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不確実性の時代をしなやかに生き抜く思考法。 Interview 山口 周さん 後編

独立研究者・著作家の山口 周さんがくらす神奈川県葉山市を訪ねた前回に続き、後編では“学び”のリソースとして旅や異文化を経験することの魅力や、目の前の常識を相対化する視点が人生や社会にもたらすインパクトについて。ご家族との思い出もたくさん詰まった、葉山の海岸をのんびりと歩きながらお聞きしました。

>前編は、こちら。


「旅」という不確実性が、知的競争力を養う。

― 前編では「自分のいるべき場所」を見つけることが、自分の物差しを持つために大切であることをお話しいただきました。そのためにも旅をすること、意識的に生活の環境を動かしてみることは、とても有意義であると。

山口:
その点、これまで僕はあまり旅をしてこなかったので反省なんです。旅には“不確実性”があるでしょう。スケジュール通りにはできないことや、予期せぬトラブルに遭うなど、必ずしもいいことばかりではないかもしれないけれど、何もかもが予定調和な環境では自分のキャパシティは広がらない。自分の持っている世界観の中でいいものだけを取り込んで、都合の悪いものを排除するようなことをしていると、その先にあるかもしれない(人生を)豊かにする機会も遠ざけてしまう。

― 若いときの辛労は買うてもせよ、とはよく言ったもので。

山口:それこそ、ヨーロッパでは貴族の子弟は帝王学、今で言うリベラルアーツを必ず勉強させられるわけですが、その仕上げは何かというと「旅」なんです。

『国富論』の著者として有名な、イギリスの経済学者のアダム・スミスは、貴族お抱えの家庭教師を務めていたこともあるのですが、あるとき彼は貴族の青年とヨーロッパを巡る旅に同行するよう依頼を受けます。その親から「とくによく見て、息子と議論を深めてほしい」とリクエストされたのが「フランスという国の弱さについて」だったのだとか。当時のイギリスからすると、フランスは国土が豊かで広い農業大国。ピレネー山脈とアルプス山脈に囲まれて、地政学的にも有利な場所にあるはず。にも関わらず、どうして戦争に弱いのかを知りたいと。

スミスが生きた時代は、いつどこの国と戦争をすることになるか分からないわけですから、旅をしてその地域にくらす人々がどういう文化・風俗を持ち、ものの考え方をするのかを理解させることが、将来を生き抜くための糧になった。だから、旅することは究極の教育なんです。

山口:それと同じような考え方を現代において実践しているのが、韓国の家電メーカーの<LG>や<Samsung>です。これらの企業には「地域専門家制度」というものがあって、主に20代の若手社員を海外に2〜3年派遣させるんです。もちろん、現地に行ってもゴルフ三昧だったり、駐在員同士でつるんでばかりじゃダメですよ(笑)。 とにかく現地のネットワークをつくって、現地の人たちがどのような文化・風俗の中で、どのような生活習慣を送っているのか、徹底的に理解して持ち帰るのが彼らのミッション。

結果として<LG>は今、中東市場で高いシェアを誇っています。その代表例として知られるのが、イスラム教に特化した機能を搭載した携帯電話「メッカフォン」。携帯電話の外側にコンパスが付いているのですが、これがメッカの方角を向いて礼拝をする際にパッと分かりやすくて便利だと大ヒット。
GPSの機能が付いた携帯電話なら、地図アプリを開けば同じようにできることかもしれないけれど、ムスリムの方々が毎日の礼拝のたびに方角を確認するのに苦労していることを知っているからこそ生まれたアイデアですよね。

― 「くらし」に潜り込んでみることで、何が本当に現地の人たちに求められているかが見えてくるわけですね。

山口:極論すれば、旅をすることや、自らの身を置く環境を動かすことは、最終的に知的な競争力にも効いてくるのだと思います。
だから、コロナ禍で人の行動が制限されたときには強い危機感を覚えました。幸いなことに2〜3年で緩和されましたが、この状況が10年、20年と続いていたと思うとゾッとしますよね。若い頃にしておくべき、そういった体験を得られなかった人たちが世代として生まれてきてしまうと、人類の歴史にネガティブな変化が起きた可能性もあったわけですから。

ものごとを相対化する視点が、世の中の”当たり前”を問う力になる。
 

― 「人が自由に行動できること」は、わたしたちが思っている以上に価値があるし、世の中に大きな影響をもたらす力を秘めているのかもしれないですね。

山口:
自分が今置かれている環境においての常識を“相対化”できるか、ということが大きいでしょうね。その視点がないと「これが当たり前」「ほかに選択肢はない」と思い込んで、固定観念に囚われてしまう。これってある種、言葉の呪いだと思っていて。自分たちを縛り付け、人から自由を奪うもの。

陰陽師の末裔の方に話を聞いたことがあるのですが、彼らは呪いや憑きものを落とすために「言葉」を使う。呪術も必ず言葉を使ってかけるものだから、呪いを解くときも言葉を使わないとならない。つまり、呪いも「情報」なんです。

― その呪いから解放されたければ、自分の中であたらしく情報をアップデートする必要がある、と。

山口:そうですね。とかく「すまい」に関しては、日本では日本の常識に縛られてしまいがちなわけですが、アジアにアフリカ、ヨーロッパと国が変われば、すまいの“当たり前”のあり方も変わってきます。

ひとつ例を挙げるとしたら、洗濯機。日本人からしてみれば、家の中に洗濯機があるのは当たり前ですよね。それが、ストックホルムやフィンランドなどの北欧のマンションには共用部にランドリーフロアがあって、住民はそこで洗濯をするのがスタンダードなんです。乾燥機も付いているし、業務用の大容量なので一週間分の洗濯物も3時間程度で一気に片付いて効率的。
あと、ランドリーフロアには大体コーヒーマシーンやテーブルが設置されていて、お茶ができるスペースが付いているんです。洗濯物が乾くまでの時間、そこでお茶を飲んで待つうちに住民がそこで知り合いになって、コミュニケーションが生まれるという副次的な効果もある。

― パブリックスペースの活用に長けた北欧らしい発想ですね。

山口:考えてみれば、とても合理的なんです。ランドリーフロアで洗濯をする3時間を一週間で平均してみると、洗濯機は一日30分くらいしか動かさないことになる。24時間稼働している冷蔵庫などと比べてみるとUSG%(使用率)が限りなく低い家電なのに、高い施工費をわざわざ払って、すまいにスペースを設けるのはもったいない。でも、日本でくらしているとそんなことを疑問にも思わず洗濯機を買ってしまうでしょう?

もうひとつ、僕の“当たり前”がくつがえされた印象的なエピソードがあります。
僕の妻はイタリアのフィレンツェにくらしていたことがあるのですが、彼女のことをとてもよく可愛がってくれていた老夫婦がいて、結婚をするときに僕も一緒に挨拶に行ったんです。

フィレンツェ郊外のトスカーナの牧場で獲れたてのお肉をビステッカ(ビーフステーキ)にして食べさせてくれたり、今思い出しても本当にすばらしいひとときだったのですが、おばあちゃんのサンドラはスーパーマーケットで食材を買ったことがないと聞いてとても驚きました。イタリアのフィレンツェといえば都会なんですけれど、肉も野菜も、オリーブオイルもワインだって全部生産者から直接買い求めているのだそう。

僕がそのことを伝えると、サンドラもびっくりした顔で「どんな人が、どこで、どのようにつくられたか分からないものを口に入れて平気なの? 日本のほうが、よっぽど信じられない」って。現代では、どこに行っても同じようなものが食べられるようなディストリビューション(流通)が整っているわけですけれども、言われてみれば、たしかにそうですよね。

― 季節ごとに育まれる自然の恵みに沿って、その土地のものを食べるという習慣は本来、とても自然な行為ですものね。

山口:そういえば、家族で葉山の一色海岸で海水浴に行ったときに、息子が細長い魚を手づかみで捕まえてきて「これを食べてみたい」と言い出したことがあって。僕も妻も「こんなもの、食べて大丈夫かな?」と最初は戸惑ったのですが、そのときにふとサンドラの言葉を思い出したんです。

スーパーに並んでいる魚と、今目の前の海で捕ってきた魚。どちらが大丈夫かって考えたら、これにギョッとしている自分の感性のほうがおかしいんだなと。
念のため、自宅に持ち帰って調べてみたら「ダツ」という魚で。細かい骨が多いから蒲鉾などに加工して食べるのが一般的なのだそうですが、塩焼きにして食べたのも、今となってはいい思い出です。

そうやって、自分たちが当たり前だと思っている価値観を「おかしいんじゃないか」と疑える感性が、これからの時代には必須。「場所を動かす」ということは、自分の生まれ育った環境とは異なる文化や食生活を体験するきっかけとなり、相対的な視点を養っていくんじゃないかと思います。

―最後に、山口さんの「旅や移動のおとも」をご紹介いただけますか?

山口:iPad miniかな。移動中に読書をすることが多いのですが、この小さめのサイズ感がちょうどいい。メモ帳やカレンダーの機能も活用するし、最近はChatGPTのアプリを入れておいて、ちょっとした問答をしてみたり。これひとつあれば、いろいろなことができますよね。

トートバッグは<吉田カバン>と<BEAMS fennica(フェニカ)>のコラボモデル。「本当によく使っていて、裏地が色違いのものも持っています。汚れてきたら、洗濯機に入れて洗える手軽さも魅力です」

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Photo: Ayumi Yamamoto

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