『イタい女』 3
「ほら、だから言ったじゃない! わたしが〜」
そう鬼の首をとったように詰め寄ってくる葵が、
「あの女はヤバいって、わたしが前から言ってたでしょ? ほら、言わんこっちゃない!」と、俺の話を遮って言葉をかぶせてくる。
「いや、それはそうだけどさ〜……」
言い訳しようとしてみたが、上手く次の言葉が出てこない。
「今頃、翔ちゃんあの女からあることないこと言われてるわよ。きっと!」
「え? 例えば?」
「は? 男のほうから色目を使われてて、何度も連絡が来てたとか……、それがめっちゃウザかったとか……。自分は悪くないんです。悪いのは、全部、あの男なんです! みたいなことよ……」
「え? おれから連絡してることになってんの?」
「そうよ。ああいう女は、はっきり言って、何をしてくるか分かんないんだから! だから、わたしが前もって、忠告しておいたのに……。バカだね〜、翔ちゃんは〜……」
「バカって何だよ。バカって……。てか、そこまでしてくるかな〜?」
「してくるに決まってるじゃない! 自分が悲劇のヒロインになるためだったら、何だってしてくるんだから! ああいう女は!」
「いやいや、見たことないじゃん。葵、あの女のこと!」
「はぁ? 何言ってんの? それくらい見なくても判るわよ。こちらの都合なんて考えずに、深夜でもお構いなしに電話してくるような女よ! 大体、ああいうメンヘラ女のやりそうなことって言ったら、自分のちんけなプライドを守るためだったら、多少、周りが犠牲になっても、なんとも思ってないんだから!」
「え? そういうもんなの?」
こちらが脳天気に構えていると、それを見ていた葵が、「バカね〜! 翔ちゃんは、そんなんだから、簡単にバカな女につけ込まれるのよ!」と、さらに傷口をえぐるようなことを言って、追い打ちをかけてくる。
実際、休みの日でも構わずに、しつこく女からLINEが送ってきていた。返信するのが面倒で、既読もつけずに放置していると、そのLINEの返信を強要する内容のメッセージが、しつこく送られてきていた。そして葵の言うように、時には深夜にも関わらず、何度も電話をしてきたこともある。「彼女かよ!」と、思うような発言に、キレそうになったことは、一度や二度ではない。
その鬱憤が爆発したのが、今日だったというだけだ……。
「その女には、気をつけたほうがいいと思うよ……」と、葵から事あるごとに忠告を受けていた。
べつにその忠告を聞いていなかったつもりはないが、ここまで事態が発展するとは想像もしていなかったし、自分自身。葵の話を、そこまで深刻に受け止めていなかったんだと思う。おそらく甘く考えていたのは、紛れもない事実で、そのツケがまわって来たというだけのことだろう。
「じゃあ、なに? 明日、おれが出勤したら、おれだけが悪役になってるってこと?」
「さぁ〜、それは知らないけど、その可能性は十分にあるでしょ? 少なくとも翔ちゃんからの言い分は、まだ聞いてないわけなんだし、そりゃ女の言ってることを真に受けるでしょ!」
そう言って、葵が他人事のように言い切る。その葵の冷静な分析力に、時々怖くなることがある。
「え? マジ?」
「まあ、まだ、そうと決まったわけじゃないわよ。実際に行ってみないと分かんないことだけどね。もし、女があることないこと言いふらしてるんだとしたら、なんとなく距離を置かれたり、白い目を向けられたりはするんじゃない?」
「えー!」
「だから、まだ、そうと決まったわけじゃないって言ってるじゃない! まあ、理由はどうあれ、周りの人間はどういう経緯で、翔ちゃんと女がこんなことになったのか知らないんだから、今のうちから覚悟しておけってことよ……」
「最悪……」
葵の想像した結末に、こちらが勝手に消沈していると、
「まあ、だからと言って、実際、周りの人間が何を言ってくるってこともないとは思うけどね……」と、慰めてくれているのか、単に見放しているだけなのか、冷めたことを言って突き放してくる。
「まあ、起きたことをどうこう言っても仕方ないわよ。明日、会社に行ってみたら判ることでしょ?」
「まあ、そうだけどさ〜……」
「とりあえず、ナポリタン食べて元気出したら? 今日のナポリタンは美味しく出来たわよ!」
撃沈してそんな気分になれなかった。
「あ〜、せっかくだけど、いいや……。そんな気分じゃない……」
「あら、そ〜お?」
そう言って、あっさりとタブレットのドラマの中へと戻っていく。
すでに完全に酔いが醒めてしまっており、このまま寝ても、まともに寝れそうになかった。
「つか、まだ冷蔵庫にビールって入ってたっけ?」
「え? また、呑むの?」
「呑まなきゃやってられないよ」
冷蔵庫を見ると、先週買ったビールの買い置きが、四本だけ残っていた。
ビールを取り出し、缶のプルタブを外すと、
「えー! ズルい。わたしの分は?」
と、独りで呑み始めようとする自分を、葵が非難してくる。