【短編小説】 あの日泊った旅館にて。 #2000字のホラー
友達のAちゃんとF県のとある温泉地へ一泊旅行へ出掛けた時の話です。
ちょっと鄙びたところの方がゆっくり出来るよね。
Aちゃんとは大学からの同級生で、就職してからも時々会っては食事へ行ったり、遊びに行ったり。
久しぶりに旅行でも行こう!
ある日、私の部屋で宅飲みをしていたら話が盛り上がり、勢いでネット検索をしていて偶然見つけた旅館でした。
そのままの勢いで電話をしてみると、ちょうどキャンセルがあり、ひと部屋空いているとのことで、その場で予約を入れました。
あちこち行くよりも、温泉と食事でのんびり過ごそうと意見も一致。
旅館のそばの有名観光地だけは押さえて、後は駅の観光パンフレットでも見て、面白そうなところがあったら行ってみようということにしました。
そんな予定の立て方だったので、案の定15時ちょっと過ぎのチェックインとなりました。
部屋は10畳ほどで、床の間に一輪挿しが飾ってあり、綺麗な景色が描かれた掛け軸が下がっていました。
仲居さんの入れてくれたお茶を飲みながら、しばしのんびりと。
「ねえねえ、晩御飯まで時間があるから、ちょっと旅館の周りを散歩しない?」
「そうだね、18時だったっけ? 晩御飯。ちょっと回って温泉入ったら、ちょうど良い時間になるかもね、行こっか!」
そんな感じで、散歩へ出掛けました。
道路沿いに川が流れていました。
「癒されるねぇ~♪ 来て良かったぁ!」
川に架かっている橋を渡って向こう岸へ。
車の通行量が急に減って、建物が少ない場所へ出ました。
「風が通るねぇ」
そんな話をしていると、前方に周りの民家と雰囲気の違う建物が見えて来ました。
「何だろう、あの建物。」
近づいて行くと建物は火事にでも遭ったのか、窓の向こうが真っ黒に煤けている様子でした。
「うわ! ボヤにでも遭ってそのままなのかな?」
二人できゃあきゃあと建物の横を通り過ぎました。
少し歩くとT字路となり、あんまり遠くまで歩くのもねぇっと、旅館へ戻る道を選ぶことに。
突き当りの壁の向こうの建物には、さっきよりも異質な雰囲気が漂っていました。
4階建てのホテルのようですが、殆んどの窓が割れて、部屋の中が見えている状態。
「うわ。。さっきの建物よりも、だいぶ嫌な感じだね。。」
「あ、、何かあの部屋のカーテンだけ揺れてる感じしない?」
「え? あ、向こうから誰か見てる??」
カーテンは一か所だけ不自然に揺れていました。
「何か嫌だ、ここ。行こ行こ!」
私たちは足早に廃ホテルの前を通り過ぎて、旅館へ戻りました。
旅館へ戻り、大浴場と露天風呂、地の物でいっぱいの食事を楽しみました。
「あ~、お腹いっぱい!ご飯もお布団も用意してくれて、大きなお風呂にも入って幸せ~♪」
「ホントだね、来て良かったぁ♪」
今日撮った写真を一緒に見たり、テレビを見たり。
「じゃ、そろそろ寝よっか! 早寝も幸せ♪」
「電気消しま~す! おやすみ~!」
「おやすみ~!」
22時前位だったでしょうか、お布団に入って就寝しました。
数時間後、私はふっと夜中に目が覚めました。
たくさん歩いていたので相当疲れていたはずなのですが。
すると、妙な違和感を足元に感じました。
あっと思う間もなく、身体が動かなくなりました。
「何これ、何これ??」
身体が全く動かせないのですが、布団の中にある私の両足首を「真っ黒な何か」にグっと掴まれている感覚があります。
「えっ?」
部屋も真っ黒だし、頭も動かせないので布団の中を見ることも出来ないのに「真っ黒な何か」がいることはわかりました。
それは私の両足首を掴んでいましたが、少しずつ上半身に向かって這い上がって来ました。
身体も動かない上に、驚きと恐怖で声も出せません。
とうとう「真っ黒な何か」がお腹に到達すると、物凄い力で上から押して来ました。
その時、少しだけ頭が動かせたので、Aちゃんの方へ辛うじて頭を傾けました。
そこには、Aちゃんが人間と思えないような動きで、両手で激しく宙を引っ掻き回していました。
私はそのまま気を失いました。
気付くと朝でした。
朝食を食べて、早々に旅館を後にしました。
帰りの電車の中で、Aちゃんに夜にあった出来事を話しました。
旅館で話す気にはなれなかったので。
Aちゃんはそんな動きをしていることは全く記憶が無く、私が「真っ黒な何か」に襲われていることも知りませんでした。
話しをしている内に「ねえ、あの廃ホテルからこっちを見ていた人じゃない?それ。」と、Aちゃんがぼそっと言いました。
「こっちが気付いたことに、気付かれたのかもね。」と。
旅行から戻って、今に至るにこれといって何も起こっていません。
Aちゃんにも問題は無いそうです。
興味本位で近づいた訳では無かったことが幸いしたのでしょう。
ただ、あの廃ホテルはどうもそのままあるようです。
「気付く」と、何か訴えに来るのかもしれません。
こちらが「何も」出来なくても。