひとしきりことの顛末を説明し、坪井さんの差し出してくれた空き缶に、タバコの吸い殻をねじ込むと、その話を聞いた彼が、「え? マジ? それ、ほとんどストーカーじゃん!」と、同情の目を向けてくる。
ただそれは、驚いてそう反応しうたようにも見えるし、単に面白がって、人の不幸話を聞いているようにも見えた。自分から話を訊いた手前、一応、建前として共感を示しているつもりなのだろうが、その真意が伝わってこない。
もともと坪井さんの性格的に、あまり信頼できる人間ではない。基本的に自分以外のことに、あまり興味がないらしく、人が困っていても直接自分に被害がない限り、リスクを負ってまで、他人に対して深入りしようとはしないし、人の不幸話も笑い話くらいにしか感じていないのか、何か人から相談されても、「大変だったね〜」と、まるで他人事のようにてきとうに話を受け流すだけで、自分に降りかかる火の粉からは、徹底的に避けようとする。要領が良いというえば聞こえは良いが、要するに自分に被害がない限り、端っから責任を取るつもりがないのだ。
こちらの話を聞きながら、坪井さんが嬉しそうにニヤけ顔を向け、
「へぇ〜、それは大変だったね……」と、例の如くお決まりの台詞で相づちを打つ。
「いや、それ、全然、大変と思ってないじゃないですか!」
こちらのツッコミに、「いやいや、そんなことないって! ほんとに大変だったと思ってるって!」と、焦って真顔になる。
「まあ、べつにいいんですけどね……」
自分の言っていることを信用して貰えたことに安堵したのか、それとも嘘がバレなかったことにほっとしたのか、そう言って坪井さんが胸を撫で下ろす。
「いや〜、それにしても、周りのみんなも心配してたよ……。浅野くんのこと……」
本心を喩られたくないのか、話をすり替えてくる。
「〝疑われてた〟の間違いじゃないですか?」
「いやいや、そんなことないって!」
「ほら、ふだん、浅野くんのあんな姿、みんな見たことないから、どうしちゃったんだろう?って……」
「でも、陰口は叩かれてるわけでしょ?」
「そりゃ、あんなことがあったあとだもん。みんなも驚いてたってのもあるけど、たしかにあの言い方はないとは思ったよ。けどさ、誰だって、あんな人だとは思ってなかったとか、その程度のことは思うでしょ」
「まあ、それに関しては、自分も悪いとは思ってますけど……」
「それより、あの彼女だよ。まあ、あんなことがあったあとじゃ、仕方ないとは思うけど、さっきも浅野くんの悪口というか、あることないこと言ってたよ。たぶん、あの調子で周りにも言いふらしてるんだろうし、みんなも彼女からしか話を聞いてないから、真相はわからないし、そりゃ、彼女の言い分を信じるよね〜。俺も浅野くんから話を聞くまでは、彼女の言ってることを真に受けてたわけだし、浅野くんが酷いヤツだな〜って、べつに疑ってたわけじゃないけど、そう彼女の言い分だけを聞いてる限りは、信じ込まされてた節はあるからね〜……」
坪井さんの話に、ただ短く、「はい」とだけ返事をしておいた。
「まあ、これは偏見かもしれないけど、女って、基本的に自分の都合の良いように話をすることもあるし、立場が悪くなったら悲劇のヒロインを演じる人も、人によってはあるからね〜。やっぱり両方の言い分を聞いてみないと、真実は見えてこないものだね……。ほんとに……」
珍しく坪井さんまとものことも言う。
「まあ、浅野くんも被害者だったってことだね……」
そう真剣に語る彼の顔には、さっきまでの薄ら笑いは消えており、ほんとにこちらのことを心配しているとまでは言わないまでも、少なくとも不誠実さが伝わってくることはなかった。