北極星は動かない『放課後のプレアデス』感想補足解説パート6(第7話)
前回までのあらすじ。
──あおいちゃん!
その時、すばるの声が聞こえた気がした。
「そうだ、すばるは? すばる!」
あおいが顔を上げたとき、小さな影が赤い光をさえぎった。
「え?」
すぐ目の前。見慣れた後ろ姿に、あおいは思わず会長を取り落としそうになる。
「すばる。なにしてるんだ!」
すばるはあおい(と会長)の前で、謎の少年の前に立ち塞がるように両腕を広げていた。あおいの胸の奥がきゅっと押さえつけられ、息が詰まりそうになる。
「カケラは渡さない」
すばるはキッと少年を見据えて、ゆっくりと口を開いた。
(なんで?)
「校舎は壊させない」
(どうして?)
「あおいちゃんは傷つけさせない!」
(すばる!)
はっきりとした声がその場に響いた。
光の帯が掛かった衛星軌道。すばるの声はあおいだけではなく、三階の両端に穴が開いた木造校舎の周辺になんとか留まっているいつき、ひかる、ななこの耳にも届いていた。もちろん、向かい合った先にいる彼にも。
「そんなことをして怖くないのか君は」
少年の言葉は問いかけと言うより確認に近かった。自分を中心に周回している真紅に輝く二つのカケラはそのままに攻撃の姿勢は崩さない。すばる達を校舎ごと見下ろすかのような紅い目も揺るがない。ただ、声には驚きと戸惑い、そしていくらかのあきれが混じっていた。
「怖いよ。とっても怖いよ。だけどそんなのどうだっていい!」
けれど、すばるも一歩も引かない。応じる声は誰でもわかるほど震えていて、それなのに強い意志が宿っていた。
あまりにも無茶苦茶な言葉に、謎の少年は一瞬だじろぐ。
その一瞬の間。
いつきは、「すばるちゃん逃げて!」と喉のすぐそこまで登ってきた言葉よりも先に、届かないとわかりながら手を伸ばしていた。すごい、すばるちゃんは本当にすごい。だから届いて……!
ひかるは、なんとかドライブシャフトを手にしようと、あおいがやったように反作用に使えそうな校舎の破片を探していた。すばるとあおいは思い切りが良すぎるんだよ、もうっ!
ななこは、なんとか謎の少年の気を逸らせる言葉はないか頭の中の辞書を引っかき回しつつ、通訳のときの感覚を頼りに気絶している会長を呼び覚まそうと念じていた。科学でも魔法でもなんでもいいから、起きて!
プレアデス星人は、気を失ったままとてつもない力の動きを感じて、早く起きなければ! と自分で自分を揺さぶっていた。誰かが呼ぶ声が聞こえるのは気のせいではないと思う。
なりふり構わないすばるの行動に、誰も彼もがなりふり構っていられない。
あおいも会長だけは放さないようにしながら、全身を前に出してありったけの声で叫ぶ。
「すばる、どくんだ!」
「どかない!」
すばるも叫び返す。
『放課後のプレアデス』第6話 目覚めの花より(脚色:蒼桐大紀)。
というわけで、前回の記事(第6話)はこちらです。
今回の冒頭は何なのかと言いますと、ちょっと自己主張してみたかったのです。本来はこういう文章を書く物書きなのですが、最近は機会がなくあるいは作れなくて、表に出せていない私の一面でした。
映像を文章に置換して──しかもなるべく平易な言葉を使うよう語彙に制限を掛けて──書き下ろすと5分に満たない内容がこれだけの分量になります。読む時間は観る時間と同じくらいに収まると思いますが、どうでしょう?
文章の場合、思考を整理できるので、誰が何を考え何をしようとするかという解釈を挟んで、情景描写では書ききれない部分を違うかたちにアレンジしています。
書けることは書けるのですが、それをやると「こういう映像を作ってください」な絵コンテならぬ字コンテになってしまうので、脚色してより小説らしくました(※1)。
※1:実際、字コンテを書いて共同作業で動画作成をしたことがあります。
あと、『みなとの星宙』ですが、この連載に影響が出そうなのでまだ読んでいません。最後まで書いてから読んで、それらを踏まえた感想を加える予定です。
記事の主旨に話を戻しますと、この『放課後のプレアデス』におけるすばるの「怖いよ。とっても怖いよ。だけどそんなのどうだっていい!」とか、2020年12月現在放映中の『アサルトリリィ-BOUQUET-』における梨璃の「わからないけどわかります!(第六話)」とか、言っていることは無茶苦茶なのだけど説得力のある台詞は、恐らく佐伯昭志さんの言語選びのセンスだと思うのです。
こういう台詞は、意味を持った言葉としての声が届く感じがあるので、音声と同期した人物の動きを伴う映像。つまりアニメーションだからこそのもので、こうした台詞回しも『放課後のプレアデス』の魅力の一つでもあると思います。
第7話 タカラモノフタツ 或いは イチゴノカオリ
『放課後のプレアデス』7話。すばるとあおいの間に入れる第三者がいないので、みなとの喪失が接点になってそこから共通する不安へと話が進んでいく。二人とも「変わりたい(前へ進みたい)」と思っている根っこは同じなのだけど、相手を思うゆえに明かしていない心の裡があって噛み合わない。
このズレが頂点に達した瞬間、一気に決壊する。いまの自分を「置いていかれた方」と二人がネガティヴに捉えてしまったとき、ひかるが引き戻しいつきが繋ぎ止めななこのダメ押しで、手を取り合うのが求めていた答えだと気付く。仲間の存在がキーになるのは、二人が本心を明かせたからだよね。
最終的に「お互いさま」となれて、どんなに変わっても本質は変わらない。あおいがすばるの頭に手を伸ばしかけた手を引っ込め額を合わせる。ここは2話の「星めぐりの歌」(過去)から、いまの二人に昇華した名シーンだと思う。このやり取りを太陽の上でやってる絵がすごい。会長も体張ってる(笑)
7話のもう一つ見どころはすばるとみなとの再会。あおいから受け取った言葉をこれまで「友達のこと」を相談してきたみなとに答えとして渡す。そして、足元に根付いた花。
こんな風に相手を真っ直ぐ見るところがすばるの魅力であり強さだと思う。この手の作品で主人公がいちばん好きって珍しいかも。
2020年6月27日 3:26
例によって例のごとく時系列順に並べ直して整理します。
>すばるとあおいの間に入れる第三者がいない
アートワークスとBlu-rayの冊子の佐伯監督のコメントによると「7話は1話の対の構造になっている」とのことで、第1話とは違う形ですばるがあおいに、あおいがすばるに、危なっかしくも寄り添っていく過程が描かれます。
実際、魔法使いとしても第6話で宇宙船の実体化を食い止め、ドライブシャフトもモデルチェンジして、再スタートを切ったところでもあると思います。
第1話と違うのは、すばるが既にあおいと同じ側に立っていて、2人といつき、ひかる、ななこを含めたコス研というチームでの関係性が結ばれているところです。
この微妙な変化を感じ取れるのが、幼馴染みで親友という位置にいるあおいならではの成長の形で、そうした間合いを察することができるようになってきてそっと見守れるのがいつき、ひかる、ななこらの成長だと思います。
それ故に、すばるとあおいの間に入れる第三者がいないのです。
この第7話冒頭では、すばるが展望室から持ち帰った花を花壇に植え替えようと四苦八苦しているのをコス研の面々が木の陰から様子を見ているのですが、すばるのことについてひかるがあおいに問いかけ、皆が所感を話すシーンがあります。
ななこ「園芸部に入部?」
ひかる「なんで急に」
いつき「すばるちゃんの専門は天文のはずじゃ」
ひかる「それに見て。あの手つき」
ななこ「不器用」
いつき「でも、すごく大切そうに扱っているわ」
ひかる「あおいはなんか聞いてないの?」
あおい「うん、特には」
ひかる「そうなんだ。意外………」
あおい「そう、かな?」
ひかる「あおいならすばるのことなんでもわかるって思ってたよ」
あおい「そんなわけ、ないよ……」
(第6話ですばるが盾になったシーンがフラッシュバック)
いつき「すばるちゃんなんだか変わったみたい」
ひかる「変わった? 何が、どこが?」
いつき「うん、はっきりとは……。でも、あんな思い詰めた表情、見たことないから」
ななこ「確かに」
あおい「……」
『放課後のプレアデス』第7話 タカラモノフタツ 或いは イチゴノカオリ
ひかるがあおいに振るところもそうなのですが、あおいだけどこか不安な表情ですばるを見ています。自分の中でもはっきりしていないし、それがなんなのかわからないけれど、何かが引っ掛かるもやもやした心情が表れていると思います。
同時にひかるの問いかけ以上に他の誰かが問いを重ねることはないところに、ひかるの言葉はいつきとななこの疑問を代弁していたこともわかります。ちなみに、このシーンでひかるは「あおいちん」とは言わず、真剣に話をしているよという無言のポーズが見て取れます。
>みなとの喪失
すばるの身の上にだけ起きた出来事なので、あおいがわからないのは当然なのですが、コス研の面々とのやり取りやすばるの危なっかしい姿から何かがあったことに気が付いているわけです。
ここで行動できるのがあおいも成長している証拠で、落ち込んでいるすばるに当たり前のようにいちご牛乳を差し出す笑顔が良いです。
そこから後に描かれる小学生の頃の思い出とクロスする形で、すばるから言葉を引き出します。
あおい「ほい、これ飲んで元気出せ」
すばる「元気なかった? 私」
(中略)
あおい「すばるがわーわー騒いでないと、こっちが調子狂うんだよな」
すばる「なにそれー! むー」
あおい「すばるのことだから、また何かなくし物でもしたんだろ? 一緒に探すからさ。一人で抱え込むなよ」
すばる「ありがとう」
『放課後のプレアデス』第7話 タカラモノフタツ 或いは イチゴノカオリ
こういう事ができるのも異なる運命線の存在ながら、共有している過去(思い出)があるからこその関係だと思います。
>相手を思うゆえに明かしていない心の裡があって噛み合わない。
東屋でとりとめない話し方なから、すばるはみなとのこと(みなとと一緒に過ごした時間)をあおいに話します。
これによって、すばるの内側に留まっていたみなとの存在があおいに伝えられることで外に出るのですよね。
あおいの「それって本当にあったこと? 夢とかじゃなくて」というひと言が呼び水となり、すばるも薄々感じていたみなとの実在に対する疑問が溢れてきて、同時に寂しさという抑えこんでいた感情が涙と一緒に零れます。
あおいはそうしたすばるの反応を見て、疑いを一瞬で捨てて信じるもののそれゆえに今度は自分の方の不安が表に出てきてしまい直後「すばる、なんで黙ってたんだよ。……言ってくれたら良かったのに」という言葉の裏に隠れているのは「水くさい」と言うより「なんで私は気付けなかったんだ」と言う感じの自分に対する憤りですよね。
チャイムとともに立ち去ろうとして、すばるに声を掛けられて足を止めるも、続く言葉が「お財布、忘れてるよ」だったから格好が付きません。
こうなると、あおいは戻って受け取りに行かざるを得ず、そうした自分への苛立ちがちょっと乱暴な受け取り方に表れていると思います。
ここで今回のキーアイテムになる北極ぐまちゃんのチャームが登場して、すばるの記憶に触れるとともに、あおいは思考が内向きに──取りようによっては自傷的な方向に──進んでしまうのですね。
相手のことを大切に思っているからこそ、大切にできていなかった(守れていなかった)と思わされたときの反動が強くて、この反動があることがただ真っ直ぐな優しさに根ざす思いだと描かれている部分だと思います。
>このズレが頂点に達した瞬間、一気に決壊する。
太陽面でのやり取りのことですね(言葉の意図するところはわかっても、シーンと繋がらなくて過去の自分の発言に戸惑いました)。
ここに至る過程の構成が巧妙でして、すばるもみなとも離れたところから友達に声を掛けられたり、第1話と逆にみなとの方が先に立ち去ったりする共通点と、ひかるの「部室にしゅーごー」のひと言で全てを察して仲間の元に行ったり、窓の外の宇宙へ出てカケラを回収するためにいつきに「すばるちゃんも変身」と言われて「うん」と当たり前に返したりする第1話と正反対な部分があるところですね。
最大の相違点は、すばるとあおいはこの間に全く目を合わせる機会がないところなのですが、さながら第1話をなぞるかのような展開があります。
太陽のプロミネンスを回避する間を衝いた謎の少年の乱入により、とっさにすばるは体勢を崩したあおいの手を取るものの、あおいはすばるの手を思わず振り払ってしまうシーンは、第1話とは逆の構図ですね。
>「変わりたい(前へ進みたい)」と思っている根っこは同じ
すばるとあおいが同じように「変わりたい(ここで成長という言葉が一切出てこないものポイント)」と思っていても、当然違う人間(運命線は関係なく)なので思いは同じでも思い方あるいは捉え方は微妙に違う、といった意味です。
そして、あおいがすばるの手を払ってしまって謝った流れで、「変わりたい(でもどうしたらいいかわからない)」とずっと抱えていた不安を口にしてしまって、すばるも「私だって……!」とつられて感情を表に出したことで、問いの答え合わせをすることになります。
>相手を思うゆえに明かしていない心の裡
あおいは、すばるのことを気に掛けてついお節介してしまうことが、ただの独り善がりだったのではないか? という葛藤を抱えていたことが後のシーンで明かされます。
すばるは、あおいへの信頼からなんでも相談してきたことが、自分は一方的に迷惑ばかり掛けているんじゃないか? という葛藤を抱えていたことがやはり同じタイミングで明かされます。
そして、すばるとあおいが共有している小学校6年生の冬に2人で歩いた雪道の思い出と別れた足跡だけ残して片方がその場を去ってしまうイメージした後、2人が行き着いてしまう答えがこれです。
すばる「私達は置いてかれた方なんだよ。だから答えを持ってないんだよね」
『放課後のプレアデス』第7話 タカラモノフタツ 或いは イチゴノカオリ
いま一緒にいるあおい(すばる)は、確かにあおい(すばる)なのですが、異なる運命線から来たので厳密には自分が知っているあおい(すばる)とイコールではないと認識した上での言葉なので悲痛なものがあります。
それでも、いま一緒にいるあおい(すばる)は確かにあおい(すばる)だともわかっているのでなおのことです。
ですが、本編をご覧の方はご存じの通り、別の運命線からこの世界に来たのは、すばるとあおいだけではありません。
>仲間の存在がキーになるのは、二人が本心を明かせたからだよね。
すばるの「私達は選ばれなかった方だから答えを持ってない」という言葉に、あおいははっとして──納得してしまって──二人は立ち止まってしまうのですが、この運命線にいる他の〝私〟はそうではありません。
ひかる「バカすばる! バカあおいー!」
すばる・あおい「えっ?」
ひかる「ここまで来て迷うことなんかあるのか!」
いつき「二人ならわかっているはずだわ!」
ななこ「寄り添う気持ちで運気上昇!」
『放課後のプレアデス』第7話 タカラモノフタツ 或いは イチゴノカオリ
いま同じ時間を過ごしている他の3人は、「答えを持ってないから進めない」では納得できないわけです。
ひかるといつきは、カケラ集めを通してすばるとのやり取りがまさに一歩進むきっかけとなっていて、その時みんながいたから吹っ切れたので当然でしょう。
ななこもコス研の面々と一緒にいるのを自然に受け容れているのがこの言葉からわかりますし、会長の通訳をする都合があるとはいえ進行役として注目される立ち位置にあったことも響いていると思います。
会長の通訳に関しては、すばる達はななこの通訳を介して会長を見ていると同時に、通訳しているななこも見ているので、無意識のうちに素のななこへの注意が高まるわけです。
これは、ななこにとっても同じで、会長の通訳として話す言葉と自分の意志で話す言葉に対するすばる達の反応に明確な違いが出るので、一緒に過ごす時間が長くなるほど自分の中でコス研の面々の存在が大きくなります。
ななこのひと言は、次の第8話の伏線なんですよね。
>このやり取りを太陽の上でやってる絵がすごい。
謎の少年という敵がいるにも関わらず、カケラそっちのけですばるとあおいは自分達の世界に入っちゃうし、ひかるといつきとななこにしても自分達のあり方という観点から真っ直ぐ2人へ呼び掛けるのです。
前話でエンジンのカケラがどれほど重要なものか強調してコス研の面々も身を以て知った後で、しかもプロミネンスの合間を縫って言葉を交わすという構図も状況想定も、そして国立天文台監修の太陽の表面活動をバックに背負った色んな意味ですごい絵です。
その謎の少年はと言えば、隙を突こうとしてすぐ戻ってきたひかる、いつき、ななこに阻まれ、ここで会長が身一つで足止めをするシーンに繋がる流れもありますね。
また、この回から謎の少年の登場がYouTube版と同じ蝶の集まりからの実体化に変わり、何気にこの2人が初めてサシで向き合った瞬間でもあります。コミカルに描かれていますが、このぶつかり合いを見せておく意味は非常に重要ですよね。
つまり、双方ともにこの時点──この運命線の現時点──では相手のこと知らない誰かと思っているということなのですから。
>最終的に「お互いさま」となれて、どんなに変わっても本質は変わらない。
今度はあおいが体勢を崩したすばるの手を取り、すばるがその手を強く握り返す構図のリフレインから、意気投合してカケラを捕まえたときにフラッシュバックする互いの思い出のシーンです。
この後で、すばるとあおいの2人とも北極ぐまちゃんのチャームを持っていたことがわかって、その経緯はそれぞれの運命線で異なるものの、想いは同じだったということを再確認します。
「置いていかれたのではなく託された」というのは、すばるとあおいがお互いを大切に思っている心であり、何でもない日が特別な日になった痕跡(記念)をこの運命線に来た〝私〟は2人とも持っていたという証しではないでしょうか。
2人がチャームをかざして顔を寄せ合っているところは、離れてもあるいは離れたからこそより近くにいられるようになるということを表しているようで良いシーンでしたね。
なお、北極星はこぐま座のしっぽに位置する星なのですが、宮沢賢治の『星めぐりの歌』では「ごくまの額の上は 空のめぐりの目当て」という一節を踏まえて北極ぐまちゃんの頭に星を付けたのだそうです。
この設定は、小物デザインを担当した原画の鯉沼菜奈さんのメモによるもので、すばるとあおいの関係性についても本編に反映されたと読み取れるメモがあります。
北極星は動かない!
あおい「いつでもどこにいても、すばるがどんなに変わっても、
変わらない大切なものはここにある。」
すばる→あおいへ
君は北極星
すばるの宝物
いつでも助けてくれる灯台のようなもの!
だから強くなれる!
(↑的なメッセージを込めました。)
『放課後のプレアデス アートワークス』p74アイデアメモより。
実際のアイデアメモは手書きなので、お持ちの方は再読されると思わぬ発見があるかもしれません。Blu-ray特典冊子その2にも掲載されていますが、アートワークスの方が印刷が大きいため読みやすいです。
北極星は全天の星の中で位置が変わることが無いため、古くから航海(天測)などでの目印にされてきました。これは、地球を中心にして捉える限り、宇宙空間でも通用する見方です(※2)。
※2:北極星は、地球の自転軸の延長線上にある「北の天極」付近にあります。そのため、時間が経過しても北極星は動かず、北の方位を示します。一方、「天の南極」には北極星のような明るい星がないため、宇宙空間でも目印にしやすいのです。
>すばるとみなとの再会
話の半ばですばるはみなと(?)と一度再会しているわけですが、温室で会ったみなととは少し違うようで……というところで、男子生徒が「おーい、転校生。次、移動教室だぞー」と呼びに来ます。
これって、SFやジュブナイルでは重要なポイントでして、主人公あるいは特定の人間にしか認識できない存在から、同じ世界にいる存在になったということを描いているわけです。
視聴者からすれば、みなと=謎の少年? という図式ができているところですので、この関係性がどうあれ彼はすばる達と同じように存在する、と確認できる重要なシーンです。
しかも、この後は男子生徒との雑談でフェードアウトしていくという芸の細かさです。
そして、第7話の最後。
すばるはカーディガンにいちご牛乳を乗っけて「みなと君、その格好やっぱり変です。それから、これ好きだよね」と肉食系ヒロインの面目躍如とばかりに、ずいっと接近するのですが、その勇気はあおい達とのやり取りから貰ったものなんですよね。
人から受け取ったものをまた別の人に渡すのって、人と人との繋がりが形を変えて連なっていく深みを描いていると思います。
そうして、勇気を出して行動することが良い結果を導くこともあって、この場合はみなとの「扉を開く」ことになって、温室にいたみなとといまのみなとの意識と記憶を繋げる鍵になったのではないかと思います。
この辺りは推測なのですが、最初に花壇の前で話した時はすっとぼけていたわけではなく、みなとの中ですばるが温室の中で会っていたすばるとイコールで結ばれていなかったので認識していなかった(リンクが形成されてなかった)と捉えています。だから、カーディガンを差し出されたとき、みなとは「そうやって君はいつも扉を開けるんだな」とすばるに言った(リンクが形成された)のではないでしょうか。
>この手の作品で主人公がいちばん好きって珍しいかも。
大抵、女の子の集りがメインキャラの作品ですと、主人公的な位置──物語の進行上主観視点となる位置──にいるキャラではなく、そこから一歩離れたあるいは最初に別のキャラを挟んで関係を結ぶキャラが好きになるのです。『放課後のプレアデス』では、ひかるやいつきの立ち位置ですね。
すばるの相手を真っ直ぐ見るところは魅力であり強さだと思いますし、自分には本当に珍しく一番好きなキャラでした。
ですが、この連載を始めてみると、やはりひかるが一番好きなのだと気付かされました。牧野由依さんが演じているという点も大きいと思います。牧野さんのことは、どちらかというと歌手として認識していたのですが、声優としての魅力にも気付いてしまった風情です。
話を戻しますと、主人公が魅力は言うまでもありませんが、話を引っ張れる強さを持っているのは作品の強みでもあると思います。
第7話は自分の語彙に頼りすぎていて、記憶を辿ることより解析するのに手間取りました。感想ツイートを書く上では、要点をまとめられるので良いことなのですが、後から本編と照らし合わせるのに苦労します。
その時の印象を重視しているため、半分は狙ってそうした書き方をしているもののもう少しバランスを取れないかなとは思いました。
次回は、視聴者が本編のすばるばりに興奮して見ていた亜光速航法です。
ななこと太陽系外縁部へ行きます。
※今回のヘッダー画像はMitakaでシミュレートした2015年の太陽の画像です。