ボストンバッグに寂しさを。【ショートストーリー】
「ナイアガラの滝は、ひとりで見るものじゃない。寂しいじゃないか」
一人旅のわたしに、ツアーバスの運転手はそう言った。
その言葉になんて答えればいいのかわからないまま曖昧な笑顔をかえして、わたしは目的地への道を急いだ。
分厚い水の壁が、地響きのような音を立てて壊れ続ける。
ナイアガラの滝は美しく、恐ろしい場所だった。
足元に広がる地球の裂け目に、自分もすい込まれそうになる。
周囲の笑い声が遠のいて、「寂しいじゃないか」という言葉が、ぽつんと胸に波紋を広げた。
帰りのバスに乗り込もうとすると、さっきの運転手が「楽しかった?」と聞いてきた。
うん。やっぱりすこし、寂しかったみたい。
そんな言葉を飲みこんで、わたしは頷いた。
車窓を流れていく夜景を眺めて、故郷に残してきた人を思う。
会いたいな。家族に。友達に。恋人に。
ボストンバックに、そんな寂しさを詰めこむ。
つぎの目的地への長旅にそなえて、わたしはそっと目を閉じた。
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