小さな部屋の中の宇宙『放課後のプレアデス』感想補足解説パート8(第9話)
前回(第8話)はこちら。
第3話~第8話は、SFや天文分野に直接関わる補足が必要な部分が多く、また第4話からは各キャラクターに焦点が当たることもあって、記事のボリュームが予想以上に膨らんでしまいました。
本来この記事は、過去にノリと勢いで書いた感想ツイートの補足が目的ですので、適度な距離感を探りながら残り四話を追っていきたいと思います。
第9話 プラネタリウムランデブー
『放課後のプレアデス』9話。部室を正面から写す構図がリビングを思わせて、コスプレ部の面々が馴染んできた感が表れている。いつきやななこがすばるに話しかけるタイミングの自然さと、すばるとみなとをカップルコンテストにエントリーしようと四人が画策する面から見せるの面白さ。
これが、すばるとみなとのやり取りのぎこちなさを強調してもいる。みなとのひと言が空気を重くするが、自分の気持ちを量りかねているような響き。察したようなすばるの表情。手作り投影機が映す星空はほんのり明るく〝本当の星空〟の眩しさが強調される。忘れてしまう記憶と覚えている過去。
二人のいる宇宙とコスプレ部の面々が見た無人の展望室。これらの対比関係は表裏一体で、淡々とした話のトーンと緩急が同調して動く水平対向(笑)。星の瞬きと涙の作画は圧倒されるほどで、時空間を超えた連続性を描き出し、すばるとみなとの過去と現在がシームレスに繋げていた。
ラスト、会長が天球儀に偽装したカケラが解放され、周回するカケラの動きが幼いすばるの着ていたトレーナーの「ORBIT(軌道)」という文字が交差して、みなとに自身の表裏とすばるとの位置関係を認識させる。展望室の鍵と柱時計をキルスイッチとマスターキーのように使う仕込みもおいしいです。
2020年7月3日2:14
読み直してみて驚いたのですが、ノリと勢いで書いたわりには良くまとまっています。
>部室を正面から写す構図がリビングを思わせて
お茶しながら、文化祭でコスプレ部は何をしようかと相談しているシーンのことです。話が盛り上がってきたところで、すばるが「私、天文部だった!」と思い出すまでがアバンです。
部室でお茶している光景にリビングを重ねたのは、場所は学校なのに家にいるようかのように落ち着いている印象を抱いたからでしょう。
すばるが天文部の活動を忘れていたことからも、5人で過ごす放課後が当たり前になっていたことが窺えます。
>いつきやななこがすばるに話しかけるタイミング
ここからAパートです。
すばるが天文部で使うプラネタリウムの恒星球(※1)を作っているくだりです。
まず、いつきが「何を作っているの?」と質問して、ひかるが会話に加わり、すばるの説明が関係するところに差し掛かったとき、ななこが「これ頼まれていたベッドランプ」と合いの手を入れます。
この直前にすばるとあおいの会話があるので、いつき、ひかる、ななこもあおいと近い距離感で話せることが表れていると思います。
登場キャラクターが多いのでボリューム感はあるのですが、全体の尺としてはコスプレ部の出番はそれほど多くなかったりします。
すばる「あ! 私そろそろ行かないと」
あおい「そっち1人で大丈夫か?」
すばる「手伝ってくれる人がいるから大丈夫だよ。じゃあ」
すばるが部室を出て行く。
(戸が閉まる音)
あおい「順調みたいだな……プラネタリウム」
ひかる「じゃなくて彼氏でしょ」
あおい「か……」
『放課後のプレアデス』第9話 プラネタリウムランデブー
こんな風に5人の仲の良さを見せているからこそ、みなとの存在がクローズアップされ、部室にいる4人の間で交わされる噂話がより恋バナらしくなっています。
そして、4人がすばるとみなとを「ベストカップルコンテスト(自薦他薦は問いません)」にエントリーさせようと思いついたことで、すばるとみなとの2人とコスプレ部の4人が対比関係になります。
すばるとみなとの2人とあおい達コスプレ部の4人という構図は、それまですばるとあおいの2人といつき、ひかる、ななこの3人という構図からの切り替わりにもなっていて、作品全体の人間関係が変わってきたことでもあると思います。
ちなみに、このシーンではななこの「相手は謎の上級生」という台詞からみなととは学年が違うことがわかります(※2)。
同級生ではないということは、教室の階が違うということでもあります。普段は接点がない相手なので、あおい達が興味津々なのもうなずけますね。
※1:投影機の星を映し出す正12面体(一つの面が正5角形の多面体)のドーム部分のことです。内部に回転する光源を入れると星座表に沿って空けた穴から光が漏れて、室内に星空を映し出す仕組みです。
※2:あおい達4人がみなとをどう見ているかがわかるという意味です。
>すばるとみなとのやり取りのぎこちなさ
すばるがみなとに手伝ってもらって、展望室で投影ができるように準備をするシーン(Aパートの2人のシーン)全般についてです。
2人のやり取りのぎこちなさは、みなとがぽつぽつと言葉をこぼす話し方をするところや、すばるが温室のことに触れた際に返す言葉が微妙に噛み合っていない部分から来ています。
みなとの「扉を開いた」というひと言から、本質的な部分は話が通じていることだけが窺えるのみです。
いま見ると、すばるとみなとの主観の相違にぎこちなさを感じていたとわかるのですが、当時はそこまで考えが及びませんでした。
このAパート前半は、コスプレ部のシーンも合間に挟まれ、いつきにプラネタリウムの台本の出来を聞いて貰ったり、会長から天球儀に偽装したカケラを預かったりもして文化祭の準備らしい慌ただしさが感じられるところでもあります。
>〝本当の星空〟の眩しさ
本編Aパートの終わりでみなとが「本物の宇宙」と言っているところをあえて「本当の星空」と書いたのは、みなととすばるがどうやって宇宙へ行ったかに注目したからだと思います。
その星空については、展望室の天井と壁の継ぎ目が見える手作りの星空を2人が見上げるシーンの後に、全方位がリアルな星空に包まれる視点の置き方の違い(宇宙空間なので上下左右の区別がない)に移行するので、これまでよりも星が眩しく(綺麗に)感じたのでした。
>二人のいる宇宙
ここからBパート、みなとがすばるを展望室から宇宙へ連れ出したところです。
いわゆる宇宙デートのシーンです。
みなと「ほら、あそこ。あれが僕たちの太陽だ。いまこの瞬間も君の友達はあそこで文化祭の準備をしているところさ」
すばる「でもそんなこと……」
みなと「そう、ありえない。君の体が光の速さを超えることは許されないし、真空の宇宙で活動できるはずもない。僕たちがいまいるのはこの宇宙の理の外側でもあるんだ」
すばる「わ、わかんないよ」
みなと「情報を空間に刻むことでこの宇宙にいま僕たちの体がここにあると錯覚させているんだ。僕たちは実際にここにいるけど、それでいてどこにもいない」
すばる「それって科学の話? それとも……」
みなと「さあ、もしかしたら魔法かも」
すばる「魔法……」
『放課後のプレアデス』第9話 プラネタリウムランデブー
先に書いた「どうやって宇宙へ行ったか」なのですが、ここでのみなとの言葉から大体以下のようなことを考えていました。
人間が「いまここにいる」と認識するように、宇宙にも意識があるかのように捉えて「僕たち(みなととすばる)がいまここにいる」と認識させる(=錯覚させる)ことで、宇宙に行っていることにするのだと思います。
みなとが身体の限界について触れているように、物質のあり方より先にその状態を定義してしまうことで、2人が宇宙にいることにしたことで宇宙へ行ったことにするとも捉えられます。
要約するとしたら「物質的な制限が定義される前に情報を先に書き込んでしまうずる」でしょうか。
改めて書いてみますと、これまで会長の言った「魔法」と似ている気がしました。
この時点では明かされませんが、みなとの魔法?も同じ宇宙人の力に由来するので、共通点があるのはむしろ当たり前なのかもしれません。
>コスプレ部の面々が見た無人の展望室。
すばるとみなとが穏やかなやりとりを交わす一方で、あおい、いつき、ひかる、ななこ達が投影中の札が掛かった展望室の扉を開ける開けないで騒いでいるところです。
率先して動くのはひかるなのですが、あおいもまんざらではなく、このシーンではいつきにまとめて止められてもいます。その隣で、ななこは隙あらばとばかりにカメラを構えています。
いったんは引き返すものの、結局いつきが我慢できず戻って、「待ぁてーいつきー、開けるときはみんなで(ひかる)」と4人がかりで扉を開けて誰もいない展望室を見ることになります。
真っ暗な展望室に2人の姿が見えないとはっきり描かれることもあって、出来事が同時進行であることがわかります。
すばるとみなとが展望室にいないとあおい達四人が認識することは、2人が別の場所にいる(宇宙にいる)という認識の裏付けにもなると思って見ていました。
実はこのとき、会長がいないんですよね。
4人の興味が「すばるとみなとが2人きりでいる現場」ということもあって、魔法使いではなく中学生としての側面が表に出ています。
ぶっちゃけ、すばるとみなとが宇宙へ行っている裏付け云々よりも、その事の方が重要だと思います。
知ることの恐さ
みなと「僕たちの銀河に戻ってきた。ここはその中心、最も賑やかな場所」
すばる「星が多すぎて宇宙が黒く見えない……。宇宙はどこまで広がっているのかな? いつまで続くのかな?」
みなと「すばる?」
すばる「果てがなくて少し恐い気もする」
『放課後のプレアデス』第9話 プラネタリウムランデブー
本編からは脱線しますが、ここですばるが口にした恐さは私自身も感じたことがあります。
高校生のときだったと思うのですが、どこかの図書館でボイジャー2号の予測進路について書かれた本を読んでいたときです。探査機の写真の陰影から途方もない宇宙の闇が見えた気がして、好奇心や疑問よりも恐いと思ったことがあります。
正確には宇宙について考えるとき、常に影が差す得体の知れないものの正体が恐さだと気付いた瞬間です。そうした感じ方はもっと幼い頃からありましたが、それが恐さだと気付いたのはこの時でした。
その後も現在に至るまで宇宙に関わる物事には興味が尽きないのですが、果てのなさへの恐さはいまでもあります。
すばるがこの恐さを口にしたことで、宇宙を体験しているという実感がありました。綺麗ですし楽しいのですが、そうやって知っていくこと自体が恐さにも繋がると思うからです。
そしてそれは、人に対しても言えることだと思うのです。
(上記引用部分すばるの台詞から続き)
みなと「ごめん……」
すばる「ふえ!? あ、ううん! そうじゃなくて、楽しいよ」
みなと「僕はさっき君に冷たくしてしまった。恐がっているのは僕の方かもしれない」
すばる「もしかして、それで私を宇宙に誘ってくれたの?」
みなと「そうだけど……」
すばる、はっとして。
すばる「だったら、みなと君も楽しんで」
みなと「ああ……。いまは」
『放課後のプレアデス』第9話 プラネタリウムランデブー
すばるの「恐い気もする」は宇宙を知ること(宇宙の果てのなさ)に対してですが、みなとの「恐がっている」は自分を知ってもらうことです。
唐突な振りにもかかわらずそのまま会話が進むのは、知ることへの恐さという共通点があるからでしょう。
いまここにいるみなとは温室のみなとと違って、自分からすばるに関わろうとしていることでもあると思います。
>すばるとみなとの過去と現在
いま見ている体験している(2人で宇宙へ行ったこと)は、展望室(現実)に戻ったら忘れてしまうとみなとから告げられるのですが、その際にすばるは「私、この感じ知っている気がするの」と小さい頃の思い出を話しはじめます。
小さい頃にお母さんのお見舞いに病院へ行って迷子になってしまったときに、不思議な病室を見つけて、そこで出会った男の子と星を見たり星の話をしたりしていたことがあった、というのがすばるの思い出です。
この回想シーンでの幼いみなと(すばるから見たみなと)は、病室でホームプラネタリウムの投影機を使って部屋に星空を投影しているのですが、これはすばるからはそう見えた(すばるの主観)という描写なのですよね。
当時は誰の記憶(主観)なのかという注意が足りなくて、すばるの思い出=過去の情景と思っていました。
第10話でみなとの記憶(主観)にある幼いすばる(みなとから見たすばる)が出てきたとき、みなとはキラキラ(可能性のカケラ)を眺めていました。それさえもみなとから見たあり方に過ぎないのですが……。
また、すばるが小さい頃のことを思い出す直前に、みなとの「忘れてしまうなら何を見ても意味がない?」と問いかけがあります。
この問いかけの後に、すばるが忘れていたはずの過去の出来事を思い出すのは、忘れてしまう(記憶に留めておけない)ことでも無かったことにはならないという証だと思います。
すばる「だんだん夢か幻だったんじゃないかって思うようになって……。いままで忘れてたのにな」
すばるの目の前をよぎる水滴。
涙を流しているみなと。
みなと「僕も幻だと思ってた。でも、違ったんだね。すばる……」
『放課後のプレアデス』第9話 プラネタリウムランデブー
みなとの言葉から過去と現在が繋がる部分なのですが、具体的にどこが重なる部分(現実にあったこと)なのかまではわかりません。
なにより切ないのは、宇宙から現実(展望室)に帰ると思い出したことを含めて、全て忘れてしまうということです。
現実に戻ってきたとき、すばるはぽろぽろと涙を流していて、その理由がわからないと描かれています。
窓から差し込む夕陽と相まって、すばるの涙からは悲しさより寂しさが感じられます。
風景と心情が結びついているシーンだと思います。
>展望室の鍵と柱時計をキルスイッチとマスターキーのように使う
本編ラスト。みなとが展望室に行って、すばるが忘れた展望室の鍵を手に取るところです。
キルスイッチは、自動車の燃料や電源の供給を遮断してエンジンを完全に停止させるための装置です。主に競技用自動車において、緊急時の火災や爆発などの二次災害を防ぐために装備されます。
ここでのマスターキーは、おおもとの主電源のON/OFFに必要なキーのことです。
マスターキーを差し込んで主電源をONにしてから、キルスイッチをON(電源を送る)、そしてイグニッションを押してエンジンを作動させる……というのが、競技車の始動方法(ただしかなり古い)です。
みなとが展望室の鍵を手に取ると、柱時計の扉が開いて光が飛び出して、その光にみなとが触れると結界が完全に解けてカケラが姿を現す、という展開に重ねて書いたのだと思います。
当時の感想が意外と良くまとまっていたので、記事の文章に対して本編からの引用が多くなってしまいました。
次回は第10話なのですが……。
どう書いたものか、と正直頭を抱えています。
※今回のヘッダー画像は、Mitaka(Ver.1.6.0b)で描画した2015年10月21日の銀河系の全体図です。
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