わたしがあなたのペットだった頃。
「君は年が離れているから、恋人って感じがしないね。セフレってほどドライでもないし。なんだろうね」
ストーブの灯りで橙色に染まったその人の肌に触れながら、すこしだけ考えて「それならペットでいいですよ」と答えた。
男は肩まである自分の髪を邪魔くさそうに束ねて、いいねそれと笑った。
恋人ではない男のベッドで寝るなんてはじめてだった。
意外と平気。わたし、なんにも傷ついてない。
ベッドで過ごした数十分は、過去の恋人たちとしてきたのと変わらない、ただのセックスだった。
窓の外は雪で白く染まっていたけれど、ふたりで毛布にくるまれば服を纏っていなくても暖かい。
愛がなくても、恋じゃなくても。
抱き合っていればきちんとお互いの体が温まることを知った。
◇◇◇
「この子、俺のペット」
男は周囲にそう言ってわたしを紹介した。
「どーもペットです」とへらへら笑うわたしを見て、眉を顰める人もいれば、大げさに笑ってみせる人もいた。
どうでもよかった。
いくつか経験した恋に疲れ果ててしまって、深い関係で心をすり減らすのは当分ごめんだった。
真剣に好いてくれた人を大切にできなかった自分には、ペットくらいの立ち位置がお似合い。そう思いこみたかった。
「それって自傷行為となにが違うの?」
優しい友人の言葉に、「好きな気持ちが全くないわけじゃないよ」と何度も変な言い訳をした。
◇◇◇
実際、好きな部分はあったのだ。
無造作に束ねられた髪、ウィメンズのジーンズを雑に着こなす線の細い体、部屋に山積された古い美術書や小説。
それらを養分にして、わたしは過去の失恋の痛みから徐々に立ち直っていった。
でもこれは、恋じゃない。わかっていた。
わたしは尊敬する大人との関わり方を間違えた。
年の離れた友人のままでいられたなら。きっと今頃、男に自分の書いた文章を見せに行って、いろんな相談をしていたんだろう。
◇◇◇
男とのセックスの間、「好き」という言葉は一度も使わなかった。
口からその言葉が溢れてしまったら、男の顔が曇る気がして。飲みこんだ言葉のぶんだけ、わたしはけらけらと笑った。
「君には素敵な恋人ができて、こんなおっさんのことはそのうちどうでもよくなるよ」会う度そう口にする男に、「ううん。もう彼氏なんていらない。一生ペットのまま側に置いといてよ」と嘯いた。
男は優しく笑って、わたしの頭を撫でていた。
あの時、相手がどんな気持ちだったのかはわからないけれど、男の言葉はすぐに現実となった。
あたらしい恋に落ちて、わたしはあっさりとペットから普通の女の子にもどってしまった。
今、当時の男と同じくらいの年齢になって思う。
あーあ。やっぱりあいつ、ただのクズじゃん。
慕ってくる年下の異性とセックスして、ペットと呼んで連れまわすなんて。
若くて傲慢だったわたしにはとってもお似合いの、クズだったね。
◇◇◇
恋じゃない。愛でもない。
可愛がられて尻尾をふっていたわたしは、確かにあの頃、あなたのペットだった。
それでも。わたしの肌にふれるあなたの手は、やっぱり温かかったよ。
放し飼い、と言ってくれたのにそのまま逃げ出してごめんね。
あなたとの関係を捨てて出会った人は、今でもわたしの側にいます。
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