#010.楽器の持ち方、ピストンの押し方
トランペットの様々な教則本を見ていると、楽器の持ち方についての情報が非常に少なく、かつアバウトにしか書いていないことが多いです。
確かに、「トランペットを持つ」とだけ言ってしまえば、右手でピストンを押して〜、左手で楽器を持って〜。これくらい。
楽器の持ち方はそんなに重要ではない、ということなのでしょうか。もしこれがスポーツだったらいかがでしょうか。野球のピッチャーの安定した投球や、バッターがホームランを打てるのも構え方や体の使い方にかかっていますし、ゴルフだってテニスだって道具を正しく使いこなすことが実力を発揮するための大切な要素であることは言うまでもありません。
したがって、トランペットも持ち方のちょっとした工夫や知識とそれらの根拠があるだけで音色やハイノートへ続く音域変化、そしてバテにくさにも大きく影響するのです。
そこで今回はトランペットをどのように構えるか、腕や手首、指と楽器の関係についてお話ししていきます。なお、ここで紹介するのは僕の楽器の持ち方と、なぜその持ち方になったのか、という具体的な解説と理由であり、これがすべての人にとってベストであるとは決して言いません。ひとつの考え方と理解していただき、ご自身のベストの構え方を模索するヒントにしてください。
楽器の持ち方
トランペットはアンバランス
楽器の持ち方の最も核となる考え方は、バランスです。
トランペットは置物ではありません。優先しているのは置いた時の安定ではなく、あくまでも素晴らしい音楽を演奏するための構造です。持ちやすさ、置いたときの安定感は二の次になっていることをまず理解しておきましょう。
したがって、楽器のアンバランスは持ち方で補うことが大切です。考え方としては「自分が壁掛けフック」の発想です。
自分の手や腕がフックになって楽器の重さをバランスよく支えている、そんなイメージを持ってください。
楽器屋さんに行くと、こんなものを目にすることがあるかもしれません。
マウスパイプとベルの下にコの字になっている棒状の金属がありますね。トランペットの展示用スタンドです。
以前、著書「まるごとトランペットの本」出版資料として撮影させていただいた写真です。ちなみにこの楽器、ヤマハ製のEs管の4番ピストン付きという変わった楽器です。
トランペットは単独で立たせることはできませんが(できても非常にアンバランスで危険)、このように重さをひっかけると安定します。
この発想です。自分がこのスタンドの存在になるのです。では具体的な僕の楽器の構え方をご紹介します。
3点の支え
最も重要なのは以下に解説する3点の支えです。これらのどこかが不安定なだけでも例えばピストンを押したときに大きくグラついてしまい、そのバランスの悪さを「何か」で安定させなければなりません。
その「何か」のひとつが「楽器を強く握る」行為で、それだけで肩や腕に不要な力がかかり、胸、背中、首、舌などに派生し、パフォーマンスを低下させる可能性が出てきます。唇にマウスピースを押し付けるいわゆる「プレス」も、持ち方によっては本来必要な加減を超えた不要な強すぎる押し付けを生んでしまいます。
そうならないために、安定した3つの支えを見つけるわけです。ひとつずつ解説します。
1つ目の支点は「左手人差し指(第二関節周辺)」です。
ベルに向かう管のおよそ中央部分を左手人差し指の第二関節付近で支えます。この部分が支えの中心と言えるかもしれません。
楽器の重さを受け止めて続けた左手人差し指にはタコができてしまいました。
タコ自体は楽器を始めて10年ほど経った音大生の頃にできてきまして、その後は特に問題なかったのですが、楽器を変えたからか、年を追うごとに大きくなったからなのかわかりませんが、長時間レッスンをしているとタコの部分が痛くて楽器を構えてられなくなるので、近年はこんなプロテクター(クッション)をつけるようにしています。
おかげで痛みは和らぎました。
2つ目の支点は「右手小指」です。右手小指は、フィンガーフックに引っ掛けてバランスをとります。
この「フック」という名称の影響なのか定かではありませんが、「小指をフック状」にしてしまう方が非常に多くいらっしゃいます。そうではありません。楽器についているパーツが「フック状」なのです。
したがって指は曲げる必要ありません。むしろ曲げてしまうことで楽器を握る力が発動し、本来の目的である「楽器の重さを支える」状態から変わってしまうのです。
僕の場合は小指は曲げるのではなく第一関節付近で重さを受け止めています。
ただ、正直若干小指は痛いです。楽器の種類にもよると思いますが。
3つ目の支点は「右手親指」です。
楽器の構造上、親指付近にはマウスパイプくらいいかないので、奏者によって位置が様々です。
しかし、この部分も大変重要な支点のひとつ。親指が楽器を支えられていなければ1番ピストンを押したときにグラグラと不安定になり、それが元でプレスを強めてしまう可能性も否めません。
僕の場合ですが、およそこのようになっています。
シャーゲルというメーカーの僕が使っているモデルは少々(?)特殊なデザインをしているために、結果的にこのような持ち方になった、という要素も含めた上で見ていただきたいのですが、重要なことは「ピストンを押しても重心が安定している点」。結果的に写真のように親指を張ることになりました。
また、親指に関して、この位置を推奨している方も多くいらっしゃいます。
この持ち方も理にかなっています。手の指というのは力を抜いている時、若干握る方向に指が集まっています。ですから、このように可能な限り自然な状態で楽器を持つことは、ピストンを押す指が最も自然でいられる=負担なく動かせると言えるのです。
しかし、楽器の重心はここでは支えられないために、それを補填するために例えば左手の握る力を増やして安定感を補う必要が出てくるかもしれません。
僕は楽器の重心を優先した結果、親指を張るようにしました(ただしとても速いパッセージを求められたさい、持ち方を変えることがたまにあります)。
そして親指位置でもうひとつ、こういった方がいらっしゃいます。
初心者や手の小さい小中高生、握力の弱い方に多いような気がします。楽器が重くてこうなってしまうと予測できるのですが、この持ち方はピストンを包み込むように握ってしまうため、ピストンを効率良く押すことも難しく、あまりオススメしません。詳しくはこの後解説します。
実はもう一つの支点があります。それは2番管と手のひらです。
手のひらを支えに利用することで指への重量的な負担を軽減するだけでなく、肩や肘、手首が上がらないメリットもあります。
トランペットを演奏する上で手首や肩や肘が上がることは、ピストンを押す角度が不自然になって素早い動きがしにくくなったり、リラックスした呼吸ができなくなってしまいます。
ピストンが正しく押せる位置を基準にする
さて、楽器を支える3点の支えはとても大切なのですが、右手の指はピストンを操作するという大事な仕事も担っています。
ピストンを押す=音を変化させるときに重要なのが「素早さ」「確実さ」です。
ピストンは中途半端な押し方をすると、ピッチや音色が定まらないおかしな音が出てしまいます。ジャズなどでは「ハーフバルブ」というあえてピストンを押し切らないで出す奏法があるのですが、今はそれよりもピストンをしっかり最後まで押す/離す動作を身につけましょう。
ピストンの押し方は奏者によっていろいろありますが、大きく分けると2通りに分けられます。
ピストンの押し方1:指を立てる
ピアノでも演奏しそうな感じで、指先で真上から押す形です。
アレン・ヴィズッティ氏がこれに近い吹き方をされています。
映像をご覧になってわかるように、この持ち方は手の甲を高い位置に持っていくため、僕の「3つの支点」理論は通用しません。左手、左腕単独の支えが必要になります。そうした理由もあって、左手小指が3番管の下に来ているのではないか、と考えます。
ピストンの押し方2:指を平らにする
一方、僕はこのようなピストン操作をしています。
まず、ピストンと指がまっすぐになる位置を見つけます。
そのままピストンボタンが押せる位置へ上げていきます。およそ指の付け根がピストンボタンを押したときの場所になるところまで上げましょう。
ところで、「指の付け根」ってどこだかわかりますか?
ここだと思っていませんか?
正しくは、
ここです。手の甲から見るとわかりやすいかもしれません。
ということで、指の付け根がピストンを押し切ったところに近い位置を意識します(完全には同じ高さにはならないと思います)。
ピストンを押す指の高さが決まったら、その場所で右手小指と右手親指をそれぞれ支点にします。
当然指の長さは個人差があるので、ピストンボタンを押す位置も若干異なります。が、それで構いません。指の指紋があるところから、第一関節付近であれば問題ないと思います。
この持ち方であれば、大きく指をうごかしても手の位置がずれることもありませんので、大きく素早いピストンアクションが可能です。
「ピストンボタンから指を離してはいけない」と言う方もいらっしゃいますが、多分これは、初心者や手が小さい人はピストンボタンから指が落ちてしまったり、中指と薬指が独立できずにくっついてしまいやすいからだと思われます。ピアノや弦楽器でも同じですが、薬指を独立させて動かすことを難しいと感じる方は結構多く、そうした人に向けて当初は言っていたのが、いつの間にかピストンの正しい押し方として定着してしまったのではないか、と勝手に推測しています。
ですから、指が安定している人は、あまり意識しすぎる必要はないと思います。
ちなみに右手小指や親指を先に設定してしまうと、手の角度が変わってしまい、ピストンが的確にコントロールできなくなる可能性があります。
これらを参考に、ご自身に最適な持ち方、支え方を研究してください。
その他の指の役割と位置
トリガーをコントロールする指
左手親指は、1番管にあるトリガーを持っていますが、この部分も握るのではなく、「添える」と考えてください。とにかく指や手、腕に力が入ってしまうことは避けるべきで、しかもこの部分は抜き差しをしますから、握っていることはできま
左手中指は、僕の場合楽器を支えている人差し指の下に位置し、支えのサポートをしています。
そして、残る左手薬指と小指は、使用頻度の高い3番管を抜き差しするトリガーを操作するための重要な部分です。
トリガーのコントロールやその必要性に関しては別記事で解説しますが、今はとにかく「トリガーを持つ指は自由にいつでも動かせるようにしておく」ことを意識してください。
ここで一点だけ覚えて欲しいのが「左手首の角度」です。
トランペットを演奏する上でできる限り自然体でいたいのは当然ですが、左手首だけは「トランペットのために」負担をかける必要があるかもしれません。
具体的には、このように曲げます。
手首をこの角度にすることが日常あまりないので、ついまっすぐな状態で持ってしまう方が多くいらっしゃるのですが、それだとトリガーをコントロールするのに大変苦労します。
このように親指が離れてしまう可能性も考えられます。
左手小指、薬指で楽器を支える
ところで、このように楽器を持っている方も多いはずです。
先ほどヴィズッティ氏の動画を見ていただきましたが、この持ち方に近かったのがわかりますでしょうか。
例えば手が大きい方はこうしないと指のやり場がなくなる可能性があります。トリガーコントロールも中指で完全にできるのであればこの持ち方でも何の問題もありません。
また、この持ち方は手が大きい方に限ったことではありません。逆に力の弱い方がこのように持っている場合も結構多いと思います。
この持ち方をすると、楽器を下から支えることができるので、安定しやすいのです(左手小指が広がって痛そうだな、と思っているのですが、実際はどうなのでしょうか)。
まとめ
このように「トランペットの正しい構え方」に決まりはありませんが、以下の条件が満たされていることが理想です。
ピストンを押してもブレない
握りしめない(楽器の重さを支える目的)
1,3番スライドが動かせる
素早いピストンアクションができる
ということで今回の記事は大変長くなりましたが、とても重要なことですので、自分自身のベストな構え方をぜひ研究してください。これだけでパフォーマンスに大きな影響が出るかもしれません!
荻原明(おぎわらあきら)