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持病の話
「脊柱側弯症」という持病がある。
背骨が、左右S字型に弯曲している病気で、それを人に言うと「私も、背骨曲がってるよ。まっすぐの人なんていないらしいよ」と返されることが多いのだが、私の場合、結構ガチのやつ。
診断されたのは14歳の時でそれから4年間、私は上半身を覆うコルセット(樹脂製? だったかな?)を装着して生活していた。
健康診断で、先生の前でプールの飛び込みの格好をして左右の角度の違いを見てもらい、角度差が大きい子は再検査となるあれである。
「再検査」と診断され、私は母と大学病院へ行った。
レントゲンとモアレと呼ばれる体のゆがみの状態がわかる写真を撮ってもらうと、私の背骨はドン引くほど、左右にねじれていた。
母娘で恐れおののいていると、先生が「だいぶ曲がってるけど、まだ14歳だから、とりあえずコルセットで矯正して、手術をしないでもすむか様子を見ましょう」と言った。
幸いなことに、先生は「脊柱側弯症」の権威だった。
私が通っていた学校の学長のお孫さんが「脊柱側弯症」だったため、早期発見に力を入れており、再検査の子は皆、この先生の診断が受けられた。
部活でも、同じ側弯症の先輩が一人いて、彼女は先生に手術をしてもらっていた。「わからないことがあったら、先輩に聞くといいよ」と先生に言われ、同じく先生から私のことを聞いていた先輩も「何でも聞いてね」と言ってくれていたので心強かった。
コルセットは、オーダーメイドである。
まず、石膏がしみ込んだ包帯を身体に巻いていく。
昔の学園ドラマで女番長が巻いていたサラシのごとく。
そして、石膏が固まったら背中に切り込みを入れて、身体を抜く。
サナギから脱皮する蝶のごとく。
そして、その型をもとに、私だけのコルセットが出来上がる。
ハリウッドの特殊メイク制作のごとく。
出来上がったコルセットは、背中にベルトが付いていてこれを徐々に締めていき、骨が柔らかいうちにまっすぐに近づけるよう矯正していくのだ。
コルセットは、お風呂に入っているとき以外、基本1日23時間つけていなくてはならない。先生が「体育の時間は外していいよ。ほかに外したいときある?」と言うので「週に一度習っているテニスのレッスンの時は外したい」と伝えるとあっさりOKをもらえた。
ここから私のコルセット生活が始まる。
コルセットのデメリットは、まず夏は暑い。下に着ているタンクトップが汗でビショビショになるほど暑い。
そして、前かがみになれないので床に物を落としたりすると「チッ!」と舌打ちしたくなる気持ちになる。かがめないこともないのだが、背中にコルセットがボコっと浮き出てしまうのが嫌で、かがみたくないのだ。
背筋が鍛えられないので、恐ろしく非力。
体育などの着替えは、保健室へ行かなければならない。
逆にメリットは、冬は暖かい。
腰がマリー・アントワネットばりにくびれる(55㎝とかだったと思う。ちょっとあの頃に戻りたい)。
身長も伸びる(ただし、座高のみ!)。
あと、通り魔に腹を刺されても多分死なない。
――くらいだな。うん。それくらいしかメリットはないよ。
そして、多感な思春期に身体に固いコルセットを着けて学校に通うというのは、なかなかにつらい。そして、同級生の協力なくしては、成立しなかったと思う。
靴ひもがほどけてしまうと自分では結べないので、友達が結んでくれるのだが、わざと私の前でひざまずいて「わたくしに結ばせてください!」と大声を張り上げる。駅のホームでそれをやったとき、近くにいた人たちがギョッとしていたのを、あとで大笑いした。
休み時間に机に突っ伏して眠ることができないので、国語辞典、英語辞典、古語辞典を重ねていると、隣の子が「これも貸してあげる」と自分の辞書を貸してくれ、辞書高層タワーを作りあげて最上階に肘をついて寝た。
バカ笑いした友達が、私の背中を勢いに任せてパーンと叩いたら、指を負傷していたのも面白かった。
いろいろ皆にお世話になったなぁ……と先日何となく思い出し、親友さまに「私が中高の時、コルセットつけてたの覚えてる?」と聞いたら、「あー、なんとなく。あんまり記憶にない」と言うので、周りのみんなはあまり気にしてなかったんだな、と驚いた。「脊柱側弯症」と検索すると「いじめ」なんて言葉も出てくるくらいなので、私は恵まれた環境にいたのかもしれない。
中2から高3まで数か月に一度、通院して先生と経過観察をする。思春期ど真ん中の女子とおじさん先生なので、先生は時々父親のようなテンションになる。
当時はやっていた、ゴリゴリ厚底ブーツを履いて行ったとき、
「そんなブーツ履いて、不良の始まりか? 腰に悪いから今度履いてきたら、ノコギリで底をぶった切るよ? あと髪染めてないか? 化粧はしてないか?」とお小言がすごい。ピアスが見つかったときは、「校則違反だろ!!」とたいそうご立腹だった。
帰り道に母と「こんな小さいピアスホール、よく見つけたよね?」と先生に感服してしまった(ピアス、母公認)。
幸いなことに、側弯症は進行せず、まっすぐとはいかないが少し改善されていった。高3になると寝るとき以外は外してよいことになり、高校卒業後はコルセット卒業。二十歳まで半年に一回、レントゲンを撮りに行き経過観察をして、治療を終えた。
治療は終えたものの、今でも背骨が弯曲していることは確かなので、日常生活にやや支障はある。
・腰の高さが違うのでスカートがくるくる回ってしまう。
・肩の高さが違うので、証明写真で何度もお直しのご指導を受ける。
・マッサージでギョッとされるので先に申告する。
・すぐ腰が痛くなる。
年始に久しぶりに腰を痛めてから、調子が良くないので、先日整形外科でMRIを撮った。すると先生が「側弯ひどいねー。だけど背骨と神経がぶつかってるわけじゃないから、側弯のせいで腰が痛いんじゃないな」と言ってくれたのでまず一安心。
「で、腰痛の原因だけど……」
なんだ、大病か? 怖い!
「筋肉なさすぎっ! もっと筋肉つけないと、70過ぎたらこの弯曲を身体が支えられなくなるよ?!」
え? 筋肉がなくて腰が痛いの?? と恐れおののく。
「じゃあ、先生、これを改善するには……」
「まずは痛みを取り除いて、そこから背筋を鍛えなさい!」
「コルセットしてたんで背筋がなかなかつかなくて……」
「何年前の話してるの⁉ もう、十分付けられるでしょ!!」
「はい、すみません……」
「あと、この白いところは脂肪だからね!」
と、最後に言わなくてもいいじゃん……というようなセリフをぶつけられる。
帰り道、悲しくなって先生の病院の口コミを調べたら、「毒舌」「いじわる」などの言葉が綴られていた。毒舌こそぶつけられたものの、現実を突きつけられただけなので嫌な気はせず、とりあえず週に1~2回、先生のところで腰を牽引してもらうことにした。
あとは、ずっと考えていた電動の昇降デスクを購入した。これがなかなか快適で、会議やただ原稿を読んでいるだけの時間は、立って仕事をしている。
最近仕事が忙しくて、全然いけていなかったヨガも、来週あたりから再開しよう。ほぼパーソナルなので、背筋スペシャルをお願いしよう。
先生が最後に吐いた「背筋鍛えないと、おばあちゃんになったらまたコルセットだよ!」という毒舌が、「超イヤっ!!!!!!」と私の心に刻まれたので、がんばって背筋鍛えるぞ宣言!
この前書いてたのと、全然違うものになってしまった……。