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シロが教えてくれたこと

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#命 #参観日#はじめて#私の作品

9.はじめての参観日

すっかり紫陽花の似合う季節になっていた。
4月1日が誕生日のみさは、5歳の普通の年長さんとして元気に幼稚園に通っていた。

少し前まで、体も弱くて話せなかったなんて誰が想像しただろうか?
毎日が、みさにとっては新鮮で、はじめて体験することばかりだった。

そしてなんと、今日ははじめての参観日。
昨日の夜から緊張して眠れないため、シロに遅くまでちょっかいを出して、起こそうとしていたようだ。
もちろん、シロは寝たら起きない。

「お母さん、今日参観日だけどやっぱり来るよね?」
みさは、とりあえずきいてみた。

「当たり前でしょ。行かない理由なんてないでしょ。今日のために、ほら服も買ったから。」
とお母さんは、鮮やかなグリーン色をしたワンピースを見せてくれた。
そして、自分の体の前にワンピースを持ってきて合わせながら、とっても上機嫌な様子。

みさは、心の中で
「ガーン!諦めるしかない。」
と自分に言い聞かせていた。テレビで観るちびまる子ちゃんのような感じ。

なぜこんなに緊張しているのかというと今日の参観日の内容が、
『感謝の気持ち』と『将来の夢』
についてみんなの前で発表することになっていたからだ。
担任の先生は、可愛くて優しいけど、
「幼稚園のうちから人前で自分の考えが言えるようになって卒園してほしい。」
とずっとみんなに話していて結構教育熱心な先生だった。


昔のみさならまだしも、最近のみさは、そんなことでおどおどするような性格ではなかったが、
大勢の前できちんと話せるかな?
声がでなかったらどうしよう?
と練習しながらずっと不安に思っていたのだ。

時間は動いているから仕方ない。
時は大きく動く。
時計の針の音と胸の鼓動がこだまする。

ついにみさの番がやってきた。逃げられない。

みさは、舞台の中央にしっかりとした足取りで進み、ゆっくり深くお辞儀をした。そして、一呼吸置いてから、

「山崎 みさです。よろしくお願いします。」
はっきりとした口調で自己紹介ができた。
みさも、少しホッとしたようで、笑みがこぼれる。
温かい拍手が鳴り響く。

「私の家族は、お父さん、お母さん、ねこのシロです。お父さんは少し厳しいです。でも、私の願いを叶えるためにシロを一生懸命探してくれました。
お母さんは、いつもおいしいご飯を作ってくれます。口ぐせは『早く』です。」
と話した途端に周りから笑い声がきこえてきた。

お母さんも、ちょっと恥ずかしそうな顔をしていたけど、ももちゃんのママと何かひそひそ話をしている。
きっと、どのお母さんも口ぐせは同じなんだろう。そして、話はつづく。

「そんなお父さん、お母さんが私は大好きです。
私は、赤ちゃんの時から体が弱くて、お話もなかなかできなくてたくさんの心配をかけました。
今はシロも家族になって、私も元気に話せるようになったから毎日楽しいです。お父さん、お母さん
本当にありがとうございます。シロもありがとう。」

「私は、将来はお医者さんになりたいです。
ずっと小さい時から診てもらっている先生は、私やお母さんの悩みをしっかりきいてくれました。私はそんなお医者さんになりたいです。」

ついに言えた。
みさの様子をカメラで撮影していたお父さん。
普段は涙なんて見せないお父さんのほおを、ひとすじの光の粒がスーとつたった。

お父さんの横に座っているお母さんは、せっかく念入りにお化粧したのに顔はくしゃくしゃになっていた。
ももちゃんのママから、背中をトントンしてもらっている。その手からは優しいリズムがかすかに。
今までの悲しい出来事を乗り越えた人にしか聞こえない、奇跡の音なのかもしれない。

みんなは、みさの発表が終わると大きな拍手をしてくれた。
先生もみさの顔をみて、
『できたね。』
とでも言いたそうな顔。

みさは、初めて体験した参観日で、初めての発表というステップを乗り超えた。
後になって、この体験はみさの人生を左右する出来事になるとは誰が想像しただろうか?

家に帰るといつもの家族の風景がそこにある。

みさはいつものように、シロを連れてお風呂へ向かう。
お風呂のふたが半分半分になっているので、いつも半分だけ蓋を取り、残った蓋の上にシロを乗せて一緒にお風呂に入るのが日課になっていた。

水が嫌いなシロは最初は何度も脱走しようとしたけれど、最近はようやく慣れたのか、諦めたのか、じっと蓋の上から動かない。たまに、退屈になると、水面に写る自分の顔に自分とは気づかずちょっかいを出す。危うく、お風呂の中に落っこちそうになることも。

みさは今日はいつもの何倍も疲れたのか、湯船にしっかりつかる。
気持ちよくつかっていると、シロの手が私の顔の前にきた。
「シロ、危ない!」
慌てて、落ちないように手を添える。
こうして、何でもない毎日を通して、みさは成長していくのであった。

今日撮影した参観日の映像は、SDカードの中だけではなく、家族みんなの心の中に深く思い出というメモリーカードに刻まれたのである。

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