コンビニのマリトッツォ、フリウリの鹿の煮込み
ちょっと前にマリトッツォというお菓子が話題になった。パンにたっぷりの生クリームを挟んだもので、ローマの伝統的なお菓子だ。それが日本で流行って、コンビニでも売られていた。ローマの人が見たらびっくりだろう。イタリアでもローマ周辺から南イタリアでしかお目にかかれないマリトッツォが日本で大量生産され、コンビニの棚に並んでいるのだから。本場のものと同じではないけれど、日本にいながらにしてマリトッツォが食べられるのだ。
手軽に手に入るようになったといえば、ブッラータもそう。「バターのような」という意味の、ご存じ、とろけるような食感が魅力のフレッシュなソフトチーズだが、これも和製ブッラータに昨今スーパーでふつうにお目にかかれるようになった。
わたしはこのチーズが大好きで、5年ほど前にヴェネツィアに行ったとき、なんとしても食べて帰りたいと思っていたのだが、南イタリア産のフレッシュチーズなため、ヴェネツィアのスーパーでは売っていない。チーズ専門店でも売ってなくて、結局食べられずに帰国した。それがたったの5年で、和製版がスーパーで買えるようになっている。日本人の、食へのこの飽くなき探究心と進取の精神は、ほかに類を見ないのではないか。
バーニャカウダも日本に定着してすでに15、6年は経つだろう。ちょうどそのころ、イタリアから帰国してすぐのころだが、ママ友たちとのホームパーティーで、あるママがバーニャカウダを作ってくれたのには驚いた。名前は知ってたけど、わたしは食べたことがなかったのだ。バーニャカウダはイタリア北西部、ピエモンテ州の料理だから、ヴェネツィアでお目にかかることはなかったのである。それが日本では家庭で作るぐらい裾野を広げている。
一方、イタリア人は食に実に保守的な人たちだ。イタリアでは郷土料理は、基本、その地方でしか食べられない。ヴェネツィアのレストランではBistecca Fiorentina (フィレンツェ風Tボーンステーキ)は食べられないし、フィレンツェのレストランでは、Fegato alla Veneziana(ヴェネツィア風仔牛のレバー炒め)はメニューにない。自宅でも、ペストジェノヴェーゼなど、郷土料理の域を超えてイタリアの家庭料理の定番となったようなものは別として、自分に縁もゆかりもない土地の料理を作ったり、食べたりはしない。ふつうはイタリアの人はおらが国の料理を愛し、誇り、日々食べている。よその土地の料理に好奇心を抱いたり、食べたがったりはあまりしないのだ。
昔、フィレンツェの行きつけのレストランで「ヴェネツィアに引っ越すことになった」となじみの給仕さんに言ったら、「ふむ。水ばっかりですね」と、ちょっと悲しそうな、バカにしたような顔で言われた。そして、「さあ、キャンティワインをいっぱい飲んでってください。ヴェネツィアに行ったらもう飲めないからね、水ばっかりだから」と、グラスに赤ワインをなみなみついでくれたっけ。もちろん、ヴェネツィアにもワインがないわけはないし、キャンティワインも売っていないことはない。けれども、ヴェネツィアの人が主に飲むのはソアーヴェやピノグリッジョといった地元の白ワインで、キャンティは飲まない。
これはパルマに留学していた友人の話だが、手打ちのフレッシュパスタが名産の彼の地のレストランでは、軒並み、スパゲッティなど乾燥パスタのメニューはなかったそうだ。「たまにはスパゲッティとかツルツルって食べたかったんだけど、ない、全然」。
イタリア人の料理への保守性は、地域性だけではない。レストランのメニューも定番が多く、都会のモードなレストランを除けば、創作料理などはあまりない。これに関しては忘れられない思い出がある。
北イタリア、フリウリ州の、山の中のレストラン。元夫の実家の小さな別荘がそこにあって、クリスマスから年末年始にかけて家族でよくスキーに行った。小さな別荘地なのでお店なども少なく、必然的に同じレストランに通うことになるのだが、問題はメニューの数。五つぐらいしかないのだ。鹿肉の煮込みとポレンタ。ムゼットと呼ばれる豚肉のソーセージの煮込みのキャベツ添え。ゆで肉とポレンタ。鱒のソテー。パスタと豆のスープ、といった感じ。それも毎度。
素朴な料理は確かにおいしいのだが、たまにはちがうものが食べたい。肉は肉でもたまにはタリアータにするとか、鱒もカルパッチョやスモークサーモン風にするとか、なぜ工夫をしないのか?日本ならふつうの居酒屋でさえ、「いちじくと生ハムの揚げ出し」なんて気の利いたメニューがあって、またそれがおいしいのに、この店の十年一日のメニューはなんだ!
夫に八つ当たりすると、彼は笑い出した。「10年どころか、もう30年変わってないよ、ここのメニュー」
「30年!よくそれで飽きないわね」「そんなもんだと思ってるから」「ほかの客はどうなの?」「さあ」
別に気にもならないようだ。
しかたなく、また鹿の煮込みを頼んだら、ちょっと塩辛かった。年輩の、銀髪が見事な堂々とした体格の女将に、ちょっと塩辛いようなんですが・・・と遠慮がちに言ったら、先ほどのわたしの発言が耳に入ってたのか、「味付けは30年変わってません」と、やさしく睨まれた。憤慨したわたしは、以降、その店には行かなかった。
しかし、ひょんなことから、ある夏、再び訪れることになった。夫と二人で森を散歩をしていて、ポルチーニ茸らしきキノコを見つけたのだ。夫は念のため、ジャンナに見てもらったほうがいいという。ジャンナって、だれ?きみが嫌いなレストランの女将だよ。彼女はキノコ採り名人で、キノコの専門家なんだ。
毒キノコを食べて死にたくはなかったので、渋々、夫についてレストランに行った。ジャンナはキノコを見て、目を輝かせた。これはポルチーニだと判子を押してくれ、「これだけ大きくて立派なのはめったに見かけないよ。ラッキーだったね」と微笑んだ。そしてわたしたちのために、そのポルチーニ茸を焼いてくれたのだった。
焼いたポルチーニに塩とイタリアンパセリを細かく刻んだもの、そしてエキストラヴァージンオリーブオイルだけかけて食べる。そのおいしかったこと!自分たちが見つけて採ってきたものを食べている、ということが、おいしさを倍増させた。地産地消、なんて言葉をそのころのわたしはまだ知らなかったが、ここに山や森、湖といった自然があって、そこに鹿やうさぎが住んでおりキノコが生えている。その一部をわたしたちがいただいている……。それが実感できた出来事だった。
あれから二十何年。食のグローバル化はさらに加速し、インスタ映えする料理がもてはやされる時代になった。
わたしは今、東京に住んでいて、和製マリトッツォやブッラータがスーパーで手頃な値段で手に入り、そのコスパ、利便性の恩恵を受けている。ポルチーニだって、お金さえ出せば高級スーパーや百貨店で買えるんだろう。しかし、お店に陳列されたこうした食べ物を見て、わたしはかすかに違和感も感じるのだ。そして、そんなとき決まって思い出されるのが、あのフリウリの、ジャンナの店なのである。
地元の鹿肉や鱒料理を、30年変わらぬメニューで出していたレストラン。たまにはちがう食材を取り入れてみようなどという発想もなく、奇抜な料理で客を引き込もうというあざとさもない。ジャンナの料理は、彼女を育ててきたフリウリの山の自然に根差し、そこの文化と共にある料理。その場所に調和した、落ち着いた、安心できる料理だった。だから客も30年、通い続けていたのだろう。東京から来た、目新しさやトレンドにばかり目が行ってしまう日本人の若い女には、それがわからなかった。
ジャンナの店はまだあるんだろうか。あのころすでに60才を過ぎていたと思うから、もう引退して、店を畳んでしまったかもしれない。そうじゃなくても、二十年以上の月日が過ぎれば、なにが起きていても不思議ではない。
しかし、もしまだあの店があったら、ジャンナが元気だったら、ぜひもう一度行ってみたい。そして彼女の朴訥な料理をもう一度食べてみたい。そして言ってみたい。「塩加減ぐらいは客のいうことを聞いてくれてもよかったんじゃないの?」って…。
〜〜〜終わり〜〜〜
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