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【短編小説】 公園の魔法使い。
それはそれはあっけない別れだった。
「君は真面目だから、俺よりもっと大事にしてくれる男が見つかるよ。」
ベタもベタ、陳腐過ぎて何だか妙に耳にしっくり来るような別れ際の彼のセリフだった。
相手は良い結果は招かないと分かっていた、妻子持ちの上司だった。
二人でこっそり会っていた遠くの安ホテルで、これまたこっそり利用していた同僚に目撃されたらしい。
初めて出来た「彼」に浮かれた私は、「上司・妻子持ち・二回り年上のオッサン」といったトリプルダークアイテムに紗が掛かり、冴えない47歳の落ち武者寸前セミロングヘアーをトヨエツと見做していた。
“真実の噂”が密かに社内に広がるや、落ち武者トヨエツは素早い行動に出た。
弄ばれたと言えばそうかもしれない。
でも、嬉しくて幸せいっぱい気分な日々を過ごしていた私もいる。
私も会社を辞めたくは無い。
武士の情けで文句も言わず、別れの提案に頷いた。
駆け巡っているらしい“真実の噂”は、チリチリする空気感で私に纏わりついてくる。それでも真面目な仕事っぷりのおかげで執拗に何か言ってくるような人間はいなかった。
落ち武者トヨエツはそんな私のフォローが皆無となった成果により、役立たずが今まで以上に露見して、47歳にして見事な窓際業務へ島流しとなった。
私は誰にも口外していなかったことも幸いして、異動も無く評価も下がらず現状維持で会社にいる。
でも、正直寂しかった。
落ち武者トヨエツと逢瀬していた金曜日は殊更寂しかった。
時々会っていた小さな公園へ、ついついフラリと立ち寄ってしまう癖が抜けない。
そんなに引きずることも無いと思っていたけど、思い込もうとしていただけでダメージは結構な大きさだと改めて感じ、どうやったら立ち直れるのかとぼんやり考えていた。
コンビニのホットコーヒーで暖を取っているそんな私の横に、スーツ姿の若い男が座った。
「どうかなさいましたか? 思い詰めた顔をなさって。」
馬鹿丁寧な口調の若い男、顔を見ても知り合いでは無い。
でも、何だか妙な親近感を覚えるのは、若いのに妙にキチっとした七三分けに私と同じ真面目さを感じたからだ。
私は急に今までのことを話したくなった、誰にも話せなくて苦しい思いをして来たから。この若い男に、二度と会わないであろう人間になら話しても良いんじゃないかと思ってしまった。
「あの・・・」
私は一気に喋った。
時折興奮してしまい、ホットコーヒーをピシャっと自分の膝に浴びせたことにも気付かず、泣きながら喋った。
「ごめんなさい、誰かに聞いて欲しかったんです。今まで誰にも言えなくて。。」
「辛い思いをされていましたね。」
「うーん、楽しいこともあったんですけどね。 えへへ。。。」
つい繕ってしまう自分が情けない。
「普通に、幸せになりたいだけだったんだけど。見る目ないんですね、私、あはは。。」
「幸せになって頂きたいですね、わたくしとしましても。」
若い男は口元に指を押し当てて、神妙に数回頷いた。
「話を聞いて下さって有難う御座います、何か詰まっていたものが吐き出せてスッキリした感じがします。また、普通に笑えるようになれるかな。。」
すると若い男は立ち上がってこう言った。
「実はわたくしは魔法使いなんです。」
「はぁ??」
切羽詰まった気持ちが溶けたばかりなのに、違う緊張が走った。
若い男はカバンから漬物の新生姜に似たピンク色のスティックを取り出した。
まさか、殴られて暗がりに連れ込まれるんじゃ!!
間髪入れずに「あなたに普通の幸せへ導く魔法をかけましょう!」と言い放った若い男は、宙に向かってクルクルと右腕を回すと、サイリウムの如く漬物の新生姜はキラキラと明滅して輝きを放ち始めた。
「 ピッカリ☆きゅんきゅん☆ウルトラパワ~、幸せになぁれ ♥ 」
律義な口調の裏声で高々と呪文を唱えた若い男が、両手を上下斜め水平にし、漬物の新生姜でビシっと私を指し示した。
私は軽い眩暈を覚えつつ、「何て相手に洗いざらい話をしてしまったんだろう」と強い後悔の念に苛まれ始めた。と同時に、余りの馬鹿馬鹿しい展開に笑いが込み上げて来て、コーヒーが手から滑り落ちたことにも気付かず、涙を流して笑った、ひたすら笑い続けた。
ヒーヒーと息を切らし、体を折ってひとしきり笑って起き上がった頃には、若い男は居なくなっていた。
呪縛は少ーし解けた、そう思えた。
魔法使いに会ってから数年後。
思い切って転職した先で真面目な先輩と出会った。
新しい職場でもあり、色々なことに用心深くなっていた私に、事情を知らない先輩は気を使って接してくれた。
落ち武者トヨエツの苦い記憶が数年経っても拭い去れない私は、先輩に心を開くことが中々出来なかった。
そんな私にグイグイ来るでも無く、さっさと引くでも無く、いつも自然に先輩は傍にいてくれていた。
何となく先輩の気持ちに気付き始めた、ある日の会社の帰り道。
入ったスーパーで漬物の新生姜が目に入った。
「 ピッカリ☆きゅんきゅん☆ウルトラパワ~、幸せになぁれ ♥ 」
キャッチコピーが目に飛び込んで来て、思わず息を飲んだ。
設置された販促映像を流すタブレットの画面には、巨大な漬物の新生姜がキラキラと明滅してターンテーブルの上でくるくる回っており、「ウルトラ☆きゅんきゅん増量中♥」と、キャッチフレーズを甲高く叫ぶ男の声が流れていた。
公園で魔法を掛けられた瞬間が頭に蘇った。
2年後。
自然と付き合い始めていた私と先輩に、可愛い赤ちゃんがやってきた。
寝室のベッドメリーの回転に合わせて赤ちゃんがクルクル腕を回している。
指をくわえた坊やの髪は、ほわほわっと七三分け。
いまの私は、ずっと欲しかった普通の幸せでいっぱいです。