地域で本をつくる⑦「加東市の地形、水利を巡るツアー」
加東市の特色って何だろう?
ジモトブックスの企画を立ち上げ、創刊号(加東市版)の構想を練り始めてからずっと悩んできた根本的な問いだ。
この問いを、恩師のK先生にぶつけた際にいただいたのがつぎの言葉。
「加東市はね、何でもある地域であり、何にもない地域でもあるんです」
???
どういうこと? と疑問符を頭に浮かべていると、K先生は語り始めた。
「加東市には山、川、平地の自然はもちろん、土地を潤す水利があります。先人たちの努力と犠牲でつくられた水利のおかげで田が実り、植物や昆虫などの多様な生態系もさらに豊かになりました」
「加東市が山田錦の産地として名を馳せるようになったのも水利のおかげ。新たな特産品として栽培されるようになったもち麦も同様です」
「こうして先達は後生に水利という宝物を残してくれたけれど、この土地に立つ私たちはその恩恵を忘れて何もないまちだと思っている。もったいないことです」
このK先生の言葉を聞いたとき、私の頭にある思いが浮かんだ。
「先人が築いたこの豊かな土地に立つ私たちが、つぎの世代のために生み出せる新たな価値とは何か?」
加東市の特色は何だろう? という悩みから一歩進み、
●「先人が残してくれた水利という恩恵」の物語
●「その恩恵にあずかる現世代の新たな挑戦」の物語
この2つがジモトブックス創刊号の軸になるかもしれないと、おぼろげながらも方向性が見えてきたのだった。
階段のまち、旧社町
以上のようなやりとりを経て、今回、K先生が企画してくださったのが「加東市の地形と水利を巡るツアー」だ。
加東市は旧社町、旧滝野町、旧東条町が合併して誕生したまちで、今回のツアーは旧社町が舞台となっている。
旧社町が位置する地勢は「河岸段丘」とよばれる。河岸段丘(かがんだんきゅう)とは、川が土地を削って形成された階段状の地形のこと。旧社町の場合、50万年前から加古川が西に移動しつつ土地を削り取ってきた結果、高位段丘面から中位段、低位段丘面まで、ざっと6段におよぶ階段状の地形が形成されている。つまり旧社町は「階段のまち」なのだ。
加東市が属する北播磨一体は降雨量が少なく、大干ばつに幾度も見舞われてきた。村同士での水争いも頻繁に起きている。昔の人たちは自分たちの命を守るため、そして後生に豊かな土地を残すために立ち上がり、この河岸段丘の勾配を利用し何十年もの構想と普請の歳月をかけて水利(=東条川疎水)を整えたのだ。その結果、土地全体にまんべんなく水が行き渡るようになり、この水利の恩恵によって干ばつが防がれ、米の収穫を安定して得られるようになったのだ。
今回のツアーで見えてきたものとは?
以上の背景を踏まえ、K先生が企画してくださったツアーの詳細である。
前半は旧社町を地形から辿り、後半は水利(=東条川疎水)の一部を見ていく企画として組んでくださった。
東条川疎水とは、昭和初期に造られた昭和池と、農水省による戦後初のコンクリートダムとして造られた鴨川ダムを核に加東市、小野市、三木市の一部に送水する延長100キロにも及ぶ水路網のこと。そのすべてを一度に見学することはできないので、長年水利を研究してきたK先生が半日で回れるコースを厳選・企画してくださり、実現したのが今回のツアーとなる。
先に結論を言ってしまうと、めちゃくちゃ感動的なツアーだった。まるで加東市の数十万年を半日で体験したような。豊富な知識をもつK先生の言葉は、そのひと言ひと言が深く、キャッチコピーのようで、それを逃すまいとメモをとりまくった。汚い字なので読み返せるか心配だが……。
ともあれツアーに参加し、地形と水利という新たなアプローチで見えてきたもの―-それは加東の文化や産業を形成してきた背景にこの土地ならではの地勢が色濃く影響しているということ、そしてもうひとつは水を大切にしてきた先人たちの思いだ。
現世代の私たちが、何でもない田舎である加東市で豊かに暮らしていけるのは、先人が残してくれた水利という宝なしにはあり得ない。多少大げさかもしれないけれど、そんな畏怖の念すら感じた。
だからこそ、この土地に立つ現世代の私たちは、次の世代のために何が残せるのだろう、どんな価値を生み出せるのだろう、と改めて自身に問いかける機会になった。
ジモトブックスの制作でも、この問いを自らのテーマにして進めていこうと心に刻んだ。
あともう一点思ったのは、こうしたツアーこそ、地域の人たちに体験してほしいということ。ジモトブックス創刊号の完成後、本を手に地形と水利を巡るツアーを企てよう、そんな話もして参加メンバーで盛り上がった。
さながらブラタモリの加東市版のような。
写真で振り返るツアーレポート
ではいよいよ、今回のツアーのレポートを書いていこう……と言いたいところだけど、残念ながら詳細に書いていく余裕がなく汗、当日の写真を見ながら振り返っていこうと思う。
まずツアーの参加者は、
K先生
公務員のFさん
やしろ国際学習塾のMさん
主婦でアーティストのMさん
社高校2年生のOさん
スタブロブックス高橋
の6名。
2023年12月9日の13時半に加東市中央図書館前に集合し、次のような写真の流れで地形と水に関するポイントを巡っていった。以下、キャプションで説明していくことにしよう。
最後は急ぎ足になってしまったけれど、最後の安政池は別の機会に紹介したい。
この安政池を見学したあと、集合場所の加東市中央図書館に戻る途中に通ったのが「依藤野」という地域。高位段丘にあたる広い平面で、かつて依藤野の一帯は「古大阪湖」だったとK先生から説明を受ける。なんと加東市はその昔、湖だったのだ!
しかもこのあたりの地層は六甲山の隆起とともに形成された地勢とのこと。あの六甲山と加東市の地形が関係していたというのも驚く。この依藤野一帯の地層は50万年前以降、急激な温度変化を繰り返し、それにともなって海面が上がったり下がったりを繰り返しながら現在の地形に徐々に形成されていったという。
ツアーの最後にK先生が放ったこの言葉に、私はしびれた。
「動かざるごと山(大地)の如しというけれど、それは嘘。大地こそ動く。今も大地は形成の過程にある」
今回のツアーで地元の地形が産業や文化の形成にまで影響していたと知り、地元を見る目が一気に変わった。この感動を冷静に編集し、ジモトブックスの価値あるコンテンツに昇華させたいと思う。
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