【短編小説】 見えるもの、見えないもの。
久しぶりに彼女が出来た。
6年ぶり。
前カノは結婚を仄めかせて来る度に、のらりくらりしていた。
その内に「友達の紹介」とやらで知り合って1か月の男と「結婚することになりました♪」と満面の笑みで報告してきた、というか知った。
Twitterで。
自分の態度を棚上げして「おいおい!!」と連絡を取ろうとしても、電話着拒、LINEブロック、メール「User Unknown」。
もちろんTwitterは見つけた瞬間リプした。
・・しても安定のブロック。
慌てて部屋へ行ってみるも、もぬけの殻。
詰みました。
40代突入となり、そんなにハッキリ言われないにしても「彼女は?」「結婚は?」「これからどうすんの?」がオブラートに包まれた物言いで飛んで来る。
オブラートだけに、包まれているようでそうでもないことも儘あり。
そんな感じで、たまたま入ったこのバーで、隣り合わせに座って話の弾んだ彼女と連絡先を交換したところ、とんとん拍子で付き合うことになった。
バーへ行くといつも常連たちがいた。
その中で、いつもひとりで飲んでいる男がいた。
そして必ずカウンターの一番奥まった端っこに陣取り、イエガーマイスターを飲んでいる。
地下のバーで、ただでさえ薄暗いのにいつもサングラス。
誰と飲むでも無く、誰と話すでも無く、いつもグラスをじっと見ながらひとりで飲んでいる。
バーにいる誰も、彼には話し掛けない。
ある日、些細な事で言い争いになり、彼女が怒ってバーを出て行った。
オレは虫の居所が悪かったせいか、追いかけることをしなかった。
ひとり残り、強い酒を飲み続けて、したたか酔ってしまった。
例の彼が視界に入った。
ふらつく足で彼の隣の席へ腰かけた。
「話、聞こえちゃってました?」
彼の席からひとつ開けて彼女が座っていた。
酔った勢いで話し掛けた。
「いや・・・」
思ったよりも高い声の彼が返事をした。
カウンターの逆側にいるバーテンが、こちらを見るとも無しに見ている様子がわかる。
「女は些細な事で怒りますね、聞く耳も無い、ははは・・・」
独り言のように愚痴をこぼした。
「いつも、仲睦まじい様子でしたがね」
グラスから視線を動かさない彼から思いがけない返事。
「そのつもりでしたが、女心はわかりませんね、はは・・」
彼が少し下を向いてサングラスを外した。
ポケットから出したハンカチでサングラスを拭った。
「わからないままが良いですか?」
彼からの急な質問。
「うぅん、まあ、出来たらわかった方が助かりますかねぇ・・」
酔った勢いと弱気な部分が出たセリフ。
「・・・勇気がありますか?」
彼からハーブの甘い香りが漂って来る。
「勇気?」
「どうなさいますか・・」
言っている意味がわからない。
ただ、「女に逃げられた腰抜け」は困る。
「もちろん、男ですから」
笑いながら答えた。
彼が拭っていたサングラスをそっと近づけて、オレにかけた。
酔ってぼやけた視界に、彼女が他の男に腕を絡めている映像が飛び込んで来た。
音は聞こえない、ふたりは笑いながら派手な建物へ入って行った。
サングラスを掴んでカウンターへ叩きつけるように置いた。
VRゴーグルでも無い、ただのサングラス。
「んぁ? なんだコレ??」
酔いが急激に冷めて行くのを感じながら、彼を見た。
目は、合わなかった。
そこに、目が無かったから。
彼はサングラスを拾い上げて、またハンカチで拭って、かけた。
「私は身体が弱くて、そのために色々なことがありました。
元々弱いところへ、仕事中に事故に遭いましてね。
幸い命は取り留めましたが、この通り見えなくなりました。
でも、良かったと思います。
見えていたから、自分をもっと弱くしていた。
人の目を気にし過ぎて自分に無理をさせていた。
いまは自分のことは見えません。
しかし、自分の出来ることが見えるようになりました。
見えなかった人の優しさが見えるようにもなりました。
あなたは勇気がある。見た。」
彼がスっと立ち上がると、バーテンがいつの間にか彼の横に居て、彼のコートへ彼の腕を通した。
テーブル席で飲んでいた他の常連が立ち上がり、ドアを開けて出て行く彼にそっと付き添って、一緒に消えて行った。
カウンターには、オレのグラスだけが残っている。
店には静かに音楽が流れ続けている。
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