【第96回アカデミー賞】作品賞にノミネートされた10本をランク付けしてみた。【総評】
みなさん、こんにちは。
映画大好き21歳、トマトくんです。
先日、ようやく『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』を観てきましたので、今回は第96回アカデミー賞で作品賞にノミネートされた10本を「個人的なランキング」として発表していきたいと思います。
ノミネートされた作品は以下の10本です。
(順不同)
アメリカン・フィクション
落下の解剖学
バービー
ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ
キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
マエストロ:その音楽と愛と
オッペンハイマー
パスト ライブス/再会
哀れなるものたち
関心領域
この中からランク付けしていきます。注意事項ですが、悪気はなくても下位の作品の感想は、どうしてもキツめの文章になっていたりしています…。ご了承ください。
それでも頑張って感想を書いたので、
最後までよろしくお願いします。
前回
10位『マエストロ: その音楽と愛と』
ノミネート:作品賞・主演男優賞・主演女優賞・脚本賞・撮影賞・メイキャップ&ヘアスタイリング賞・音響賞
世界的な音楽家レナード・バーンスタインとその妻フェリシア・モンテアレグレの半生を描いた伝記映画。
順位で言うと最下位ですが、僕はこの作品を「非常に丁寧でよく出来た伝記映画」だと評価しています。とにかくレナード・バーンスタインへのリスペクトが随所に感じられるのが、伝記映画として美しいです。ブラッドリー・クーパーは特殊メイクで本人そっくりに変身し、序盤では『波止場』や『ウエスト・サイド物語』など聞き馴染みのある音楽も流れてすぐに気持ちが昂ります。
他の作品が良く出来すぎているせいで結果的に10位に選んでしまったのですが、作品単体で観れば十分に面白い映画になっていると思います。Netflix作品なので仕方ないとはいえ、もし映画館で観れていたらもっと上位に置いていた可能性すらあります。
ただハマらなかった要因もあるにはあって、まず音楽と愛についての物語という点で『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』や『歌え!ロレッタ愛のために』など過去の名作と比較してしまったことです。「音楽」と「恋愛」のふたつの要素を絡めたとき、どうしても話の展開に既視感を覚えてしまいました。
その上「順風満帆な全盛期のあとに辛いことが起こる」というよくある伝記映画の構造だったのも、これまた入り込めなかった原因でした。本作でしか得ることの出来ない映画的快楽が一切無い。見せ場という見せ場もこれといってなかったのが悔やまれます。
映像、音楽、美術、特殊メイク、こだわり抜かれたヴィジュアルこそ良かっただけに、脚本の稚拙さが本当に勿体なかったです。
9位『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
ノミネート:作品賞・監督賞・主演女優賞・助演男優賞・撮影賞・編集賞・衣装デザイン・美術賞・作曲賞・歌曲賞
石油を発掘したインディアンたちと、それを付け狙う白人たちの物語。巨匠マーティン・スコセッシが、アメリカの負の歴史を俯瞰的な視点で描き出す修正主義的西部劇です。
スコセッシらしい独特のリズム感で、淡々と物語が展開されていきます。終始心地良く、流れるように観ることができました。撮影や美術、衣装、演出なども流石と言わざるを得ません。
しかし、驚くほど物語に起伏がなく、堅苦しさだけが前面に押し出されていました。彼の演出力に圧倒されつつも、内容はなかなか頭に入ってきませんでした。また個人的に実録モノが苦手ということもあって、作品の魅力が全く感じられなかったのがキツかったです。
監督がマーティン・スコセッシであるということも今回においてはマイナス要素でした。題材が西部劇になっただけで、描いていることがほとんど過去のギャング映画と代わり映えしない印象でした。濃厚と言えば濃厚なのですが、良くも悪くも3時間という長さを感じる作品でした。
8位『アメリカン・フィクション』
受賞:脚色賞/ノミネート:作品賞・主演男優賞・助演男優賞・作曲賞・歌曲賞
売れない黒人作家がヤケクソになって書いた典型的な黒人小説が、なぜか大ヒットを飛ばしてしまう風刺コメディ。“世間が求める可哀想な黒人像”をこれでもかと皮肉ってきます。全てが嘘で塗り固められた黒人の物語に「これは今の時代に必要な作品だ!」と白人が絶賛するシーンが印象的でした。
序盤はただひたすらに地味な人間ドラマが展開され、王道すぎると言ってもいいほど家族との物語やラブロマンスを絡めてきます。これがとても可笑しいのですが、しかし巧いんです。所々にモヤモヤを残しつつも、慎重に展開される物語には唸ってしまいました。
そんな映画の構造自体さえも実は皮肉になっており、隙が全く見当たらない。この世の全てを嘲笑うかのような終盤の展開は痛快痛烈で、最後まで観るとタイトルの秀逸さにも気付くことができる。これは脚色賞受賞も納得でした。
ただ何度も言うように本編のほとんどは極めて平凡な家族ドラマ・ラブロマンスであるため、どうしても中盤までが盛り上がりに欠けます。終盤こそ素晴らしいものの、全体的に観るとイマイチな作品でした。
7位『関心領域』
受賞:国際長編映画賞・音響賞/ノミネート:作品賞・監督賞・脚色賞
アウシュヴィッツ強制収容所のすぐ隣で暮らす所長家族たちの物語。ドキュメンタリー・タッチとはまた少し違うのですが、まるで複数の小型カメラを家の中に設置し、こっそり監視にしているかのような気分にさせられる映画です。
しかしそれによって彼らの異常性を際立たせます。空からは灰が降り、隣の建物からは悲鳴や銃声が響き渡る。それなのに画面の中に映る家族たちは何の変哲もなく幸せそうに暮らしている。彼らにとっては真隣で人が死のうが住めば都。異常な日常風景の数々に、少しずつ自分の脈が早くなっていくのが分かりました。
映画らしい劇的な展開はほとんど無いのですが、一方で無駄なシーンもひとつもありません。発想の勝利です。ただ裏を返せば、アイデアこそ素晴らしいものの、やはり物語自体は面白みに欠けます。挑戦的な作品ゆえに0か100かを期待していたのですが、その間の50をヌルッとすり抜けてしまったような映画でした。そのため安牌な7位にしておきました。
6位『パスト ライブス/再会』
ノミネート:作品賞・脚本賞
初恋の相手と24年振りにニューヨークで再会を果たす普遍的な王道ラブストーリー。時が経ち、国を跨ぐことによってその残酷さをより一層際立たせる。
特に主役ふたりの控えめな演技が、在り来りなラブストーリーに鮮やかな色を付けていきます。言葉で伝える瞬間と感情を押し込める瞬間が絶妙で、揺れ動く二人の姿に胸が締め付けられました。運命は残酷だからこそ美しい。そんな作品です。
しかし、それだけでは終わらないのが本作。前述の通り、内容は概ねシンプルな三角関係の物語なのですが、中盤で主人公の旦那が発するとある一言(かなりのメタ視点)をきっかけに、主役二人の関係が一気に邪悪なモノに一変してしまういますわ、
あまりにもロマンティックな出会いによって、観客は主役の二人を応援していたはずだったのに、あえてその構造を明言してしまうことで、旦那がヴィランになることを防いでいる。むしろ、それ以降ホラー映画並みに空気が変わってしまって、全てが悍ましく見えてしまう。セリーヌ・ソン、これが初監督作だなんて到底信じられません…。
あとこれは余談なのですが、映画を観ながらふいに昔の恋人や好きだったけど叶わなかった相手のことを思い出してしまう瞬間が多々あって、そんな僕の人生すらも肯定してくれるようなセリフの数々に、尚更この映画に対する愛おしさが増していきました。忘れられない恋をしたことがある人には絶対観てもらいたいです。
5位『哀れなるものたち』
受賞:主演女優賞・衣装デザイン賞・美術賞・メイクアップ&ヘアスタイリング賞/ノミネート:作品賞・監督賞・脚色賞・助演男優賞・撮影賞・編集賞・作曲賞
天才外科医によって胎児の脳を移植させられた女性ベラの冒険譚であり、自己解放の物語。
どこを切り取っても美しい絵画のような世界観。エマ・ストーンの体を張った演技と、子供の知能から大人の精神に成長していく過程には驚かされます。最初と最後でこんなにも別人のように見えるなんて本当に凄いですよ。THE 女優です。これは2度目の主演女優賞も納得でした。
またベラが成長し、自立すればするほど浮き彫りになっていく、真の“哀れなるものたち”も観ていて痛快でしたね。もはや自分が男であることが申し訳なるくらいには的を得ていたと思います。原作は読んでませんが、映画化するのがヨルゴス・ランティモスとエマ・ストーンで本当に良かったです。
ただ内容が女性の成長を描いた物語である反面、常に男性側の愚かさを描いた話にもなっているので、似たテーマの『バービー』と比べてしまうと若干偏った描き方だなとも思ってしまいました。
そもそも『バービー』然り、『プロミシング・ヤング・ウーマン』然り、この手の映画は女性を勇気づける作品であると同時に、男性に気付かせる作品でもあるのが理想だと僕は考えています。『哀れなるものたち』に関してはその“気付き”があまり無く、自分の勘の悪さにずっとモヤモヤしてしまいました。そして改めて『バービー』って革新的な映画だったんだなと思わされる形になってしまいました。
フェミニズム映画として見たら(厳密には違うと思うけど)、『バービー』よりも『哀れなるものたち』の方が正しくて優れた描き方なんですかね?同じランティモス作品なら、個人的には前作『女王陛下のお気に入り』の方が好きでした。
4位『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
受賞:助演女優賞/ノミネート:作品賞・主演男優賞・脚本賞・編集賞
2週間のクリスマス休暇、嫌われ者の堅物教師ハナムと、唯一帰る場所のない問題児アンガス。そして戦争で息子を亡くした料理長メアリーが、寄宿学校で留守番をすることになってしまう。お互いを敵対視していた孤独な怪物たちだが、実は似た者同士だったことに気付いていくという話。
流石はアレクサンダー・ペイン。彼に人間ドラマを撮らせたら右に出る者はいません。時代背景がベトナム戦争に揺れる1970年代初頭ということも相まって、苦しみから解放されようとする彼らの情熱が激しく感じられます。社会に馴染めないキャラクターたちの葛藤は、ある意味「現代のアメリカン・ニューシネマ」と言ってもいいかもしれません。
しかし決して突き放すことはなく、しかし分かりやすく寄り添うわけでもない。アレクサンダー・ペインらしい少し意地悪なやり方で登場人物たちの心を救済していきます。画面は常に雪なのに、終始温かさに溢れていました。
まず堅物教師を演じたポール・ジアマッティが素晴らしかったですね。嫌味ったらしい男を演じているというのに、彼特有の愛嬌とユーモアであっという間に観客を虜にしてしまいます。下手すれば最後まで嫌われたまま終わってしまいそうな役なのに、ここまで人間味を与えられたのはジアマッティだからこそだと思います。アレクサンダー・ペイン作品は『サイドウェイ』以来20年振りの主演ですが、前作以上に輝いていたような気がします。
そしてアンガスを演じたドミニク・セッサはこれが映画デビュー作だと言うのだから末恐ろしいです。今にも壊れてしまいそうな危うさの中で、それが好意的に思えてしまうほどの瑞々しさと色気の両方を醸し出しており、キワモノ俳優でもあるジアマッティと並んでも全く見劣りしないのが衝撃です。ただならぬオーラを放っていました。
また見事アカデミー助演女優賞を受賞したダヴァイン・ジョイ・ランドルフは、言わずもがな凄まじい安定感でジアマッティとセッサの背中を支えていました。彼女の実力は『ルディ・レイ・ムーア』で既に知っていたけれど、極めてアンサンブル色の強い映画でここまで輝ける大器だとは思いもしませんでした。
三者三葉な彼らを一人残らず魅力的に映し出せるアレクサンダー・ペイン、本当に何者なんだ?!70年代のリアルな空気感をぎゅっと詰め込んだ映像・演出にも惚れ惚れしてしました。完璧の一言に尽きます。これはクリスマス映画の新たな傑作が誕生した予感。あぁ、冬が恋しいです。
3位『バービー』
受賞:歌曲賞(1)/ノミネート:作品賞・助演男優賞・助演女優賞・脚色賞・衣装デザイン賞・美術賞・歌曲賞(2)
ただただ最高な映画でしたね。男性とか女性とか、そんな性別の概念を超越した「今後くるであろう未来」を想定して作られた作品。男女平等を謳った作品というよりも、性別の役割に囚われずに「個人の意志を尊重しよう!」といった趣旨の映画なので、良い意味で予想を裏切られました。
まず玩具という設定でいくらでも描けそうなのに、あえてそこで人間世界を描くことを選んだことに脱帽。玩具の視点でしか気付けない人間世界の違和感と魅力の両方を映し出す。故にはっとさせられる瞬間も多いです。
たとえばバービーが完璧な女性像ゆえに、現実社会の女性たちにとんでもないプレッシャーやストレスを与えているということ。「あんたのせいでルッキズムが加速し、フェミニズムが遅れてしまった」と1人の少女に言わせてしまう豪快さと秀逸さにも鳥肌が立ちます。
それに対比して完璧な容姿で、完璧な世界で、完璧な生活をしていたバービーが、現実世界で怒る人や悲しむ人、無邪気な子供、しわくちゃな老人を見て「キレイ…」と感じるシーンにも涙してしまいました。このシーンはラストにも繋がるのでめちゃくちゃ本作を象徴する場面だと思います。
一方で、バービーの付属品だったケンが、男社会の素晴らしさに気付き、バービーランドをケンダムへと変貌させてしまう展開も笑いました。その様子には男として身につまされるものがあり、「潜在的にある男の痛いところを突いてくるなぁ」としみじみ感じました。
『レディ・バード』や『ストーリー・オブ・マイライフ』など、連続して女性映画を撮ってきたグレタ・ガーウィグが、女性性と男性性のどちらにもしっかり触れた作品を生み出したことに、彼女のバランス感覚の良さが分かります。男女共に薄ら疑問を感じていたであろう言葉「女らしさ」「男らしさ」についてストレートにぶっ込んでくるのだからもう何も反論できません。
また常に中立的な立ち位置にいるアランの役割にも感動しました。家父長制やマチョイズムに対して違和感を持っている自分にとっては、バービーランドでもケンダムでもどちらにも馴染めない彼の存在が救いでした。
そして、アメリカ・フェレーラ演じるグロリアが、“女性であることの苦しさ”を熱弁するシーン。彼女の言葉をきっかけに、ゆっくりとバービーランドは元の形を取り戻していくのですが、これも決して本来の世界に戻すわけではなく、バービーもケンもお互いに手を取り合って進んでいこうと決意表明したことに、現実世界における「答え」を見せてくれたようでした。
本来「フェミニズム」って女性の地位を男性と平等するための運動だったのに、最近は男性を下げるだけ下げて嫌悪する意図のものが増えてきたので、今回もそういう作品だったらどうしよう…と心配していたのだけど、完全に杞憂でしたね。
この作品は映画史どころか、世界すらも変えてしまう可能性があります。バーベンハイマーにおける広報の使い方こそ終わっていたけれど、この作品は時代の代弁者として永久に語り継がれてほしいです。
2位『オッペンハイマー』
受賞:作品賞・監督賞・主演男優賞・助演男優賞・撮影賞・編集賞・作曲賞/ノミネート:助演女優賞・脚色賞・衣装デザイン・美術賞・メイクアップ&ヘアスタイリング賞・音響賞
作品賞受賞おめでとうございます。原爆の父と呼ばれた男 J・ロバート・オッペンハイマーの栄光と没落を描いた作品。クリストファー・ノーラン初の伝記映画にして集大成であり、最高傑作。一切文句のない作品賞です。
入り乱れる時間軸に、登場人物、政治的思想。膨大な情報量と沸き起こる感情の渦に飲まれながら、ノーランの研ぎ澄まされた演出力に唸らされる3時間。トリニティ実験のシーンや、その後の集会シーンは恐怖でその場から逃げ出したくなりましたし、改めて自分が日本人であることを強く感じさせられる内容でした。良い意味で、凄まじい破壊力を持つ映画であることは間違いないです。
また『ツリー・オブ・ライフ』を彷彿とさせる抽象的ヴィジュアルの数々、『アマデウス』のような天才と凡才の戦い。西部劇的フロンティア精神物語。様々な映画的楽しみ方が用意されており、どの角度から見ても完成度が高い。タイトルロールのオッペンハイマーを差し置いて、ルイス・ストローンズの視点、妻キティの視点だけに注目しても面白くなっているのが本当に恐ろしいですよ。
21世紀の『市民ケーン』として、2000年代では『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』が、2010年代では『ソーシャル・ネットワーク』が評価されてきましたけど、まさか『オッペンハイマー』が、ましてやクリストファー・ノーランの作品が、2020年代のそれに相当する作品になるとは思いもしなかったです。圧巻でした。
改めて作品賞受賞おめでとうございます。クリストファー・ノーランの今後の活躍に期待が膨らみます。
1位『落下の解剖学』
受賞:脚本賞/ノミネート:作品賞・監督賞・主演女優賞・編集賞
栄えある1位は、フランス映画『落下の解剖学』です。第76回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作。転落死した夫。殺人容疑をかけられる妻。視覚障害のある息子。犬。真実の分からない事件/事故を巡る壮絶な裁判劇です。
ただただ法廷モノとしてもよく出来ていて素晴らしいのですが、夫婦間の問題が浮き彫りになってからの面白さが本当にえげつないです。本作の山場と言ってもいい夫婦喧嘩のシーンなんて、あまりにもリアルで恐ろしかったです。これはジュスティーヌ・トリエ版『マリッジ・ストーリー』ですよ。
そのシーンをきっかけに謎が謎を呼び、気付けば自分も陪審員になって一緒に事件を解剖しているような気持ちにさせられる。我々は数少ない情報を頼りに、自分の中の「真実」を見つけ出そうとしてしまいます。こんなすごい脚本が書けたら、僕なら震えて数ヶ月は眠れなくなりますよ絶対。
そして夫婦の関係が明かされていくにつれ、段々と物語の主役が息子へ移り変わっていく流れも自然ですごく良かったですね。もし夫が生きていても『別離』(2011)のような苦しい現実がこの子の未来には待ち受けていたんだろうなと思うと胸が痛くなります。
トリエの演出力にも天晴れです。夫の死が「事故」なのか、「自殺」なのか、それとも「他殺」なのか分からないというはっきりしない題材を、ここまで立派な裁判劇に仕上げるのってめちゃくちゃ難しいと思うんですよ。
そもそも観る前から結果はある程度想定できてしまうので、この手の映画はどう盛り上げるかが大事になってくる。それが舞台が人里離れた雪山であったり、主人公がドイツ人でフランス語より英語の方が得意だったり、夫婦がどちらも作家だったり、視覚障がい者の息子が事件の鍵を握っていたり…などなど。
様々な要素が見事に混ざりあって、これでもかと観客の思考を揺さぶってきます。そのどれもが取ってつけたようなものではなく、必要不可欠なピースになっているから凄いです。
また詳しい詳細は伏せますが、事件発生の前後では描かれなかった情報をあえて裁判中に後出しすることで「そんな事実があったのか」と驚かさられる展開も好みです。それを何度も何度も重ねていくことで面白さが増していく素晴らしい脚本。これは脚本賞を受賞して当然でしょう。
そして主演のサンドラ・ヒュラーがこれまた恐ろしいです。彼女はずっと無実だけを主張していたけれど、少し見方を変えれば善人にも悪人にも見えてくる。この曖昧さを言葉にすることなく、表情と仕草だけで演じ切るって物凄いことですよね。主演女優賞こそ逃してしまったものの、彼女は『関心領域』でも大事な役を務めていましたし、これからさらに偉大な女優になる気がします。いえ、なります。
演技で言えばもうひとつ。カンヌ国際映画祭でパルム・ドッグも受賞した飼い犬役のメッシくん。この子がやばかったですね。犬とは思えないほど視線のひとつひとつが丁寧で、全ての演技が「本物」なんですよ。劇中の分け合ってぐったりしてしまうシーンでは、心の底から心配になりました。とんでもない演技力ですよ。冗談抜きで彼もアカデミー助演男優賞にノミネートされるべきでした。
いやー、思い出すだけでも「面白かったなあ」とうっとりしてしまう。裁判は終わってしまったけれど、僕の中ではまだまだ彼女たちの物語は続いています。事件の真相よりも、もっとその先にある大事な何かを考えてしまう映画でした。もし国際長編映画賞のフランス代表に選ばれていたら、『関心領域』を押し退けて受賞していたと思います。紛うことなき超絶大傑作です。
ということで、総評は以上となります。
今年は作品賞にノミネートされた10本、ほぼ全てが面白かったと思います。非常に満足度の高い回でした。もしかしたら新型コロナウイルスの影が薄くなって、作りたいものが自由に作れるようになった影響もあるかもしれませんね。
一方で、夏には「バーベンハイマー」の流行が物議を醸し、授賞式ではRDJとエマ・ストーンのアジア人差別疑惑が浮上するなど、日本人としては無視できない事案が多く発生したことも忘れてはなりません。
『オッペンハイマー』や『バービー』を上位に配置する際、何度も頭の中で上記の出来事が過ぎったのですが、「作品の出来」と「役者や広報が起こした問題」は別物だと割り切って、素直に自分の心に従って選びました。これはあくまで僕の感性に基づいたものなので、異論は受け付けておりません
来年は一体どんな作品が待っているのでしょうか。今からワクワクが止まりません。拙い文章でしたが、最後までご愛読ありがとうございました。