【短編小説】 ムーン・リバー
「社畜ってきっとこういうことね。。」
残業と連勤で、頭が回らなくなっている。
97社目だった。
気持ちも身体もヘトヘトで、ようやくの内定に飛びついてしまった。
希望の職種にも配置されず、ひたすらアシスタントと言う名のパシリで、人生の足しにならない予感でいっぱいの「仕事」に明け暮れている。
食事の時間もろくに取れないから、ランチは朝に買ったサンドイッチを飲み込むように胃に流し込んで、おしまい。
ほぼ毎日、辛うじての終電でヘロヘロ。
疲労感が上回って夜は食欲がない。
こんな生活が半年近く続いている。
妙な正義感と真面目さ、周りの目を気にし過ぎで、つい、
「良いですよ~」
と言っては、仕事を安請け合いして、ほぼ自爆。
友達の連絡もろくすっぽ返信していないから、倒れていても気付かれないであろう、孤独死決定。
・・・、嫌だ。
公園の暗い街灯の下をトボトボ歩いていると、前からヤバそうなオヤジがフラフラ近寄って来た。
捕まったら逃げられないかも・・・
そんな数分後の悲惨な自分を妄想していたら、
「君の瞳に乾杯!」
オヤジが満面の笑みで言い放った。
虚を突かれて棒立ちになっている私に、更なる一撃。
「このグラスの向こうに君がいる・・」
ドヤ顔MAXでワンカップ越しに私に微笑みかけてきた。
オヤジはポケットからワンカップをもう一個取り出して、
カチーンっと自分のワンカップを当てて良い音を奏でる。
スっと私に差し出して、
「お嬢さん、ご苦労さん! 毎日楽しい?」
不意の質問。
「辛いです。。」
未開封のワンカップを何だか受け取ってしまった。
「若いんだから、好きなことやらないと~♪」
オヤジは日本酒ムンムンの投げキッスをチュっと飛ばして、ムーンリバーを歌いながら去って行った。
オヤジの後姿を眺めながら、私の手は勝手にワンカップをプシュっと開封していた。
1か月後。
本当にやりたかったことを見つけた。
社畜を捨てて、友達を取り戻した。
わたし、グラスの向こうに行けたよ。