五十九話「うどん、そば、拉麺」

古いアパート住まいのNさんの体験。

ある日、部屋を掃除していると、洗面所に備え付けてあった棚のなかから、レシート大の色焼けた紙切れが出てきた。

そこには

うどん
そば
拉麺


・・・と、自分のものではない達筆な文字が書かれていた。


これは、前の住人がうっかり落とした献立のメニューだろうか?

しかし、そうすると献立にわざわざ“拉麺”と書くのが気になる。
それなら“そば”も漢字にしないのはなぜか。

では、どこかで外食するためのメモだったのだろうか?
すると今度は、具体的な店名やメニュー名を明記しないところが気になる。

そしてどちらの線で考えたとしても、結局は、そんな麺類ばかりのメモ書きが、なぜ洗面所の物置に迷いこんだのか? その最大の謎が立ちはだかるのであった。


その頃から、Nさんは寝付きが悪くなった。
床で横になって、やっと、うとうとし始めたところで

「ザザザザザザザザザザザザザザザザザザ」

「ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ」

と、どこからか、なにかを軽いものを畳のうえで引き回す音や、啜る音が聞こえるようになった。

隣人の騒音や、害虫・害獣の線を疑ったがどれも的はずれだった。


Nさんは最終的に
「以前の住人の残留思念が怪音を引き起こしている」
「おそらく、あのメモ書きにあるように、麺類が好きで堪らなかったのであろう」
という憶測を導きだした。

そこで枕元にお清めの塩ならぬ、お清めの素麺(本人いわく塩が入っているし、これが一番安上がりだとか)を置いてみたところ、怪現象はある程度おさまったそうだ。



「でも、絶対にそれだけで済んでないですよ」

Nさんの同僚であるSさんは、やつれた顔をしてそういった。
彼は、先述の話をしてくれたときのNさんの様子を細かく教えてくれた。

「話の最中、ずっと気になってたんですが、あの人、明らかにカツラになってたんですよ」

「カツラばかりに気を取られていて見落としてたんですが、よくみたら眉毛をティントで書いてるし、睫毛も全くなかったんです」

「そこまでのことがあったら、普通、なんかいうでしょ?」


Nさんの身に何が起きたのかは、おおよそ想像がつく。

だが、口に出さないということは、我々の想像を越えたナニカが起きているのではないか?


Nさんはいまでも健常なフリをして出社している。