オートエスノグラフィー、日本語文献の紹介。

オートエスノグラフィー (autoethnography)で,よく引かれる定義は,Ellis & Bochner(2006/2000)の「自分自身の生を重視するの。自分の身体感覚や思考や感情に注意を払うわけ。自分の生きられた経験を理解するために,体系的な社会学的内省と感情的想起と私が呼ぶものを使いながらね。最後は,物語として自分の経験を記述する。個別的な生の探求によって,リード=ダナヘイ(Reed-Danahay)のいう生活様式の理解をめざすのよ」(p.134)という定義かと思います。

オートエスノグラフィーのとりあえず必読書――Ellis & Bochner(2006/2000)は,『質的研究ハンドブック 3巻(北大路書房)』の一部で、日本語で訳されている中でも貴重な論考の一つなのですが、この文献・・・・・・実はめちゃくちゃ難しい。読みやすい表現ですらすらーと読めるのですが、ところどころ洞察に満ちた記述が。読めば読むほど味がでる,するめのような文献です。

さて,僕は現在,博士後期課程で研究の道を進んでいます(2017.08.16現在)。オートエスノグラフィーに出会ったのは修士時代で,勉強し始めた頃はとても苦労しました。その苦労の1つは,日本語情報が少ないこと。TEM(複線径路等至性アプローチ)やGTA(グラウンデッド・セオリー・アプローチ),エスノメソドロジーなど,日本でも比較的多く用いられているものは,専門書が数冊出ていたりします。しかし,オートエスノグラフィーは本の一章や一節に軽く触れられている程度。論文になっているものでも,理論自体を検討したものは少ないと思います。現在でもそこまで多くないですね。

僕がオートエスノグラフィーの勉強を始めたての頃,役立ったのは花家先生や成田先生のブログでした。オートエスノグラフィーの関連文献などがまとめられています。修士論文を書き上げて,研究法について多少詳しくなってきたので,オートエスノグラフィーを始めたいという方に対して,少しでも参考になればと思い,この記事を書きました

今回は,おすすめ文献を紹介します。オートエスノグラフィーを始める人はこれを読めばいいのでは?というもの。選定基準は,「オートエスノグラフィーの卒論を書く学生に,最初に読んでもらいたい文献」です。これだけだと絶対的に量は足りませんが,全体像を掴むのにはいいと思います。なお,1.原著はacademiaでEllis先生ご自身が公開されています。2.は書籍ですが,この本全体としても現代的なエスノグラフィーの勉強になるため,オススメです。

1.エリス,C. ・ボクナー,A. P. (2006).自己エスノグラフィー・個人語り・再帰性――研究対象としての研究者(デンジン,N. K. ・リンカン,Y. S., 編・藤原顕,訳).質的研究ハンドブック3巻(pp.129-164).北大路書房.(Ellis, C., & Bochner, A. P. (2000). Autoethnography, personal narrative, reflexivity: Researcher as subject. In N. K. Denzin & Y. S. Lincoln (Eds.), Handbook of qualitative research (2nd ed.)(pp.733-768). Thousand Oaks, CA: Sage.)

2.井本由紀.(2013).オートエスノグラフィー.藤田結子・北村文(編).(2013).ワードマップ 現代エスノグラフィー――新しいフィールドワークの理論と実践(pp.104-111).新曜社.

3.牛田匡.(2004).自由教育学校に関する一考察――オートエスノグラフィー研究に注目して.教育学科研究年報, 30, 61-68.

4.沖潮(原田)満里子.(2013).対話的な自己エスノグラフィ――語り合いを通した新たな質的研究の試み.質的心理学研究, 12, 157-175.

2017.08.16 (bloggerからの転載記事(お引っ越し)です。)

最近、またオートエスノグラフィーの状況も変わってきたため、近々また記事を書きます。

2022年10月6日追記。オートエスノグラフィーのレビュー論文が採択されました。これも、オートエスノグラフィーを知る上で、有用だと思います。

私は特に、この中の「熟慮的」なアプローチに可能性があると考えています。相互行為的・対話的なアプローチは、それはある種、他者の視点から自己を見つめ直すようなものです。ただ、これは、他者の対話が主な内省のための場になっているので、自己内対話が言語レベルに留まってしまう可能性があります。より深い自己内対話をするのであれば、熟慮的なアプローチが必要だと思います。これは、個人の深い感情に由来する新しい視点を作り出すことで、自己のポジションを生み出すことや、ライフストーリーを主体的に再構築することを可能にします。
また、私の博士論文をベースにした書籍「転機におけるキャリア支援のオートエスノグラフィー」も、ナカニシヤ出版さんより、2022年11月20日に発売されました!ここでは、文化心理学と転機とオートエスノグラフィーの考え方を統合しています。


2022年10月30日 さらに追記。新曜社さんより、『オートエスノグラフィー:質的研究を再考し、表現するための実践ガイド』が出版されました!!(トニー・E・アダムス 著、ステイシー・ホルマン・ジョーンズ、キャロリン・エリス 著)この3人の先生は、言わずと知れたオートエスノグラフィー研究の先駆者で、まさかこの本(原著は緑の本です)が翻訳されるとは思いもしませんでした。必読です!しかも、翻訳書なのに2600円と、お安い。
https://www.shin-yo-sha.co.jp/smp/book/b614738.html

もう1つ嬉しいのは、「自己エスノグラフィー」ではなく「オートエスノグラフィー」という書名だったということ。私は分かりやすさや何らかの制限で「自己エスノグラフィー」を用いることもありますが、「オート」の方を好んで使っています。「自己」という言葉は慎重に用いなければいけません。「自己」という言葉は、一般的には単一の実態としての、デカルト的な自己を想起させるからです。そうでない意味合いならいいのですが、言葉だけが一人歩きしないように注意する必要があります。オートエスノグラフィーは単なる「自分自身のみを描く」「自分自身に閉ざされた」研究ではありません。この点は上記の土元・サトウ(2022)論文で論じています。

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