#009.毎日のメンテナンス(最初編)
レッスン中に生徒さんのピストンが上がってこなくなったり、動きが悪くなり、中断してオイルをさすことがたまにあります。
少し前の話ですが、楽器の調子が悪いんですかね?と聞いたら、生徒さんから驚くべき返答が。
「一週間くらいさしてなかったので」
って、え?確認のために聞いてみたら、バルブオイルはピストンの動きが悪くなってきたらさすもの、と思っていたらしいです。
経験者の方にはレッスンでも楽器のメンテナンスのようなお話は積極的にはせず、質問があったり、このお話のように楽器に異常が見られた際にディスカッションやレクチャーをする程度です。初心者の方には説明しています。
ということで、今回はそんなバルブオイルのお話です。
必ずバルブオイルをさしましょう
その日の最初に楽器を吹こうとケースから楽器を取り出したら、最初に必ず行ってほしいことがあります。それは、バルブオイルをさすこと。
これは、楽器の命であるピストンがスムーズに動くために行うことなのですが、実はバルブオイルの持つ役割はそれだけではありません。バルブオイルは楽器そのものの寿命を決めるとっても大切な力を持っています。
バルブオイルの持つ力
ピストンにオイルをさして動きをスムーズにする行為は「ピストンとケーシングの間の空間を油で満たす」ことで実現します。ちなみにケーシングとは、ピストンを入れている金属の筒で、左手で握っているこれです。
ピストンもケーシングも当然金属でできていますから、オイルがない状態で動かしてしまうと、こすれ合って傷がつき、それがきっかけで動きが鈍くなったり、ピストンを押したら戻ってこないなど、楽器にダメージを与えてしまいます。
よって、バルブオイルはピストンが重くなったり動かなくなったらさすのでは遅く、常にスムーズな動きをキープするために(基本的には)毎日(毎回)さすわけです。
しかも、バブルオイルの重要性はそれだけではありません。
ピストンというのは、マウスパイプも、1,2,3番の管にも繋がっています。ピストンにさしたオイルは少しずつそれらの管へと流れていき、水分の多い管内部のサビや腐食を防ぐ役割も持っています(油が流れにくいところもあるので場所によります)。古いオイルが管の中で停滞することは決して良いことではありませんが、毎日注して、毎日楽器を吹いていれば、水分とオイルが管の中を流れ続け、楽器内部は劣化しにくくなるわけです。
オイルを注すという行為は、楽器のメンテナンスにもつながっているのです!
オイルの量とスムーズさは比例しません
じゃあオイルじゃんじゃん注そう!
これはNGです。
先ほど述べたようにバルブオイルはケーシングとピストンの間を満たすことが目的です。したがって、ベッチャベッチャのヒッタヒタにオイルを注したところでまったく意味がありません。ピストンもケーシングも金属ですから、布とかスポンジでのように吸収しません。大量にさしたところで全部流れてしまうだけです。
こんな方を見たことがあります。
ピストンを完全に抜き取って、ピストン表面に大量のオイルをさす...塗る...いや、違うな、
浴びせる。
これが一番近い。こんな感じで。
北京ダック。中華料理は熱した油を何度も肉にかけて表面をパリパリにします。ピストンはパリッパリにする必要ありません。だからこんなことしてももったいないだけです。
他にも、量はちょうどいいけれどさし方に問題があって、自分が油まみれになっている人も結構います。
例えばヒザの上に楽器を置いてオイルをさすものだから、うっかりポタっとこぼしてスカートやズボンがシミにしてしまった経験ありませんか?制服だとクリニーングに出さなければならないことも多いですから、ずっとシミがついている人もよく見かけます。
ではどうすれば良いか。早く、効率的に、汚れないバルブオイルの注し方をお伝えします。
バルブオイルの効率良い注し方
1.バルブオイルのフタを開けておく
これを先にやらない人が多いのです。楽器を持って、ピストンが抜ける状態になってからオイルのフタを開けると、ピストンが抜ける状態で一旦楽器を置いたり、ピストンが抜ける状態の楽器を持ったまま強引にオイルのフタを開けしまい大変危険です。
2.左手で楽器を持ち、ピストンのキャップを外して側面を自分に向ける
やや浅めに構えます。
このときピストンボタンのほうを下に向けないように気をつけてください。ただでさえオイルがついている部分です。ほんの少しの衝撃や、持つ角度が浅くなるだけで、ピストンがスルっと抜け落ちる可能性があります。万が一ピストンが抜け落ちてキズを付けてしまったら、楽器自体がもう使えなくなることも十分に考えられますから、とにかく丁寧に慎重に行ってください。
3.ピストンを途中までまっすぐ抜く
1cm程度でしょうか。少し浅めに持っているので、このようにケーシングにひっかかります。これ以上ピストンは抜かないでください。大変危険です。
4.バルブオイルをさす
適量ですよ、適量。北京ダックじゃないですよ。一番上の部分にさしてピストンの裏側や下へ流れこみ、軽く一周したらOKです。
オイルをさす部分は、ケーシングに最も近いこのグレーの部分です。
5.そのまま楽器を起こす
ゆっくりと立たせると、ピストンがそのまま真下にストンと落ちるので、位置がずれません。
「#002.トランペット本体について知ろう」の記事でピストンについて解説しましたが、ピストンには上部に突起があります。突起は樹脂でできている場合もありますが、この部分が、ケーシングのくぼみにはまるように作られているのです。
この突起とくぼみがきちんと噛み合わなければ、1,2,3番の迂回管ともきちんと接続しなくなりますから、楽器を吹こうとしたら楽器にまったく空気が入らなかったり、聞いたことないようなショボい音しか出ないなど、おかしな状態になります。もちろん、180度回転して噛み合っていても音は出ません。
そうならないための最善策は、オイルをさしたあと、ピストンとケーシングの噛み合う位置がずれないように、そのまま起き上がらせて真下に滑り落とすのが効率的なのです。
そして、最終確認としてピストンのキャップを閉める前に、噛み合っているか確認をしましょう。ピストンポタン(指で押す部分)を持って軽く左右に回そうとしてみましょう。噛み合っていれば少しだけカチカチと音が鳴り、ピストンは回りません。もしもこのとき大きくグルンとまわってしまったら、それは噛み合っていなかったことになります。
ピストン位置がずれてしまったら
ピストンがグルンと回ってしまうのは、突起とくぼみが噛み合っていないからなのですが、だからと言ってケーシングの中でピストンをはまる位置までグルグル回してはいけません!
ケーシングの中でピストンが回転する動きは、楽器としては想定外です。それをすると中に傷がつき、トランペットのパフォーマンスが低下してしまいます。
噛み合っていないとわかったらすぐに、ピストンを慎重に抜き取ります。そして、正しい位置を確認して、ゆっくり丁寧にケーシングへ入れてあげましょう。
ピストンは縦にしか動かさない。これを意識しましょう。
ピストンキャップが最優先
注し終えたオイルを置こうとしたら倒してしまった!とか、オイルのキャップが転がった!落とした!拾わなきゃ!と慌ててしまいますよね。しかし、仮にオイルが倒れて何かに染み込んでいようがキャップが遠くまで転がってしまおうが、何よりもまず楽器のピストンキャップを閉めるのが最優先です。
人間は物を落とすと反射的に意識がそちらに行き、拾いたくなってしまう習性があるので、僕は自分にとくに強く言い聞かせています。
ボトムキャップにもオイルが溜まる
ケーシングの底にもオイルが溜まります。この部分、吹奏感や響き、音色にとても大きな影響を与えるので、定期的にはずして、中をキレイにしておきましょう。
オイルの種類
「#003.トランペットに必要な備品」の記事でも触れましたが、バルブオイルはとてもたくさんのメーカーから、場合によっては同じメーカーの中でもいくつか種類を用意していることがあります。
すべてのオイルを試したわけではありませんが、それでも商品によって粘度の違いを大きく感じます。サラサラしていてさした直後はとてもスムーズなのですが、一日中吹いていると、最後のほうはオイルが切れてくるものもあります。
ピストンの動きだけでなく、ウォーターキイまで流れてきたオイルの量も商品によって全然違います。ある商品を使っていたときはやたらオイルが流れてくるので、使いにくいこともありました。
バルブオイルばかりは使ってみないとわからず、奏者の好みや楽器との相性(楽器の使用年数や状態)もありますから、どれが適しているか、売れ筋はどれかなど、楽器屋さんで相談してみたり、ほかのトランペット仲間に使い心地を聞いてみるなど、いろいろな情報を元に選んでみてください。
オイルをさしても動きが改善されない場合
オイルをさしているのにピストンが上がりにくいとか、ガリガリとこすれあっているような感触があった場合は、まずは管の中を洗浄してみましょう。
楽器洗浄はそれほど難しいことではありません、もしピストンのことろだけが気になるようでしたら、全部のパーツを抜いて、本体(ベルがついている部分)のケーシング裏を専用のブラシで洗ってみましょう。そしてピストンのケーシングとの接触部分も丁寧に慎重に優しく洗ってみましょう。
それで動きが良くなるかもしれません。もしそれでもダメなら楽器屋さんに修理を依頼しましょう。もしかするとどこかが歪んでいるのかもしれませんから、プロに調べてもらうのが一番です。
ということで、「毎日のメンテナンス(最初編)」はオイルをさすことでした。楽器の中でも特に重要な部分ですので、大切に、慎重に、そして丁寧に扱うように心がけてください。
準備完了!さあ楽器を吹きましょう!
荻原明(おぎわらあきら)