#教師のバトン についてちょっとだけ本気で考えてみた、話。
ラノベみたいなタイトルになってますけれども。
文部科学省が、このハッシュタグを御旗にプロジェクトを立ち上げた。
各学校での創意工夫、ちょっと役立つイイ話(原文ママ)、教師の日常などを、該当ハッシュタグをつけて、Twitterやnoteで投稿してほしいという物だった。
教師や保護者等、学校教育に関係する人は誰でも参加でき、教師に関しては所属長(校長等)の許諾が必要ないというお墨付きまでついている。
きっとこのnoteを読んでいる方ならご存知かと思うが、このプロジェクトが大炎上。
現場の先生が窮状を訴える阿鼻叫喚の場と化し、更には現場の先生の投稿を見た萩生田光一文部科学大臣が会見で、
「(現場の声は受け取ったけど)もう少し品の良い書き方をしてほしい。」
と発言した事で、更にプチ炎上。
接客業で言うところの、クレーム対応が悪くて2次クレームを引き起こした様な状況になってしまっている。
どうしてこうなったのか?
本当に教師の魅力を発信しようと思ったのか、炎上を見越したプロジェクトだったのか、真意は定かではない。
ただ、炎上した理由については、「職業としての教師の魅力が低い」という、この事実に尽きると思う。
現場の先生達の数多の意見を要約すると、「こんなしんどい仕事でキラキラした事だけつぶやけねーよ!まずは教師の労働環境を改善してくれ!」となっている。
書き出すと色々あるが、教師の労働環境には、以下の問題点がある。
1.子どもが定時前に来る
定時前に来る以上、定時前に出勤しなければならない(定時は8:15〜16:45)。
ただこれは、学校毎に登校時刻を設定する事で、段階的に改善が可能な問題点だとは思う。
2.休憩時間がほぼない
学校によって実態は違うが、休憩時間がない。
例えばある学校は、休憩時間が15:45〜16:30らしい。子どもが下校中してから、法定の45分休憩を設定してるんだと思うけど、16:45までの残り15分でどうやって授業準備とか校務分掌すんの?
できないから、休憩しないか、残業する事になるよね。
本校では、給食の時間が休憩時間として設定されている。
但し昨年度は、コロナ対策の為に配られたチェックシートの中に、「コロナ等予等の為に、給食の時間は教室に在室して指導にあたっているか」という項目が存在してしまったので、ダウト。
3.残業代が出ない
教師は、他の地方公務員よりも給与が4%高い。
「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」、通称「給特法」により、そう定められているからだ。
なんだ教師って給料いいじゃんというのは表面上の話で、給特法の真髄は、「給料4%割増する代わりに、お前の残業ねぇから!」というところにある。
つまり、教師に残業は存在しない、よって残業代も支払う必要がないという法律なのだ。
ここで給特法について詳しく言及するとそれだけで膨大な文量になってしまうので、割愛。
もうね、この法律が諸悪の根源なのよ。
昔はそれこそ、教育委員会は「教師に残業はない」っていうスタンスだったみたいなんだけど、さすがに最近はスタンスが変わってきた。
どういう風に変わってきたかというと、「教師が定時を過ぎても在校しているのは認める。但し、校長は残業を命じておらず、全て自発的な業務(残業)だ。」といった具合に。
実際には、部活動、成績処理、校務分掌、授業準備等、教師の仕事は多岐に渡り、量も多い。
しかし先述した通り、定時を守って休憩時間をしっかりと確保しようとすると、これらの業務を全て15分で終わらせなければいけない事になる。
当然、終わらない。
終わらないからどうするかというと、定時前出勤、休憩しない、残業、持ち帰り仕事、休日出勤という手段を取らざるをえなくなる。
スッキリで取り上げられていた、教員勤務実態調査研究によると、公立の小中学校教師の平均労働時間は11時間超え、平均休憩時間は1〜2分らしい。
私は大抵7:30〜19:00で勤務しているし、休憩時間はまぁ1〜2分とは言わないけど、5分10分くらいの感覚だから、こんなもんなんだろう。
ただ、小学校勤務の私ですら土日に家で授業準備してるし、中学校は更に部活動があるので、この勤務実態調査もかなり怪しい。
これでね、残業代が支払われてたらだいぶ話は変わってくると思うのよ。
そりゃ、残業代が支払われるとなったら、その残業が本当に適正なのかは、検討しなきゃいかんよ。
ダラダラと残業してる教師に、無限に残業代支払うのはおかしな話だからね。
ただ現状は、教師の残業代は0なのよ。
教師がいくら残業しても、文科省も財務省も痛くも痒くもないわけ。
だって、残業代0なんだから。
残業代が0だから、業務の精選や適正化が行われない。
一般企業だったら、会社の金を使うわけだから、当然残業代を減らそうとする。
残業代を減らす為には、残業代未払いという手段を使わないのであれば、残業を減らせばいい。
残業を減らす為には、業務の精選を行う。
つまり、必要な業務のみを行い、必要ない業務はなくしたり減らしたりする。必要な業務についても、もっと効率良く進めるやり方はないかと、業務の適正化を行うわけだ。
俗に言うコストパフォーマンスってやつね。
コスパが会社の売上に繋がるから、コスパ向上は会社にとっても重要だ。
そして、ここで業務の精選や適正化ではなく、残業代の未払いという方法論を取ったのが、給特法というわけだ。
先述した通り、残業代を減らすには残業を減らせばいい。
しかし翻って言えば、残業代が発生しないのであれば、残業を減らす必要がないのだ。
だって、残業が減らなくても、いや増えたところで、支払うお金は変わらないんだから。
これが、いつまで経っても教師の仕事が減らず、増え続ける原因。
給特法について言及すると、長くなってしまうなw
そういうわけで、仕事の対価は金銭だと思っているのだけど、どうも教師はそうではないらしい。
そして、そう思っている人が世間一般にもいるようだ。
お金の為に教師をするな!
みたいな。
だけどね、残業代1円も出ないのよ?
月に45時間残業しても60時間残業しても、過労死ラインの80時間残業しても、残業代は0。
確かに収入は安定してるけど、お金の為だったら教師なんてしません。
だから、数多の教師がバトンを繋ぐ事を拒絶したんでしょ。
そこで!
教師という仕事を未来に繋いでいく為に、以下の事を提案します。
1.子どもが定時前に登校するのをやめる。
定時後の保護者対応を、原則やめる。
これは、各校でできる取り組み。
2.休憩時間の確保
労働基準法で定められています。
現状の休憩時間は、業務から完全に解放されて、仕事現場を離れられる時間になっていません。
最悪、昼休憩はなくていいので、放課後に休憩して残りの15分で終わる仕事量にしましょう。
3.部活動と通知表の縮小→廃止、もしくは外部委託
教師の仕事でめっちゃ時間かかってるのはここ。
しかも、法的に実施は義務付けられていない。
やめよう。
……って簡単にはやめられないから、今まで残ってるんでしょ?簡単にはやめられないから残っている仕事を、自発的に行っている仕事として扱って、残業を命じていないなんて言えるのかい?
4.上限はあっていいから残業代出しましょう
放課後の15分で部活動、成績処理、校務分掌、授業準備等が終わるわけないんだから。
全部やらなくていいなら、いいよ?
でも、全部必要なんでしょ?
部活顧問拒否は実質ムリだよね。
通知表もなくせないよね。日本の受験システムは、通知表も大いに活用するから。
部活と通知表は、法的に実施は義務付けられてないんだけどね。
校務分掌なくしてくれる?でも年間行事予定誰が組むの?時間割誰が組むの?運動会計画誰がするの?GIGAスクール構想で始まったタブレットの活用、誰が推進すんの?
授業準備しなくていい?ノー準備で授業するけどいい?授業の時に初めて教科書読むけどいい?拡大コピーも用意しないし、絵資料も、問題文も配らないけどオッケー?あかんよね。
もうね、やりがいで若者は集まらんのよ。
教師が聖職なんて時代はとうに終わった。
教師も一労働者という当たり前の視点を誰もが持つべき。
真にすべきは、教師という職業の魅力を伝える事じゃなくて、魅力そのものを向上する事。
魅力というのは、もちろん仕事内容もなんだけど、待遇面だって含まれるよ。
仕事自体は素敵なんよ。
子ども達の成長に関われる、すごい魅力ある仕事なんよ。
だけど、待遇面の劣悪さが、仕事内容の魅力を遥かに凌駕してしまっているんよ。
確かに、萩生田大臣の言う通り、教師のバトンプロジェクトに集まった教師の声には、品のない物も多かった。
ただ、オレは転職組だから、教員歴も短い。
これまで長期間教育に尽力してきた教師は、つまり長期間、搾取されてきた教師でもあるのだ。
教師をやっていた期間が長ければ長い程、品のない言い方になってしまったのではないか。
もちろん、品のある言い方をした方が良い。
ただもしオレが、新卒ですぐ教師になっていたとして、果たして今のオレが上品に声をあげられたか、あまり自信がない。
そして、教師のバトンプロジェクトで世間の関心が高まった今こそ、声をあげよう。
教師の働き方改革を阻害している一因は、教師にもある。
部活動と通知表が、業務圧迫の一因だと書いた。
部活動をやりたいと言っているそこの教師。
他の教師の為にやめよう。
労働には対価が支払われるべき。
あなた達が「部活をやりたい」って言うから、文科省は財務省から「部活動っていう余分な事をする余力があるんでしょ?だから学校教育には予算を回せないよ」って言われるねんで。
葛藤がある。
教師は素晴らしい仕事だ。
一生の仕事にしていきたい。
だけど、今の血塗られたバトンを後世には託せない。
葛藤がある。
教師の不祥事が報道される度、またか……という思いを抱く。
碌でもない教師も存在する。残念だけど、事実。
こんなに不祥事を報道される教師という生き方が、本当に胸を張れる生き方なのか?
それでも。
教師という仕事に価値を見出すから。
これからも教師という仕事が在り続けてほしいから。
あわよくば、(先生みたいな)先生になりたいと言ってもらえる教師になりたいから。
教師ってこんなに素晴らしい仕事なんだって、教師になりたいっていう若者を支えたいって、胸を張って言いたいから。
教師の労働環境が良くなれば、きっと、子どもにとっても、良い教育を受けられる事に繋がる。
余裕のない教師からは、余裕のない教育が産まれてしまうよ。
大仰な言い方にはなってしまうが、子どもの為、日本の未来の為に、教員の労働環境が良くなっていくといいなぁ、と思う。
そんな、教師のバトンについてちょっとだけ本気で考えてみた、話。