“人”と“業務”を切り離す
こんにちは、BYARDの武内です。
知り合いにオススメしてもらった『龍と苺』という漫画を最新巻まで一気読みしました。
苺という女子中学生が将棋を始めてすぐに頭角を現して、竜王戦の予選から勝ち上がっていくといういわゆる「天才もの」なのですが、天才に振り回される周囲の人たちの描写も丁寧で、そんなに将棋には詳しくないですが、エンターテインメントとして楽しめました。
男だらけの世界で天才の女性が活躍するという意味では、チェスの女性チャンピオンを描いたNetflixの『クイーンズ・ギャンビット』などにも通じるものがあります。
さて、今回は属人化の解消をするために「“人“と“業務“を切り離す」ということを考察していきます。
1.属人化というリスク
「⚪︎⚪︎さんがいないと困る」という状況は、多かれ少なかれどの職場にもあると思います。特に能力が高い人やベテランが抜けた穴を埋めるのはいつだって大変ですし、リソースが足りない状態で対応させられる側の負担はかなりのものです。
一方で、伝統工芸品などを作る職人においては、「あの人にしかできない」は当たり前の状態です。いわゆる匠の技などは長い年月の修練が必要であり、簡単に継承することができないからこそ、つくられるものに価値があるのです。
19世紀の工場は、まだまだ手工業が主流であり、職人によって対応スピードや品質にバラツキがあるのが当然でした。20世紀初頭にフレデリック・テイラーが提唱した「科学的管理法」は、工業生産の基礎を築き、T型フォードの大量生産を皮切りに個々人のスキルだけに依存せず、安定した品質の製品を大量に製造する工業社会の礎を築きました。
現代のマネジメントの基礎ともいえる「科学的管理法」には、業務の標準化を実現するためにマニュアルやチェックリストの整備、職能別組織などが必要だと記述されています。これは、職人芸の世界を否定しているわけではありません。スケーラブルな生産体制を維持管理していくためには、属人的な要素を排除する必要があるという趣旨なのです。スケーラブルであることと、職人芸を維持することは、トレードオフであり、どちらが良いというわけではなく、それは経営上の意思決定の話です。
「属人化」という問題の本質は、資本主義における事業の拡大と効率性を志向する際に、当然に重視されるべき業務の再現性や代替性が軽視されていることです。特定の従業員のスキルに依存しているようでは、事業の拡大や品質の安定は難しくなります。生産できる分だけを売る、数を絞ることで希少価値を出して価格を上げる、という戦略もないわけではありませんが、それが許される品質やブランディングを築くのは並大抵ではありません。
「⚪︎⚪︎さんしかできない」という状況が許容されるのは極めて特殊なケースに限られるため、基本的には属人化は解消していく必要があります。トヨタ自動車の強みは、一定以上の品質の車を十分な台数きちんと供給できる体制を構築し、維持できることであり、その体制には属人化を許容する余地はありません。
規模を拡大しない、いつまでもその担当者がずっと処理をする、ということであれば、業務の標準化などは考える必要もありません。ずっとスモールな規模で、従来のやり方を続けていけばいいのです。
しかし、ほとんどの企業においてそのようなことは長期間続けられません。規模の小さいうちはもちろん、1人の担当者がいくつもの業務を兼務していて、あらゆることを判断し、処理を進めていかなければならないのですが、事業が拡大していくに従って業務を複数人で分担し、組織で対応する体制に移行する必要があります。
その過程で向き合うのが「属人化」という課題です。これは個々人の課題ではなく、組織の課題です。属人化を放置することは経営リスクを高めることであり、業務品質の維持や事業の継続性に直結します。
様々な企業からお話を聞いていると、経営層にそのような認識がなく、「そういうことは現場でいい感じでやっておけ」というような対応をしているケースが少なくありません。現場としては、今やっていることの延長で続けていく方が楽なので、現状維持バイアスが働きます。それを変えるのは経営の役割です。
属人化というリスクには、組織として立ち向かっていく必要があるのです。
2.特定の個人に依存しない
属人化しないオペレーションを構築するために必要なのは再現性と代替性、改善性という3つの観点です。
(1)再現性
何度やっても同じような結果になる、というのが再現性がある状態です。資格試験などでも主に問われているのが、この能力です。スポーツでいえば、「型(フォーム)を固める」に当たります。
その場の状況判断や、自分の感覚だけに頼って処理を進めるのではなく、客観的に自らを分析し、いつでも同じ結果が出せる状態を維持できるようにします。
再現性が最も高いのが「他人に教えられる」状態です。自分の感覚や経験値を言語化して、他人に伝達できるようにすることで、自分の中でも構造化がなされ、オペレーションの抽象化が可能になります。
自分がやっていることを、客観的な視点で言語化してみる。
そして、それを見ながら実行してみて不足な部分を追記・修正する。
その内容を他人に説明してみて、理解できるか確認してみる。
他人が業務を実行してみて、同じ結果が出るか確認してみる。
大体これぐらいの段階でレベルアップしていく感じでしょうか。
「マニュアルを作る」ことはゴールではありません。担当者以外の人が読んで理解ができ、業務を再現できなければ意味がありません。
再現性という観点を意識をすれば、マニュアルや業務フローは格段に良いものができるはずです。
(2)代替性
再現性が一定レベルに達した上で、次に考えるべきは代替性です。代替性が高い状態とは、誰がやっても同じ結果が出る、ということです。
代替性を高める上で最も有効なのはシステム化(デジタル化)です。人間はミスをしますし、疲れていたりすると、いつも出来ていることでも出来なかったりするのですが、システムにはその心配がありません。きちんとプログラムをすれば、その通りに処理をしてくれます。
ただし、すべての業務がシステムによって代替できるかどうか、もしくは代替するべきかどうかは考えてみる必要があります。理論上はシステムによる代替が可能だとしても、事業としてそれをやった場合にコスパが合うかどうかも重要な観点です。
フレデリック・テイラーは「機械は正確で早いが高価、人間は遅いが安価で柔軟」と称しています。何百回、何千回と繰り返す作業であればそれらをシステム化するコスパは合うかもしれませんが、発生頻度がそこまで多くなかったり、柔軟な人間の判断を必要とする業務については、システム化する方がコスパが悪いケースも多々あります。
話が逸れてしまいましたが、ここではシステム化の話は脇に置いて、人間による業務の代替性に話を絞りましょう。
Aさんがやっても、Bさんがやっても、同じ結果が出るようにする。それが代替性です。人と人との間において代替性を高めるための方法は2つです。
1つは、業務を単純化し、代替を可能にするというアプローチです。いわゆる「単純作業」と呼ばれるレベルまで落とし込んだものをやってもらうことで、人による成果のブレ幅は小さくなります。「誰がやっても同じ結果が出る業務」というと、一般的にはこのやり方をイメージする人が多いでしょう。デジタル化も基本的にはこのアプローチです。
このアプローチのメリットは、業務をやってもらう人のスキルや経験のハードルを下げることができる点ですが、デメリットとして、業務の細分化や「誰がやっても同じ結果」が出るレベルまで業務を定義して、オペレーションを設計する側にかなりのスキルが求められます。
人が足りないからとアルバイトを雇ったのはいいが、アルバイトにお願いする仕事がない、ということはオフィスワークではよくあります。これはアルバイトのスキルの問題ではなく、仕事を依頼する側の準備不足やスキル不足であると言えるでしょう。
また、どんなに業務を細分化し、単純化したとしても、すべての業務を人を選ばずにお任せすることは難しいケースが多いと思います。コンビニや飲食のチェーン店などではあらゆるオペレーションがマニュアル化され、代替性が非常に高い状態が維持されていますが、それを実現するために本部の非常に優秀な人たちが業務の細分化や構築を行っており、アルバイトで対応が難しい業務は「店長」などの社員が対応をしています。
このように、単純作業の代替といっても、それを実現するのはそんなに簡単ではありません。
もう1つは、業務を抽象化し、作業ではなく業務プロセス全体を代替可能にするというアプローチです。前述の業務の細分化が具体化であるのに対して、こちらは抽象化をしていきます。
このやり方では、人から人へ継承したいのは作業そのものだけではなく、業務プロセスがそうなっている背景やさまざまな場面での判断基準など、大きな意味での「流れ」や「意図」のようなものです。
メリットは、多少のイレギュラーが発生したとしても、方向性や意図を理解していることによって、担当者がその場で判断し、対応ができることです。デメリットは、それが出来るレベルの人にしか業務の受け渡しができない、ということです。
「属人化」という課題に向き合う際に、考えるべきは後者のアプローチです。業務というものは単純作業の積み重ねだけではなく、全体の流れがあり、当事者の意図や状況によって柔軟に判断するべきことが無数にあります。AIに奪われるのはあくまでも単純作業でしかなく、それは業務全体のほんの一部にしか過ぎません。
人手不足、という状態は、頭数としての人手が足りないという意味もありますが、業務をお任せすることができる人がいない、というケースも少なくありません。
代替性を高める、という話をすると、「マニュアルやフロー図を作ればいい」という反応をする人がいますが、それが有効なのは前者の範囲だけであり、それだけでは十分ではないということは知っておくべきでしょう。
スポーツで勝ち続ける強豪チームは、レギュラーで出ている人だけでなく、控えにも非常にレベルの高い人が揃っています。怪我や疲労などによって、控えのメンバーが出ることになって、きちんとした成果が出せるからこそ、勝ち続けていけるのです。
その秘訣は、単純に能力の高い人を揃えるだけではなく、「誰が出ても成果が出せる」状態をチームとして普段から意識して作り上げているかどうかです。
代替性を高めるためには、言語化できない部分も含めて継承していけるかどうが重要なポイントです。
(3)改善性
最後は改善性です。再現性、代替性ともに一定レベル以上になっていたとしても、この最後のピースがなければ、業務オペレーションはただの作業に成り下がり、生産性は徐々に下がっていきます。
日本は生産性が低い、と言われますが、その要因がこの改善性の欠如にあるのではないかと私は考えています。
業務を構築した当初はきちんと考え、最適なプロセスを整備し、マニュアルやフロー図も準備するのですが、その後もずっとそのまま改善がなされないまま惰性で同じことを続けてしまう。環境や人、会社が置かれている状況などによって、最適な業務プロセスというのは変わり続けるのが当然なのに、最初に決めたものを「正解」として後生大事に守り続けてしまう。
それが日本の弱さだと私は思います。変化に対して弱すぎる、変化することを全く想定できていない、そういう思考停止状態こそが、失われた30年の正体ではないのでしょうか。
工業製品は出荷してしまえばアップデートすることはできませんが、それでも常に改善点を見いだして次の型ではバージョンアップをしています。業務オペレーションは「決められた通り」にやることも確かに重要ですが、それ以上に「業務に完成はない」という意識で常に改善点を見いだし、それをいかに素早く反映するが重要なのです。
やってみて初めて見えてくることもたくさんありますし、当初は完璧にワークしていた業務プロセスが様々な要因によりうまくハマらなくなることなど日常茶飯事でしょう。
改善性が低いとは、そういう改善の芽を無視したり、あるいは、改善ポイントに気付くことができない、といった状態です。「自動化」がやたらとクローズアップされがちですが、ボタンを押せば処理が終わる状態はハマっていれば素晴らしいですが、処理の途中では何も出来ないということであり、その処理を設計した人がいなくなればブラックボックスとなり、どういう処理が行われているかすらも分からなくなります。
自動化がダメなのではなく、使いどころの問題です。また、自動化するにしても改善性の観点を組み込んでおくことで、改善ポイントに気付きやすい設計にすることも可能です。
「自動化」も「属人化」も、外からは状況や詳細が見えにくく、改善性が低くなりがちです。
1回だけうまくいくのではダメなのです。また、永遠にうまくこともあり得ません。物事は常に改善が必要であり、改善され続けるのが当たり前、改善こそが業務の本質です。
フレデリック・テイラーは、業務を標準化するためにマニュアルやチェックリストの必要性を提唱しましたが、いつの間にかそれが「マニュアル通りにやればいい」「チェックをつければいい」という風に矮小化されて解釈されるようになりました。
マニュアルは聖典ではありません。
常にアップデートをするべきものなのです。
3.BYARDで“業務”と“人”を切り離す
私が「業務設計士®」を名乗り始めてから約5年が経ちます。最初は業務オペレーションやそれを支えるシステムをキレイに設計することが重要だと私自身も誤解していましたが、やればやるほど「改善し続けることこそが本質だ」ということに気付きました。
また、外部のコンサルタントがどんなに詳細に分析して提出したレポートや改善プランがあっても、現場はその通りには決して動かない、という場面もたくさん見てきました。改善というものは、コンサルタントが1回てこ入れをして終わりではなく、常に「改善性」という観点をもってすべての人が業務にあたる必要があるのです。
本当に必要なのは「業務設計士®」ではなく、現場の再現性・代替性・改善性を支えるシステムだと考え始めたのは2020年ごろです。
タスク管理ツールやプロジェクト管理ツール、そしてチェックリストは「決められた通りにやっているか」を確認するためのツールです。マニュアルやフロー図も、それを補完するものです。しかし、最初に決めたとおりやる、という観点だけが強くなりすぎて、改善性は抜け落ち、再現性・代替性も軽視され、それらのツールは業務をする人に対して、機械のように「きちんとやったか」をチェックするだけのものに成り下がってしまいました。
展示会などで「属人化って起こってませんか?」という風に呼びかけをすると、たくさんの人達が強く共感してくれます。こんなにたくさんのツールがあり、社内にはマニュアルやフロー図が溢れているにも関わらず、属人化が解消できないのは、やり方が間違っているのです。
人手不足だ、と嘆きながら属人化を放置しては意味がありません。本当に足りないのは人手(リソース)ではなく、業務の再現性・代替性・改善性なのです。
2022〜2023年、BYARDはこれらの課題を解決するために「業務設計プラットフォーム」としてご提供してきました。おかげさまでたくさんの企業で、業務プロセスの可視化や進捗の共有、そして改善するための土台としてご活用いただいております。
2024年、BYARDはもう一歩踏み込んで、「“人”と“業務”を切り離す」ということに本気で向き合っていこうと考えています。「○○さんの仕事」ではなく、“業務”がBYARD上に置かれ、そこに“人”がアサインされる、という風に主従を逆転させる。それこそが真の属人化の解消ではないでしょうか。
そのためにはプロダクトとしてもっともっと使いやすく、便利な機能もご提供しなければなりませんし、属人化してしまった業務を棚卸しして、再構築するためのオンボーディングや当たり前に改善が根付くための支援ももっと充実させる必要があります。
人口が減り、人手不足になる、ということは10年以上前から言われていましたが、その変化は比較的ゆっくりであるため、多くの企業は正面からその問題に向き合わずに昔ながらのやり方を続けてきました。コロナ禍を経て、ウクライナ戦争などの世界情勢の変化が物価高を招き、いよいよ人手不足という課題が顕在化したのです。
現場が回らないからリソースを追加する、という解決策はとれなくなりつつあります。「あの人にしかできない業務」を放置すれば、休みも取りにくくなって現場が疲弊し、デジタル化もできません。いよいよ「生産性を向上させる」ことに真剣に取り組む必要があります。そのためには“業務”をのせるプラットフォームが必要です。
AIで業務の一部支援したり、システムを繋いで処理を自動化したり、ということを直接的にやるのではなく、より本質的な“業務”そのものを受け止めて、コントロールできるプラットフォームになる。BYARD上に“業務”プロセスそのものがのっていれば、自動化やAIによる支援は後でいくらでも機能で対応できます。
BYARDを「“人”と“業務”をつなぐプラットフォーム」にする。それが2024年からの私の目標です。
私たちの仕事の最も重要な部分は、AIには奪われないと私は考えています。だからこそ、“人”と“業務”をきちんと切り離して、“業務”を可視化し、コントロールすることが重要なのです。一部はAIによって代替することもできるし、システムによる自動処理をすることもできるでしょう。でも、決してそれは“業務”全てではありません。
私たちが向き合っている仕事の本質は、そんなに簡単なものではないはずです。単純作業だけが仕事ではないはずです。テクノロジーを正しく活用し、生産性を上げる。テクノロジーに期待しすぎるのではなく、正しく使う。BYARDはそのためのプラットフォームになっていきます。
BYARDのご紹介
BYARDはツールを提供するだけでなく、初期の業務設計コンサルティングをしっかり伴走させていただきますので、自社の業務プロセスが確実に可視化され、業務改善をするための土台を早期に整えることができます。
BYARDはマニュアルやフロー図を作るのではなく、「業務を可視化し、業務設計ができる状態を維持する」という価値を提供するツールです。この辺りに課題を抱える皆様、ぜひお気軽にご連絡ください。