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『ドリームキャッチャー』〈3〉
これはフィクションです。『ドリームキャッチャー』〈2〉の続きです。
前編はこちら
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【六月六日】
ドリームキャッチャーは僕の妻以外にも研究員家族の数人が使っていた。一週間様子を見たら、すべて回収することになっている。
研究室の扉を開く。今朝はやけにざわついていた。
「え、井上室長の息子さん?それマズイでしょ。」
「西京大学専門の予備校に通ってるっていう?」
「そうそう。ドリームキャッチャーでも勉強してて。てっきり受験勉強だと思ってたら、西京大学の講義を受けてたんだって。受験勉強より面白くて、予備校も行かないで昼間もずっと寝たまんまになっちゃって。井上室長、息子さんと大喧嘩になって、ドリームキャッチャー無理やり奪って、真っ二つに割ったらしいよ。」
合格間違いなしと言われていたけれど、よりにもよって入試日に体調を崩してしまった。他の大学は全て合格したけれど、どうしても西京大学の岡本教授の下で学びたいと浪人していたのだそうだ。
「でも、講義なんて受けられるの?」
「ほら、超進学校だったでしょ。西京大学に通ってる先輩とか同級生とか、結構いるんだって。協力してた人達がいて、ネットワーク使ってオンライン授業とか講義情報とかハッキングもしてたらしいよ。」
「うわ、そんなことになって、大丈夫かな?」
「う~ん。どうだろう…。」
ひそひそ声はいつまでも終わる気配がない。
僕はため息をつくと自分のデスクへ向かった。
【六月七日】
研究室は昨日より、もっと騒然としていた。
「また何かあったの?今度は何?」
「堀田課長の奥さんが意識不明で救急搬送されたそうです。幸い命に別状はないそうなんですが、意識が戻った後も精神的に不安定みたいで…。」
「奥さん、ドリームキャッチャーでPJのキャリコに逢ってたんだって。堀田課長、一週間で回収って伝えてなくて…。あと数日で回収するって聞かされて、処方されてた睡眠薬を一気に飲んじゃったって…。」
先日、堀田課長の奥さんの話をしていた社員は涙目で話し込んでいる。
これは大変なことになった。さすがに、もうモニター試験どころじゃない。
いや、こんなことを考えるなんて不謹慎だ。今は堀田課長の奥さんの心配をするべきだろう。
製品の出来は完璧だった。こんなことになるなんて…。
頭ではわかっていても、どうしても悔しかった。
結局ドリームキャッチャーは一週間を待たずにすべて回収、廃棄されることが決定した。
妻には一週間で回収することは伝えてあった。でも、またすぐに使えると思っていたに違いない。もう二度と使えないなんて知ればどう思うだろう?
妻に事情を話すと、とても驚いた。
「そう…。奥様大丈夫かしら?堀田課長もご心配でしょうね…。でも、あなたも大丈夫?せっかくここまで頑張ってきて、うまくいってたのに…。残念でしょう?」
妻は心から僕を気遣っているようにみえた。
でも、僕は素直に受け入れられなかった。無意識に突き放すような口調になる。
「残念なのは君なんじゃないの?もう、まさみ様に会えないね。でも、まあ十分楽しんだろ?何を楽しんでたのか知らないけど。」
「えっ…。」
妻は驚いたように目を見開いて呆然とした。下唇をかむと視線を落としてだまりこむ。
思いのほか、棘のある言い方になってしまった。少しだけ後悔していると、
「最後にもう一度、今夜ドリームキャッチャーを使ってもいいかしら?」
思いついたように顔をあげ、真っすぐ僕を見た。
本当は駄目だった。研究室からは即刻使用中止と回収を言われていた。けれど感情的になってしまった自分がみじめで、つい虚勢を張ってしまう。
「そうだね。もう二度と会えないかもしれないし、最後にせいぜい楽しんだら?」
どうせ研究室には明日の朝、持っていくのだ。妻の性格から睡眠薬の過剰摂取なんてありえない。そもそも、うちに睡眠薬なんか無い。
妻は悲し気な視線を足元に落としたまま、静かに自分の寝室に入ってドアを閉めた。
そしてそのまま、部屋から出てこなかった。
つづきはこちら
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