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【短編小説】 花屋のおすすめ。

最近、豆苗を育てることが流行っていて、買って食べて、残った部分をプチ家庭菜園としている人が多いようだ。

お手軽な上に、美味しい・育てる・かわいいの一石三鳥を感じられる。

それも良いなぁと思ったけど、殺風景な部屋に彩りが欲しかったから、花を育てようと思った。

あまり大きくなくて、お手軽に育てられるのが良い。

パっと思いつくのは、朝顔とかひまわり。

残暑だから、思いつく花が夏を引きずってしまっている。

それと、小学生の夏の絵日記に定番で成長記録を書く位だから、水のあげ忘れが無ければグングン伸びて花がバンバン咲くイメージだ。

だけど、部屋で育てるのはツライ・・・

しかも、夏はもう終わりを迎えようとしている。

そもそも花に詳しく無いし。

ネットで調べるのも良いけど、手っ取り早く「簡単・お手入れラクチン・華やか」な花を教えて貰えそうだから、ホームセンターへ行くかな。


行こうと思っているホームセンターへ自転車を走らせていたら、途中で小さな花屋を発見した。

あったっけ?

普段、全く気にしていないから見落としていたのかな?

ホームセンターまでは自転車をあと20分以上漕ぐ予定。

行って戻って、1時間はかかるに違いない。

迷わず、花屋の前で自転車を止めた。


小柄な女性が店の奥のイスに座って居眠りをしている。

「あのぉ、すいません・・・」

眠そうに眼をこすりながら、女性が「いらっしゃいませ。。」と言いながら、こちらへヨタヨタ歩いて来た。

「狭い部屋なんですけど、パっと部屋が明るくなって、手入れが簡単でかわいい花ってどれですか?」

女性は、「何言ってんの?」的な目の色を一瞬見せつつも、

「それでしたら、こちら。種から育ててみたらいかがでしょう?お手入れも簡単ですし、花が咲くのも早いですよ。」

小さく折り畳まれた紙を引き出しから出して来た。

「何て言う花ですか?」

「お楽しみです!」

そんな説明で普通は買わないけど、こちらの希望を言って勧めてくるんだから、ヘンなものでは無いだろう、恐らく。

「おいくらですか?」

「セットで500円で結構ですよ。」

セット?

女性は店の奥から小さな植木鉢と受け皿、土をビニール袋に入れて差し出してきた。

どんな花かはわからないけど、スターターセット的に全部揃って500円なら、まぁ良いかな。

500円玉を一枚、女性に手渡してセットと種を受け取った。

「可愛く育てて下さいね!」

「あの、これ、どうやったら・・・」

「土が湿るくらいに水をあげて、緩く日に当たるところに置いてあげてください。」

「そんな感じで良いんですか。」

「うるさいくらいになると良いですねぇ」

「そんなにたくさん咲くんですか?」

「かも! うふふふ。良かったぁ。」


部屋に帰って来て、早速、植木鉢をセッティングした。

畳まれた紙を開いたら、米粒みたいな種がひと粒。

「おお? マジか? ひと粒って。。。」

まあ、500円だし・・・

腑に落ちないような、妙な気持ちで人差し指の第一関節位までを土にプスっと突き刺して、そこに種を落として埋めた。

湿るくらいって言ってたよなと思い出して、水を醤油皿に入れて、左右に切るような手付きで土の表面に振りかけた。

えーっと緩い陽当たり・・、ってか陽には当たった方が良いだろうよ。

結構ギンギンに陽が差す、小さな出窓に置くことにした。


風呂に入って身体を拭いていると、外から悲鳴が聞こえた。

また、酔っぱらった近所の学生が調子をこいているんだろうと、出窓を小さく開けて外を見ると、フラフラ歩いているやつがいた。

「あぁ、ヤダヤダ」と窓を閉めていると、植木鉢の表面がカラッカラになっていることに気付いた。

あ、マズイマズイ、急いで醤油皿から水を注いだ。

注いだ水は土にどんどん吸収されていって、ふんわりした状態になった。


朝も早から騒いでいる声がする。

近所には元気な人ばかりが住んでいるようで困る。

「暑い、暑い」と怒っているようだ。

仕方無いだろう、まだ夏なんだし・・・

起き上がった目線の先は出窓。

植木鉢に小さい人が座っている。

「暑い! 日陰に置くように言われていたでしょ?」

結構、怒っている。

あれ? まだ自分は寝ているのかな・・・

定まらない視線の先に、セクシーな小さい人が見える。

「水も欲しいよぅ」

水ね・・、はいはい。。。

醤油皿を取りに行く途中にテーブルで足の小指を激しく打ち付けた。

「!!」

声を出すより足先を抑えながら、先に床に転がった。

「うわー、痛そう~」

出窓から何の足しにもならない声が聞こえてくる、夢ではないらしい。


足を引きずりながら醤油皿に水を入れて、出窓へ行った。

「ありがとう~」

小さい人は、よく絵で見る妖精の姿でもない、普通の女性。

優勝力士が祝い酒を飲む杯みたいに、醤油皿から水を飲んでいる。

小さい人は土に体育座りみたいに座っている。

チラっと見ると尻から根が生えているらしい。


直射日光はツライようなので、部屋の真ん中にあるテーブルに移動させた。

小さい人は食べ物を受け付けなくて、土に水を回しかけて、残りの水を飲むのが好きらしい。

小さい人はなかなか貰ってもらえなくて、ずっと暗い引き出しにいるのがツラかったとポツポツと話してくれた。

花屋の女性が言っていた「うるさいくらいになると良いですねぇ」は、ちょっと外れたかな。

というか、これは咲いたっていうのか?


数日は割と楽しく小さい人と話をして過ごした。

5日ほど経過した辺りで、小さい人の元気が無くなって来た。

水をあげても殆ど飲めなくなっている。

疲れた様子で、泣いてばかりいるようになってしまった。


急いで、花屋へ自転車を走らせた。

あったはずの花屋は、どん詰まりの路地だった。

だいぶ雑草も生えているから、1週間やそこらでこうなった感じでは無い。

「おおお?」

自転車を止めて、路地の奥へ入っていったけど、奥にはゴミが溜まっているだけ。

「何で??」

急いでまた部屋まで自転車を走らせた。


全く陽に当てないのが悪かったのかもしれない・・

ダッシュで部屋へ駆け戻った。

テーブルの真ん中にある植木鉢に小さい人はいなくなっていた。

その代わり、座っていた辺りに小さい人の涙くらいの種が、ひと粒落ちていた。

種を手に取って眺めてみるけど、単なる種にしか見えない。

また植えるかどうか、迷った。

けど、花屋に貰ったみたいに小さい紙片に種を入れて軽く折って封をした。

小さい人は暗い引き出しはツラかったと言っていたので、緩い陽射しの差す玄関の小窓の横に置いた。

玄関の開け閉めで風も通るし、気持ち良いんじゃないかな。

種のままなら、のんびりできるはずだし。


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