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人の記憶は本当に適当だな、と思う話
前職からの友人で、ミュージシャンを志している男がいる、ここでは呼び名を「CCB」とする。
理由は本人が情熱的かつ、見た目がロマンティックが止まらないバンドの人にそっくりだからである。
CCBは普段から明るくおおらかで気のいい男。
でも酔うと机をバンバン叩いて大笑いするのが私は不快で仕方ない。
だからいつも私達は昼間の酒ぬきランチか、家飲みの時に電話を繋ぎっぱなしにして各々の作業をしながら会話することをルールにしている。
最近はもっぱら電話になり、2人とも創作の気が進まない時はどうでもいいCCBの恋バナを聞く。
料理が好きで、たまに作りすぎたハンバーグを持ってきてくれたりする。
距離は近くても日常に支障のない、アパートの親しい隣人みたいな間柄でいる。
CCBは定期的にライブを開催していて、律儀に呼んでくれるから、私は約50回に1回は顔を出すようにしている。
意識していなかったが、CCBが律儀に調べていた。
そうよな。
お金かかってるもんな。
そのライブがピアノかギターの弾き語りで、前半はコピー、後半はオリジナル曲を演奏してくれるが、そもそも私達は音楽の趣味が合わない。
B'zやDEENなど昭和の邦楽ロックやバラードがCCBは好きで、私も嫌いではないが、身内が歌うそれに金を出して聞くことほど暇なものはない。
でも、オリジナル曲の方が小っ恥ずかしいから、逆にずっとコピーしていて欲しい夜が約50回に一夜だけ私にやってくる。
しかも知人がくると嬉しいのか、必ずCCBは私にマイクを向けて「リクエストください」と目を輝かす。
ない。
強いて言うなら、煮込みハンバーグ美味しかったから、今度はしめじ抜きで作ってきて欲しい、くらい。
だがここで私がハンバーグと言おうものなら、私のいない約49回のライブでCCBの常連客やライブハウスのスタッフにこっそり「ハンバーグ師匠」とあだ名をつけられるかもしれない。
だが、CCBのハンバーグは美味い。
デミグラスソースが絶妙に喉の奥で甘く、酸味が少なく、私の舌と胃袋を幸せで満たしてくれる。
絶賛すると定期的に作ってきてくれるし、そのお節介は全く迷惑ではない、サプライズ。
だが、キノコが大嫌いな私のために「キノコは血液をサラサラにするから」と味の濃いデミソースに堂々と仕込みやがる。
それは本気のお節介。
ハンバーグは好き。
キノコは嫌い。
キノコのない、CCBのハンバーグの世界を私は生きたい。
できればチーズをのせて欲しい。
ブロッコリーもあっていい。
この我儘を伝えるために私はこの約50回のうちの一夜を過ごしている。
うん、よし。
万能の煮込みハンバーグの幻が、ステージの上で私にマイクを向けている。
「B'zの、ラブファントムをお願いします」
「ラブファントム!わお!名曲はいりしましたー!!!」
こうゆうリクエストに応えてくれ、即興で演奏できるのは素直にすごいと思う。
私はこの曲が大好きだ、凡庸性があってネタにしやすいし、稲葉さんの歌詞はいつも人の心の核心をつく。
でもなかなかしっかり最後まで聞く機会がない。
好きな曲ほど脳内で勝手に繰り返し再生され、謎の聞き飽きた感が出てしまってあえてちゃんと聞かない。
氷が溶けて薄くなったコーラを飲みながら、客もまばらなライブハウスで1人、CCBの癖が強いけどB'zの稲葉さんに比べたら豚骨ラーメンが醤油豚骨ラーメンになったみたいなラブファントムを聞く。
こんな曲だったな。
そうそう、うん。
ん?
いや?曲はあっているけど歌詞が違くないか?
ライブが終わって数日し、CCBからいつもの着信が入る。
決まって夜の10時過ぎ。
風呂上がりだった私は、クリスマスに妹にもらった金木犀っぽくオレンジの香りをつけたネイルオイルを塗りながら通話ボタンを押した。
底に小花の造花が沈んでいるレトロさはいいが、尖った花びらの形は金木犀ではない。
嘘ばっかりのオイルだけど、私の爪はしっとりしているし、ハンドクリームばかりもらうから、少し気を衒った妹の策略が私はとても気に入っている。
「この前はありがとうございました!」
「うん、盛り上がっててよかったな」
「そうなんですよ!やっぱね、年末のライブは〜」
饒舌に語っているところ悪いが、私はあのライブで気になった事を早々にCCBに伝えねばならない。
「ねぇ、リクエストした曲の歌詞、間違ってなかった?」
私の一言でCCBが手を止めた音がスピーカーから聞こえた。
「え?歌詞?ラブファントムの?」
「うん」
「了解、ちょっと流しますね!今ちょうどYouTube用にライブの編集してたんですよ」
「ラップ?のとこだけでいい」
「え?せっかくやから全部もう一回聞いてくださいよ!」
「力を尽くすべきところは全体やない。必要な一部分だけでいい」
「イチブトゼンブ〜」
「一部で」
君がいないと生きられない
暑い抱擁なしじゃ 意味がない
ねぇ2人でひとつでしょ yin and yan
君が僕を支えてくれる
君が僕を自由にしてくれる
月の光がそうするように
君の背中にすべり落ちよう
(そして私はつぶされる)
「止めて」
「え?ここからいいとこやのに?」
「良いところを探してるんじゃないの、変なところを探してるの」
ぶつぶつ言いながら曲を止めるCCB、2人の間に静寂が戻る。
私は妹にもらったネイルオイルの蓋をしっかり閉じて、ボディクリーム代わりのニベアの青缶を開ける。
膝にはニベア、ロボ子と同じ美容法だ。
「君がいないと生きられない
暑い抱擁なしじゃ 意味がない〜
の続きがもう違う。歌詞の改訂とかあった?書き下ろしとか」
「そんなんありませんよ、本やないんやから。何周年記念〜とかでライブでちょっと替え歌程度に歌詞変えることはあっても、それを僕がライブで歌いません!
ちゃんと公式の歌詞です。
iPadで歌詞確認しながら歌ってましたし」
「そうか」
ですよねぇ。
「ちょっとその、なみさんが思ってる歌詞で歌ってくださいよ」
YouTubeを止めたCCBにどうぞ、と促される。
ならば、よし。
皆さんもお気づきになるだろうか。
私が長年間違え続けた歌の歌詞を。
君がいないと生きられない
暑い抱擁なしじゃ 意味がない
山も谷もない道じゃつまらない
ジェットコースターにならない
教えこまれた協調性
イイ子はイイ子にしかしかなれないよ
もうどうしようもないビンビン来てる
Just Chease the Chance
「いや、途中からB'zちゃうし!」
「ほんまや」
「Chease the Chanceゆうてるし!」
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記憶って曖昧で嘘みたいな本物ですね。
まるで妹がくれた金木犀のフリしたネイルオイルみたいなあやふやな記憶でした。
そうじゃないけど、そうでいい。
でも、CCBのハンバーグはほんまに美味いです。
給料日の後はフライドポテトをつけてくれるけど、私はポテトはカリカリ派やから煮込みハンバーグのアルミホイルの中に一緒に入れんといて欲しい。
せやけどこうゆう、なんかイラッとするけど受け流している私とCCBの友情とか、なんか記憶の中で混ざってる曲ってないですか?