【短編小説】 選択する仕事。
緊急事態である。
守りたい人間が本心ではいない場所だが、仕事なので私はここでコレに対峙している。
時限爆弾。
国の重要な施設であるため、単純に爆破する訳には行かず、爆弾処理のエキスパートである私がここにいる。
小さなお道具箱のようなサイズの時限爆弾。
静まり返った建物内で正確に時を刻んでいるデジタル音が聞こえるが、私の体内からもやや乱れた鼓動が聞こえてくる。
大概のパターンは「安全に順番通り切って止める配線」だが、今回はどうも「正確にスイッチを押して止める」パターンらしい。
謎のシールが箱の表面にペタペタ貼られている。
どうも犯人からの「ヒント」であるようだ。
箱の端っこに「爆発まで残り時間3分」を切ったらしいデジタルが正確に時を刻んでいる。
自分のヘルメットにセットされているヘッドカメラから、シールについての憶測にしかならないアドバイスが様々に聞こえて来る。
シールのそれぞれは、どうもアイドルスタアのものであることが分かる。
しかし私はアイドルを素通りして生きて来たため、ふんわりと「テレビで見たような・・」位しか知識が無い。
・・・それにしても?
時間が「2分」を切った。
複数貼られたシールの質感は全て同じようだが、それに意味があるのか無いのか分からない。
シールは全部で5枚、どうにも今のご時世では無い雰囲気の男性が5人。
3段に貼られていて、一番上に2枚、真ん中に1枚、一番下に2枚。
残り「1分」に近づいた。
配線なら自信があるところだが、このシールの意味がどうにも分からない。
イヤホンからは様々な「憶測」だけが届き、そのどれもが確実性には欠けている感じがする。
するとひとりの女性の声が聞こえて来た。
イヤホンから「今はいいんだ、後にしてくれ!!」と、緊迫感のある上官の声が聞こえて来る。
「簡単じゃな~い」と、緊急対策室の部屋を巡回掃除してくれている「マダムけいこ」の声が聞こえる。
「いいから、後にしろ!!」
上官の差し迫る声が聞こえる中、私の本能が「マダムけいこ」の声を聞けと叫んだ。
「マダム、聞かせてくれ!!」
「上の右と真ん中飛ばして下の右と左よ~」
「いい加減にしろ、向こうへ行け!!」
上官が「マダムけいこ」に怒鳴ったその時、私は腹を括った。
上の右のシールを剥がし、その下にあるボタンを押した。
・・セーフ。
「おいっ!!」
上官が叫ぶ声を無視し、下の右のシールを剥がしてボタンを押した。
・・・セーフ。
残り時間「30秒」
霞む視野の中、下の左のシールを剥がし、しばし躊躇った後、震える指でボタンを押した。
・・・・・
時は「3秒」を残して止まった。
止めど無くこめかみを流れ続けていた汗が止まった。
イヤホンマイクから「そのシール欲しいわぁ!! ファンだったのよ~、ヒデキ!!!」
剥がした順に並んだシールには、それぞれの顔の下に文字がこうプリントされていた。
「HIDEKI」、「HIROMI」、「GORO」
「・・・マダム、順番の意味は?」
私は乾ききった喉から絞り出すようにマイクに声を発した。
「新御三家の誕生日よ~! みんな知らないのねぇ!!
他は、あらヤダ! 森進一と勝彩也じゃないの! あっはっは!」
マダムのご陽気な声がイヤホンにこだました。
「HIDEKI」、「HIROMI」、「GORO」
今夜、彼らの歌声を聞くとするか。
シールは色々と調べないといけないから、マダムにはあげられない。
こないだ観光した浅草に「プロマイド」なる、古めかしい写真が列挙している店があったな。
帰りに寄って行くとしよう。
森進一と勝彩也。
こちらもついでに見て来るとするか。
彼らは「御三家」では無いようだな。
参考資料:歌唱法