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深夜、ビデオ屋で。

※(TOP提供画像元:スチル・ビデオカメラマン 神宮慎也さん
Youtube: V.H.Sビデオ・ハント・スクワッド)※

10月、連休中。


せっかくの10月の三連休、熱を出してどこへも行けなかった。三度の飯より好きなタバコの味もおいしいとは思えず、まだ少し、ふわふわしている。

土日から足が出た月曜の祝日、あまりに退屈だったのか、主人が
「怖い映画が観たい!」
と言い出した。あんなに筋肉があって屈強な体をしているのに、怖い話には滅法弱く、くるよくるよ~!?の、一回引っ込んでバーン!と登場するようなシーンでは、先に毛布を頭からかぶり隙間から観ているような人だ。

いつもは私がチョイスするけど、私おススメの怖い話は見終わってしまっているし、自分がネットで調べたものをどうしても観たい、でもサブスクにはないから!と近くのレンタル屋を探して自転車でひとり、借りにでかけた。

怖いのに観たい、とはどういった事なんだろう。一人残された部屋のソファで、ゴロゴロしながら考える。小学生の頃、学校が終わってからよく立ち寄った、埃臭くそれでいて清潔な、がらんどうな空間の佇まいだった市立図書館を思い出す。両親が離婚して間もなかったので、引っ越し先に友達らしい友達はおらず、学校の帰り際、これは怖いに違いない、と思いながら手に取った江戸川乱歩とスティーブンキングが、掌で痒かった。ああした不快さのこと?

熱っぽさの中で、可愛い人だな、と思う。戻ってきたら、体弱くてすぐに熱を出してごめんなさい、も言おう。

"最近のレンタル屋の工夫は「サブスクにはない」が売りらしい"

主人が借りてきたのはジャパニーズなファウンドフッテージもので、それはちょっと無理がある!な内容の、(個人的には)退屈なものだったけれど、本人がそれなりに楽しんでいたのでヨシとする。素直の人なので、なんでも楽しめるところがよい。あの人の"よいところ"だと思う。

ほい、と手渡されたレンタル屋の不織布のバッグを触っていると、若い頃に結婚した二人目の人の事を思い出した。

あの結婚は事故だ。思い出しても笑ってしまう。私はあの人が働いているのを見た事がなかった。変わった人だった。菅田将暉にそっくりなイケメンだったけど、私が彼に関して覚えているのはそれだけで、離婚してから数年たって、一度だけ会いにきて、やり直したいと言われたくらいの事しか覚えていない。あ、もうひとつある。
"俺らって離婚しましたか?"という、謎のメール。私はもう次の結婚をしていた後だったので、とうとう狂ったのか、と思った程度だった。

その結婚生活の頃、家の裏手に続く大通りに、レンタルビデオ屋があった。24時間の個人経営で、ニッチな作品が沢山あって、私はそこに足繫く通っていた優良会員だった。経営者は爺さんで、だいぶ耄碌していたと記憶している。

二度目の結婚の頃は、来る日も来る日も私だけが働いて、家にも帰りたくはなかったし、昼は大手宅配業者のテレオペをして、夜は似合わない色の口紅をべったり塗って、いかがわしい店で働いた。仕事が終わって帰宅する頃にはつやつやだった口紅も乾いて唇がかさついて痛かったし、そのまままっすぐ家に帰るのも、どこか悔しくて、家のそばのコンビニでカフェオレを買って、わざわざ家まで遠回りをするのが日課だった。そのコンビニのそばにレンタルビデオ屋があるのを知った。私はあまり、その街の事も知らなかった。

結婚する前、私は関西にいたのだけれど、出張でたまに会いに来てくれた同じ年だった彼は関東で働いていて、名刺もくれていたのでお付き合いはそれなりに続き、私たちは離れている状態で入籍だけを済ませて結婚をした。

全部引き払って越してくると
「一緒に暮らす家だけど、一緒に選びたいから、一旦俺の実家でいい?」
と聞かれ、しばらくの間ならいいよと返事をし、逆にそんな状態でお邪魔してしまうなんて私の方が気が引けると思っていたくらいだったけど、結局離婚するまで、その家を出る事はなかった。既に籍は入ってしまっているし、袋のネズミだ。若さとは、そういうものである。

たまに奥の部屋で物音がするみんなの共同生活現場では、初めの内、奥に部屋があるけど近寄らないで!とご家族に言われていたし、(なんなんだこの家は!呪われているのか?)と思っていたが、数か月して人がいる事がわかり、普通に考えてもそれだけでホラーなんだが、私も忙しく、しかも飛びぬけてずば抜けた想定外さに、正直どうでもよかった。私は、疲れていた。

彼の母が言った。
「なんでうちの息子となんか結婚したかね。あれの父親も、もう何十年働かずに、何やってんだかしらないけど、ああやって奥の部屋に閉じこもってるのに。遺伝だよ、遺伝。うちの男衆はてんでダメなの!いい人見つけてさっさと離婚しな。まだ若いんだから!綺麗だし優しいんだから、いい人いるって。あと、ごめんね、こんなで。」
と言われた。

お母さんは、よく、働いた。そんな人に、息子さんに騙されたんです、とは、到底言えなかった。彼はたった二ヶ月で、あの名刺にあった会社を辞めていて、私には出張で、と嘘をついて会いに来ていたなんて、今更知ってももう遅い!という具合だった。

昨日、Google mapでみたら、あの家はもうなかった。庭で飼われていた犬は老犬だったし天寿を全うしたんだろう。お母さんはよく、犬が死んだらこの家を売ってお父さんも捨てる、と仰っていた。お母さんだけは、今でもお元気ならば嬉しい。

私がそんな時代を過ごしていたあの頃、私の拠り所は、そのレンタルビデオ屋だった。広めの駐車場には夏の間、青い影が落ちた。たまにバチッ、パチッと音がして、光に吸い寄せられては近づく虫が落ちていく。

設計ミスか、入口の近い場所に設置しすぎて、店内に入る時には必ず、降ってきた虫を連れて中に入る事になるような、黄色いボロい店だった。

昼の仕事が終わった後、夜の仕事が終わった後、私は時間があれば通いまくり、数本を一気に借りて、一本ずつ返しに行ったりもした。家にいられるなんて起きている間は二時間が限界で、ながーーい片耳だけのイヤホンを使って、ベッドの上で映画を観ては、すぐに家を出る、返す、公園で過ごす、なんて事をしていた。

家は息苦しくて仕方がなかったし、離婚間際には、私の財布から勝手にお金を抜いて
「今日の稼ぎ、こんだけなの!?」
なんて言われた事もある。今日の日、私は彼を恨んでもいないけど、あの頃は申し訳なかったなと思ってくれて、今の生活をきちんとしていてくれたらそれでいいな、と思っている。悪意があって傷つけたのとはまた違い、あの人の場合はひとの持つ弱さのそれだったので、私は恨んではいない。


深夜にそのビデオ屋に行くと、大学生のお兄さんがバイトをしていて、きっと店長には内緒だけど友達も来ていて、丸形のパイプ椅子を引きずってカウンターの傍に友達が座り、コーラの缶やコーヒーの缶と灰皿がカウンターの上には散乱し、店内は煙っている事が多かった。その頃の私はその大学生のお兄さんよりも年下だった。

奥横手にあるのれんの向こうにはたまの人影もあったが、一般作の置いてあるコーナーの、深夜は無人で、彼らがたわいもない話で盛り上がっているのを背で聞きながら、あれやこれやを選び、赤くて小さい籠に入れる。

その日は籠が割れていて、私はいつも沢山借りるので、あぁこの籠は失敗だったな、と思い、レジ傍に引き返して中身を新しい籠に入れていた。

そこに遊びに来ていた定員の友達の方が私に
「それ、借りるんすか?自分的にはあんまりでしたけど……」
と言い、定員のお兄さんが
『余計な事を言うんじゃねぇよ!』
と笑っていた。

だから、私の方から
「じゃあ、あの……お兄さんのおススメありますか?私も、もうここにあるのだいたい見つくしちゃってて……これはぜひ見てよ!てのがあればお願いします」
と声をかけた。俺でよければ、と見繕ってくれる横で、あ、それはもうみました!や、え!それ面白いんですか?とやりとりしている内に仲良くなり、いつもこの時間に来るの?や家近いの?や、あれ観てたなんて!の諸々があり、そういう事がきっかけで、私の映画熱にもさらにも増して、火がついた。

家に戻っても、旦那とももう会話もせずに、一目散にイヤホンを耳にさす。

仕事に行ってきます、返しに行ってきます、借りに行ってきます、そうこうしてたまに、昼の仕事が近い場所の、家から一駅先のビジネスホテルを借りるようにまでなった。

ビデオ屋だけには通った。友達がいるし。夜に行けばたむろしている。仕事は聞かれていたので昼の仕事を告げただけで秘密は多かったけど、共通の趣味がカバーしてくれた。家には近寄らなくなった。

定員の友達が一度、前の晩、私の昼の仕事先のある駅に用事で行くと言っていたので、翌日にその駅で待ち合わせて、仕事帰りに一度お茶をしたけれど、全く化粧気のない私をみて

「夜に現れるのと全然ちげぇじゃん!どういう事!?」

と驚いていたが、人には色々あるからねー、と誤魔化した。

その辺で買ったパンあげる、とくれた時に、そのビデオ屋のロゴが入った不織布の小さいバッグだったので
『これあれじゃん!あそこのじゃん!』
と言うと、それめちゃくちゃあるんだよ、だから貰った、今年の冬にあそこなくなるんだって、と言われた。

悲しくなって、夜の仕事の最中に、むしゃりむしゃりとそのパンを齧りながら、私も離婚しよう、と思った。

そこからはもう話は早かった。色々に辞めますを告げて部屋を探したり、なんなら寮付きの職場も検討したりで、全部がどんどん積み上がり、久しぶりの"我が家"に戻って、持って出る細々としたものは、ビデオ屋のそのあまりに余って私も数枚頂いた不織布のバッグに詰めて家を出た。

去り際の深夜、訪れた時にはもう彼らはおらず、新しいバイトが床にモップをかけていて、煙たい店内も、レジ横に積みあがったVHSのパッケージも綺麗に整頓されて、極めてクリーンな、ただのビデオ屋がそこにあった。

風呂上がりより、美容室にいったより、さっぱりとした気分で、私はあの街を出た。不織布を触ると、あの感覚がよみがえる。店内の、消えかかってジージーと音を出す蛍光灯は、定員のお兄さんが勝手に緑がかった色のライトを導入し、ちょっとした異空間だったものも、新しいバイトが入った頃には白色の蛍光灯に切り替えられていた。


今はもう四度目の結婚で、そんな遠い昔の細かい事はもう忘れてしまったけど、熱っぽい私にゼリーを買って、借りたDVDを手渡された時、そんな事をふと、思い出した。

昨日借りてきてくれたアレ、彼らがいたら、きっと言っただろう。
「それ、面白くないから、やめときな!」
ってね。

今では幸せにやっています。怖い映画を観たがる私の可愛い人。ストレス、溜まっているのでは?元気になったら、笑わせてあげるね。

追記

TOP画像は仲良くして下さっている神宮さんからお借り致しました。
ここに出てくるビデオ屋の話は以前に140字で良い思い出として呟いた時に神宮さんがシェアして下さっていたので、スペシャルサンクスも込めて
「あのビデオ屋の話」の拡大版として、お楽しみ頂ければ幸いです♡

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